天狐の桜14
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時を同じくして、花開院家の庭に眩い光の渦が現れた。渦は二つの人形を形作り、やがてリオウと竜二のを残して霧散していった。
リオウはついと視線を巡らせる。先程と同じ場所にと思ったが、庭に出たか。まぁいい。しかし、やはり濃すぎる妖気のせいか、思うように神気を操れないようだ。
「帰って、きた…」
二人の姿を見つけたゆらは、縁側に立ち尽くし呆然と呟いた。光のなかに二人が消え、神域へ行くなど信じられない心地でいたが、本当に帰ってきた。
「ゆら殿。…!黒羽丸、氷麗。そこにいたか」
「リオウ様!」
リオウは小走りに駆け寄ってくる氷麗を、両腕を広げてそっと抱き止めた。やはり、どうにも若者に甘くなってしまう。これではまた口煩い面々に、甘やかしすぎだと小言を言われてしまいそうだ。
「ふふっよく子供たちを守ってくれたな。怪我はないか?」
「はいっ」
繊手が頬を包み込み、安心したようにふわりと微笑む。氷麗の報告に、そうかそうかと頷き相槌を返しては頭を撫でるリオウに、実に嬉しそうにえへへと笑う氷麗はまるで親子。
「ほんま、妖怪の前だと可愛い顔するんやなぁ。リオウちゃん」
「ふふ、当たり前だろう。私の愛しい子らなのだから」
(可愛い顔…に関してはもう突っ込まないんやな)
大分スルースキルが高くなっているらしい。いや、スルー出来る位心に余裕が出たということか。それはいいことだ。
「で、リオウちゃん。その様子だと四神に協力は取り付けられたんやな」
「あぁ。貴船のには、面倒だからこっちに来るなと白虎に言付けを頼んだ。妖と人間の、妖と妖の抗争というだけでも面倒なのに、ここに下手に神が入り込んでくると手がつけられぬ」
「せやなぁ。…ま、その分リオウちゃんは気ィつけや。腕の一本でも吹っ飛ぼうものなら八百万の神々から天変地異の贈り物が京妖怪に届きそうやし」
巻き添えを食らえば、間違いなく京都は沈む。…いや、文字通り地図から消えるかもしれない。
「わかっている。…まぁ、大丈夫だろう。私とて天狐。腕の一本や二本吹っ飛んだところですぐ治る。そう簡単に死にはしないしな」
「…………そーゆー問題とちゃうんやけど」
現に今の発言でリオウの傍に控える黒羽丸が警戒態勢に入っている。無茶を平気な顔でやってしまうところがまた、側付きたちの過保護を加速させていくのだろう。
「リオウ様!私達は伏見稲荷に向かいます。リオウ様はどうなさりますか?」
「そうか。伏見稲荷に…では、私も―――」
言いかけて、リオウの毛並みのいい純白の耳がピクリと動いた。おぞましい数の妖気に、人間の悲鳴。弐条城へ羽衣狐の百鬼が集結しているのか。
「リオウ様?」
「私はあとから行く。リクオを頼んだぞ。…黒羽丸」
「はっ」
リオウの華奢な肢体から、ぴりぴりと張り詰めた殺気を感じる。がらりと変わった主の周りの空気に、眉ひとつ動かすことなく、黒羽丸は膝をついた。
「お前は三羽鴉として本家との伝達役にまわれ」
「!?しかし…」
弾かれたように顔をあげる黒羽丸の頬を、白魚のような指がそっと撫でる。幼子を宥めるようなそれに、黒羽丸は思わず口をつぐんだ。
「お前たちの翼であれば、誰よりも早く本家へたどり着けるはずだ。戦局を逐一お祖父様へ報告しろ。それから…牛鬼を呼んでくれ」
「牛鬼様を?」
「あれに私が呼んでいたと伝えよ。それだけで意味は通じる」
「承知しました。…ご無理はなさいませぬよう…」
「わかっている。さぁ、行っておいで」
黒羽丸の翼がひとつ羽ばたいたかと思うと、残像すら残さず一瞬にして舞い上がる。闇夜に消えるその姿を見送ると、リオウも桜吹雪と共に姿を消した。
京都の外れにある古びた寺。大きくただ古めかしい歴史があるだけの寂れたそこに、生き残った人間たちは救いを求めて集まっていた。
警察も、自衛隊もなにもかもあてにならない。そもそも、妖相手に並みの人間が敵うわけもない。仏様の加護が在るだろう寺なら、或いは神の領域たる神社ならと必死にここまで逃げてきた。
しかし、その寺にも大量の妖怪が押し寄せてきていた。
「ひ、ぃっイヤァァァア!!!!」
「おぉ、おぉ、なんだ、沢山いるじゃあねぇか」
「旨そうな臭いがするぞ」
「人の子の臭いだ」
おぞましい姿をした人ならざるものは、血濡れた爪を振りかざし、返り血に赤黒く染まった口許をにたりと歪めてゆっくりと寺の敷地へと足を踏み入れていく。
「く、くく、来るなァッ!!!!」
「どっか行けよ化け物ォっ!!!!」
「陰陽師は、陰陽師はなにしてんだよ!!!!」
男たちは瓦礫を手に、妖怪たちの前に立ち塞がり、女は恐怖に戦く子供たちを抱えて護るように固まっている。
「面白え…人間ごときが俺達に勝てると思ってんのか?」
「威勢がいいのは嫌いじゃねェ。お望み通りお前らから喰ってやるよォ!!!!」
「―――間に合ったか」
涼やかな声が響いたかと思えば、目の前の妖たちから噴水のような血しぶきが上がった。ついで、寺を取り囲む妖たちが一瞬にして青白い炎に包み込まれ、塵も残さず消えていく。
「怪我はないか?」
突然目の前に現れた、この世のものとは思えぬ程に美しい狐の青年に、男たちは腰を抜かしてへたりこむ。緊張の糸が切れ、動けなくなってしまったらしい人間たちに青年は目を瞬かせると、困ったように微笑んだ。
「待っていろ、今結界を張ってやる。…良いか?何があっても、この寺から外には出てはいけない」
青年はそう言うと、男たちの前で地面に何やら術式を描きはじめた。書き終えると、手にしていた刀で指先を切りつけ、血を一滴術式の上に垂らす。途端に術式が青白く光を放ち、寺の敷地全体を優しい光の膜が包み込んだ。
「もう大丈夫だ。この中には妖怪は決して入ることはできぬ」
「あ、き、つね…?」
「うん?ふふっあぁ、私はただの狐よ」
青年はそう言うと、ぐるりと辺りを見渡した。泣きじゃくる子供たちと、呆然とへたりこむ女性たちにゆっくりと歩み寄る。
「怖い思いをさせたな。助けに来るのが遅くなってすまない」
青年が手をかざすと、優しい光が溢れ傷がどんどん癒えていく。呆気にとられて言葉もない人間たちに、青年は気を悪くすることもなくくすくすと笑った。
ではな、と微笑むと青年の姿はふっと空に溶けるようにして消えてしまう。純白の耳に四本の尻尾を持つ美しい狐。神か仏か妖怪か、正体の知れぬその青年に、人間たちはまるで夢を見ていたかのように暫し呆けていたのだった。