天狐の桜14
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不意に響いた、唸り声にも似た低い声に竜二はばっと顔をあげた。リオウや二神もついと視線をあげる。社の屋根の上に足をかけ、此方をニタリと見下ろす巨大な白い虎がいた。
「白虎。さっさと降りてこい。私は急いでいるんだ」
≪おーおー、そう怖い顔すんな。ったく、あの健気で素直な可愛いオチビはどこいったんだか≫
「…今その喧嘩を買う気はない。朱雀もいるんだろう。早く出てこい。私は頼みがあって此処に来たんだ」
華の顔に苛立ちが滲む。それすらも美しい想い人に、白虎はくっと口角が上がるのを感じた。此方に構っていられるほど余裕がないと言うことか。この天狐にしては珍しい。
白虎はひらりと屋根から飛び降りた。くるりと宙で回転したかと思えば、その姿は白地の漢服に虎柄の毛皮を羽織った大柄な男へと変わる。筋骨隆々とした体躯に、逆立った白い髪。不敵な笑みが歴戦の武将のような貫禄を思わせる。
「朱雀なら、テメェが連れてきた人間にご立腹だぜ。ま、気が向きゃ来んだろ」
「…はぁ…まぁ良い。知っての通り、京の都が妖の手に堕ちた。貴様らに何とかしろとは言わぬ。ただ、かの地で私が動きやすいように神気を分けてもらいたい」
リオウの言葉を静かに聞いていた四神は、じろじろとリオウと竜二を交互に見つめた。…成る程、それで『こいつらを守る』と見せつけるためにこの人間を連れてきたのか。
「ま、いいんじゃねぇか?リオウが赦す、守りたいって言ってんだからよ。これは天狐の問題だ。我達(オレたち)がこいつの決めたことに兎や角言うのは違ェだろう」
「白虎。貴様何一人だけ余裕をかましているのだ」
「あ゙?我(オレ)はコイツがやりてぇことを尊重してるだけだが。何だ、テメェにはそんな度量もねぇのか?青龍」
バチバチ火花を散らす青龍と白虎を尻目に、玄武はリオウの手をとった。切れ長の瞳が心配そうに此方を見つめる。
「本当にそれで良いのですか?」
「天狐に二言はない。心配性が過ぎるぞ」
「そりゃ仕方ないだろ。なんせ君は目を離すとすぐに無茶をするからな」
ひょこっと赤髪の青年が顔を出した。朱色の漢服に身を包み、襟足の長いざんばらな髪が炎を思わせる。青年――朱雀の琥珀色の瞳が、物珍しそうにじろじろと竜二を見つめた。
「へぇ、花開院のなぁ。随分若いが、君が連れてきたんだから相当な腕なんだろ?なぁにーちゃん」
朱雀の腕が竜二の肩にまわる。寸前、リオウは竜二を庇うように己の腕に抱き込んだ。一瞬朱雀の顔が嫉妬に歪むが、すぐにもとのヘラヘラとした表情に戻る。
「これに触れるな。私の連れだ」
「わかってるさ。君に嫌われるのは我(オレ)とて本意じゃないんでね。ただ…気に入らないな」
にーちゃん名前は?
竜二は朱雀の言葉に無言を返した。朱雀は苛立ったように、なおも聞いてるのか?と畳み掛けてくる。瞬間、目の前が赤く染まった。体の芯から焼き付くされるような激痛に襲われ、竜二は思わず膝をつく。
「―――朱雀。貴様、おいたも過ぎると可愛いげがないぞ」
「声を出すなと指示したのか」
「さてな」
「ふん。―――一声でも出そうものなら塵も残さず燃やし尽くしてやったのに」
声は、四神が取り入り術中にはめる為に必要な道具。竜二を優しく抱き寄せ、胸に手を当てて癒しの力を使いながら、よく頑張ったなとリオウは小さく微笑んだ。
「何故だ。人の子がどうなろうとどうだって良いだろう。妖と人の子の闘争で、都が一つ潰れる。"ただそれだけのこと"だ」
「朱雀。やめとけ。…リオウが決めたことだ」
「黙っててくれ白虎。――我は人が憎い」
神にとって人間の生きる時間など瞬きと同じ。悠久の時の中で妖に人の都が滅ぼされることなど、神々にとっては瑣末事にすぎない。そう、妖と人の抗争でどちらが勝とうが、神々にはどうでもいいことなのだ。
その上、人間は傲慢になりすぎた。神々は人間からの信仰によって力を持つ。だが、今や人々は神を信じず、蔑ろにして都合の良いときばかり神の名を叫び、慈悲を請う。
「その上、神すら血族に置こうとした奴等。悍ましい妄執に囚われ、神すら殺した強欲。私利私欲の権化たる下劣な種族を…同胞を汚した者共をどうして守ろうとする」
そこの男は無知なのだろう。人は己の良いように歴史すら操り過去をすり替える。子孫に罪はない?笑わせるな。知らぬことこそ罪。知ろうとしないことこそ大罪なのだ。
「あまつさえ…神殺しの一族を赦し守るだと?目を覚ませ。神の傍に侍り、その加護を受けるに相応しいのはそこの罪人ではない!!」
「諄い!!!!」
凛とした声に、水を打ったように辺りは静まり返った。竜二は勿論、怒鳴られた朱雀も目を丸くしてリオウを見つめている。まさか、これが目に見えて怒りを表すとは。
「人は慈悲ゆえに神を崇め、神は人に慈悲を与えてこその神。思い上がるな。慈悲なき神など系譜の上でのただの記号だ」
それから、とリオウはびしっと扇を向けた。あまりの気迫にたじろぐ四神を前に、リオウははっきりと告げる。
「先程から大人しく聞いていれば、私が人間を赦し守るのが気にくわないだと?私はかの妖に父を殺された。売られた喧嘩を買うだけだ。文句があるか!!」
いいから黙って力を貸さんか!!!!
・・・・・・・・。
たっぷり数呼吸分の沈黙が降りた。説得の最後の決め手が自分の私怨だから力を貸せ、というのはどうなんだと目を眇める竜二はいざ知らず、四神にはこの言葉が何より面白かったらしい。
「ふ、くっははははは!!!!良いぞ!!それでこそ我の嫁だ!!」
「あっははははは!!そうだな、君はそういうやつだ!!あぁ、君といると退屈しない。だから我は君が好きなんだ!!」
「誰が貴様らなんぞの嫁になるか。返事は肯定として受けとるぞ。いいな、白虎、玄武」
腹を抱えてゲラゲラ笑う青龍と朱雀に、不遜に鼻を鳴らすとリオウは白虎と玄武に向き直る。年長者の二神は困ったように笑いながら仕方ないなと頷いた。
「仕方ありませんね。可愛い貴方の頼みですから」
「我は最初からそのつもりだ。お前のやりたいようにやれ。他の神には我から話を通してやる。…あぁ、そういえば貴船の竜神には会ったか?」
「高龗神はまだだ。…いや、あれに会うと余計に面倒だ。今回はこちらで収める。余計なことはするなと伝えてくれ」
「へいへい。気ィ付けてな」
約束さえ取り付ければもう此処には用はない。帰るぞ、とリオウは竜二を振り返る。こくりと頷き、鳥居を潜るリオウを追いかける竜二の背に、白虎はおい、と声をかけた。
「あれは昔からお転婆でな。慈悲深い上に負けず嫌いで、騒ぎの渦中に突っ込んでいっては誰かの犠牲になることも厭わない。…ま、護るには難易度が高いが、テメェは根性あるしなんとかなるだろ。くれぐれもよろしく頼む」
どれだけ惚れていても、あれは此方に守らせてはくれないからな、と白虎は目を細める。リオウに目をかけられているのだから、ちゃんと生きろよ笑う白虎を、ちらと一瞥すると竜二は鳥居へと飛び込んだ。