天狐の桜14
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柔らかな光に満ちた無の空間。どこまでも続く白一色の世界。突然連れてこられた未知の空間に、竜二は訝しげに眉根を寄せた。
「ここは…」
「ここは、この京を護る四神の神域だ。朱雀、青龍、白虎、玄武…それぞれ城南宮、八坂神社、松尾大社、上賀茂神社に祀られている奴等のな」
まぁ、こういうことはお前の方がよく知っているだろうが、とリオウは淡く微笑んだ。花開院の陰陽師たちの中にいたときとは違う優しい微笑みに、竜二は思わず花の顔を凝視する。
(…表情も雰囲気も先程とは違うが…やはり警戒していたのか)
花開院は天狐を保護するために、その姿を追い続けてきた。しかし、リオウにとってみれば天狐を惨殺したのは他でもない花開院。警戒し、表情も言葉も固くなるのは自明の理だ。
「下手に歩けば出られぬぞ。迷子が嫌なら、私のそばにいることだ」
「………」
「ふふっほら、おいで」
ふっと微笑むその顔は慈愛に満ち溢れていて。道標の無い無の世界を、リオウは迷うことなく進んでいく。
「随分と慣れているが、この神域に来たことがあるのか」
「あぁ、幼い頃よく連れ込まれた」
天狐一族の惨殺があってから、神々はより生き残りの天狐へ過保護になった。事あるごとに構いたがりの神々は自らの神域を開き、招き入れては散々構い倒されたものだ。
「そもそも、私が神々のなかで最も年若いのもあったのだろうがな。私がこうして神気を操れるのも、継承された記憶だけでなく、それこそ鬱陶しいほどに引っ付き回る奴等がいたお陰だ」
妖怪だけでなく、神々にも愛されているのか。どこまでも魔性だなと竜二は一人納得する。妙なる美貌か、否、どこか放っておけないと庇護欲をそそるこれの内面に周りがついてくるのだろう。
リオウはついと繊手を持ち上げた。その細い指が指し示した先には、いつの間にやら巨大な鳥居が聳え立っていた。
「あの鳥居を越えれば、四神の住まう社よ。…良いか?彼処に入ったら、何があっても絶対に口を利くな」
「なんだと?」
「ふふっ四神は神格のある獣であって、厳密には神ではない。…という御託は置いておくとして、この上なくめんどくさい奴がいたりするから、余計なことは言わないに限るんだ」
序列は神である天狐の方が上。だが、相手の神域では何があるか分からない。少なくとも、相手があれだからなぁ…とどこか疲れたようにぼやくリオウに、竜二は無言を返した。神様世界というのもなかなか面倒らしい。
大きな鳥居を潜り抜ければ、目の前にまっすぐに続く石畳と巨大な社が鎮座していた。鳥居をくぐるまで、確かにそこには何もなかった筈。
(成る程、これが神の領域か)
人智を超える力が働いているらしい。感心したその時、巨大な影が竜二の眼前に現れた。リオウと竜二の間に滑り込むように現れたそれを、リオウは刀を抜いて受け止める。
≪―――漸く我(オレ)の元へ来たかと思えば、穢らわしい血脈の鼠まで連れ込んだか≫
「久方ぶりの再会というのに、随分なご挨拶だな。青龍」
そう、そこにいたのはゆうに6尺はありそうな巨大な竜であった。鎌首をもたげた恐ろしい姿。深緑色の鱗がてらてらと輝き、鋭い牙が覗く口からは赤く長い舌がのびている。
≪そこをどけ。神殺しの卑しい人間風情が、この神域に足を踏み入れるなど到底許せん≫
「これは私の供だ。神殺しは確かにこれの先祖の咎だが、子孫にその罪はない」
≪何を言う。神を屠り、嬲り殺しただけではあきたらず、その血肉を啜った悍しき奴等だ。これほどの大罪が時と共に消えるとでも言うのか≫
「憎しみは消えぬ。だが私はこれを、これの罪を赦すと決めた。外野にどうこう言われる筋合いはない」
そこを退け
鈍い銀色が一閃し、青龍の腹を切り裂いた。しかしその影もゆらりと揺れ、先程まで巨体があった場所に一人の青年が現れる。
深緑色の漢服に、ざんばらな若草色の髪。頭に二本の角が生えており、翡翠の瞳は爛々として、ただそこにいるだけで凄まじい圧力を感じる。
青年…人型をとった青龍は、ぎろっと竜二をひと睨みすると、どこかあきれ顔のリオウへとぐわっと噛みついた。
「散々この我から逃げ回った挙げ句、漸く我の元へ来たかと思えば男連れ…しかもあの悍しき血脈の。これを黙って受け入れろと言うのか!!」
「喧しい!貴様では話にならぬ。他を出せ他を!」
大体自分の神域にこないからと落とし穴張って待ち構えるような男(ヤツ)の所になんぞ誰が行くか!!!!
(……………………………)
神とはこういうものなのか、と竜二は内心呆れたように息をつく。先程までの真剣な雰囲気はどこへやら。いや、当人は本気も本気大真面目なんだろうが。
「そもそもこの我が嫁にしてやると言うに何が不満だ!!この我が!!嫁にしてやると言っているんだぞ!?」
(………ジャ○アンかこいつ……)
竜二は思わず心の中で突っ込んだ。どこぞのガキ大将も真っ青な俺様理論だ。いっそここまで来るとかえって神様らしい。
「玄武、そこにいるのだろう。こやつでは話にならぬ。かわってくれ」
「―――まったく、色気のない誘いですね」
社から黒衣の青年が顔を出した。長い黒髪を高く結い上げ、切れ長の紅玉の瞳が不満そうに細められる。
「貴方のことはいつも気にかけていました。…が、青龍ではありませんが、余計なオマケまで連れてくるとは思いもよらなかった。どういうことです」
「私はこれを赦すことにした。此度は供をしてもらっている。一人で来れば、人界なんかどうでも良いから此処にいろとか言い始めるだろう」
「「…………………」」
「図星か」
リオウは深く嘆息した。喧しい青龍は兎も角、比較的大人しい玄武はまともかと思っていたのだが、どうやらそうでもなかったらしい。
現に、京都が妖怪達によって散々な目にあっていると言うのに、四神をはじめとする神々が動いていないのが良い例だ。当事者であるリオウ以上に、神々の怒りは根深かったらしい。
玄武は柳眉を寄せるリオウと、その後ろで黙って控えている竜二を一瞥し、眉根を寄せた。
(リオウは優しすぎる。…かの一族を呪い殺したとてまだ足りぬというに)
一族郎党皆殺しにされたおぞましい記憶が残っているだろうに、人の子を助けようというのか。しかも、その罪を赦すだと?理解の範疇をこえている。
≪男なら、惚れた相手が頼んでんだから、兎や角言わずに助けてやったらいいんじゃねぇか?≫