天狐の桜14
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甘美な声に、辺りは水を打ったように静まり返った。優しい甘い香りがふわりと鼻腔を擽ったかと思えば、花開院たちの前にそれはそれは美しい天狐の青年が立っていた。…リオウだ。
「やっぱり来たんやな、二つ目の切り札の…リオウちゃん」
リオウはぐるりと辺りを一瞥すると、呆然とした様子で腰を抜かす面々に鼻をならす。笑顔でヒラヒラと手を振る秀元にひとつため息をつくと、ぱらりと扇子を開いた。
「ふん。相も変わらず、随分と府抜けた面構えの奴等よ」
「アッハハハハハ!相変わらずの花開院嫌いやな~♡ボクが折角カッコつけたのに台無しやん♡」
「案ずるな。カッコつけたところでお前は変わらぬ」
「え、やだそれって誉め言葉?誉め言葉なん?誉めてくれるん?リオウちゃん♡」
「ふふっさて、お前がそう思うのならそうなんだろう」
軽口を叩いてふっと辺りを見回したリオウは、ゆらと竜二を見つけるとふわりと微笑んだ。あぁ、そこにいたのか。
にこにこ麗しい笑みを浮かべて歩み寄るリオウに、ゆらは思わずひぇ…と声を漏らした。相変わらず目映いばかりの美しい人だ。
神々しくて近づき難さすら覚えるのに何故か懐かしい。…不思議な空気の持ち主。
「久しいな。ゆら殿に虚言の。息災か?」
「ま、まぁ。えってかコイツと知り合いなん…?」
「ふふっ前に一度な」
「ゆらちゃんに呼び出される前にな~。羽衣狐が甦ったとき、けっこう強引に呼び出されて胸ぐら掴まれてカツアゲされたんや」
「人聞きの悪いことを。400年前の知っていることを教えてくれないかと言っただけだろうが」
「いや~~『貴様が400年前封印した狐が蘇った。お陰でこちらは迷惑を被りっぱなしだぞどうしてくれる。知っていることを全部吐け。否、貴様の記憶ごと貰ってやるからまるっと残さずおいていけ』とか極道の人に言われたらどんな別嬪さん相手でも怖くてしゃーないわ~~」
「ふふっ戯れ言を」
誰もが見惚れる爽やかな笑顔を浮かべるリオウに、秀元は乾いた笑いを浮かべた。表情と棘のある言葉があっていない。
奴良組二代目 奴良鯉伴が羽衣狐に刺された後、リオウは怒りの冷めやらぬままにひとつの魂を召喚させた。――それが、400年前に羽衣狐を封印した十三代目花開院秀元であった。
『お祖父様は多くを語ろうとはせぬ。何も知らされずのうのうと守られるのはもうたくさんだ』
私は知識がほしい
羽衣狐が何なのか、祖父から続く因縁とは何なのか、頑なに皆語ろうとしなかった。問いかけた所で、『知る必要はない』『お前まで失うわけにはいかないのだ』と。
『すべては400年前にあったこと。だが、時を経て皆老いた。"老い"と"死"は、どんな強者の堅い意思をも脆く変える。今のお祖父様達は保守から動くことはない。――――この喧嘩を受けるのは次世代を生きる者だ』
『それで、400年前の事を知るためにわざわざ、大嫌いな花開院のボクを呼び出したん?』
『―――あぁ、花開院は憎い。だが、我が一族を屠ったのは貴様の子孫だ。貴様ではない』
わかったらさっさと知ってることを全て吐け
(いや~~ほんま、あんときは怖い顔しとったけど、そんな可愛い顔もできるんやな)
まぁ、当時は彼も気が立っていたのだろう。殺気が滲み出していて、こちとらもう死んだ身だというのに、息をつくのも容易でなくて窒息するかと思った程だ。
笑顔と言えば、話が一通り済んだのちに、随分怖い顔してるが笑った顔くらいできないのかとからかったとき、『失せろ、戯け』との台詞と共に浮かべられたそれはそれはにっこりとした笑みだけだ。言うが早いか文字通り術を解かれて消されてしまったのだが、いやぁあれは恐ろしかった。
隣で感慨深く一人首肯く秀元など露知らず、ゆらははへぇとどこか惚けたようにリオウを見つめた。
死人だろうが何だろうが、天狐には関係がない。魂を術によって召喚し、それこそもう遠慮なくさっさと教えろと迫ったんだろう。確かに容赦がない。
(お、大人しそうな顔しとるのに…流石神様…)
花開院嫌いというのも、天狐の過去を鑑みれば無理もない話だ。それでもこの秀元を呼び出したのだから、相当なにかあったんだろう。
壁に寄りかかる竜二は、秀元とやけに親しげなリオウに目を細めた。死人の魂すら召喚するとは、やはりこの天狐、妖怪との混ざりものとはいえ、神だけあってただ者ではない。
「…何しに来た。そもそも、此処には結界が張ってあった筈だ」
「あぁ、あの吹けば飛びそうな脆弱な結界か」
「こらまた辛辣やな~リオウちゃん♡」
神々すら、結界があれば容易に入ってくることは難しいはず。確かに言われてみれば、とざわつく陰陽師たちに、リオウは思わず目を眇めた。阿呆かこいつら。
「人間が張った結界ごときに、神が引っ掛かるわけなかろう。貴様らの陽の力は神々が人の子に与えし力。神々の結界に人の子は入れぬだろうが、貴様らごときのそんなものに引っ掛かる輩はおらぬ」
そんなことより、とリオウはついと目を細めた。形のよい唇がゆるりと弧を描き、さらさらと流れる艶やかな髪が得も言われぬ色香を漂わせる。
「祢々切丸が欲しいのであろう?」
「…………そうだ」
「ふふっではちょうど良かったな。直、リクオが目当てものを持ってここへ来る」
あれのことだ。先は京妖怪たちに囲まれていたが、今に百鬼を連れてここへ来るだろう。…否、もしかすると京妖怪の封印の地へ赴くかもしれない。最凶最悪の妖怪【土蜘蛛】の。
「あれは今に必ず来る。…が、"かの地"に封印された者に勝てるだけの力があるとは思えぬ。今はな」
「"今は"だと?」
「修行が足りぬと、それにつきるな。まぁ、あれを殺すのは私にもちと難しい。神域なら容易だろうが、ここは妖気が濃いからな。相討ち覚悟で漸くとどめがさせる、といったところか」
だが、京に残る人間や花開院、妖怪たちを守りながら戦えば、さらに動きは制限される。となれば、足止めをしつつ隙を見て逃げるのが得策だろう。
並みの人間や妖怪では太刀打ちすることなど到底不可能。その上、400年前以上に強力になった羽衣狐に、京都を覆い尽くす噎せ返る程に濃い妖気。さて、まずは此方が動きやすいように場を整えなければ。
「貴船のはどうした。高龗神(たかおかみのかみ)は。よもやこの騒ぎを知らぬわけではなかろう」
「あー…ぶっちゃけるとな、リオウちゃん。今の"花開院"に"神降し"は無理や」
「…ふむ。成る程、報復を受けたということか」
ざまぁないな、とリオウは鼻を鳴らした。天狐を屠った一件で、神々から見放されたか。"神降し"とは文字通り、神霊を降ろして助けを求める、所謂神頼みというやつである。それすら叶わぬとは因果応報だ。…だが、この状況でそれはなかなか不味い。
「せめて四神には話をつけなくては」
「待ちや」
くるりと踵を返そうとしたリオウを、秀元は静かに呼び止めた。先に花開院の陰陽師たちが京妖怪たちに遭遇した折、彼らは『愛おしい天狐を我らがもとに』とほざいていた。天狐と京妖怪にどのような因縁があるのかは知らないが、狙われていることにかわりはない。
「今回、一番狙われとるんはあんたやで。リオウちゃん」
「―――慣れた。それに、狙われているからと保守に走るほど私は脆くも弱くも…優しくもない」
喧嘩を売られた。だから受けてたつ。それだけの事だ。傍観してやるには、京妖怪(やつら)は此方の大切な人を踏みにじりすぎた。この手で完膚なきまでに叩き潰さねば気がすまない。
「ッ…(息が、苦しい)」
「…ゆらちゃん、しっかりしぃや。本気になったリオウちゃんの殺気は、こんなもんやないで」
「おや、ふふっこれは失礼したな。ゆら殿。まだ其方には早かったか。怖い思いをさせたな」
ふっと殺気が霧散する。浅い息をつくゆらの前に膝をつき、優しく宥めるようにその髪を撫でるリオウは、険しい顔の秀元に視線をやった。
「私は四神に会いに行く。全面的に手を貸せとまでは言わないが、ここは妖気が濃すぎる。せめて私が動きやすいように神気を貰うくらいはさせてもらわんとな」
リオウはついと視線をあげ、ふっと微笑んだ。なんなら、そうだ。彼に来てもらおう。
「虚言の。お前も来るがいい」
「は…?」
「何、ここで神域への扉を開いて行って帰ってするだけだ。そう難しい話でもあるまい?」
何を言い出すんだこの狐は。
流石の竜二も眉間のシワがさらに深くなるのを感じた。何故俺なんだ。…いや、消去法か。神域にはいつもの護衛の妖怪は連れ歩けないし、気に入ったと豪語するゆらは今回の切り札であり、あまり消耗させたくはない存在。となると、必然的に顔見知りが選ばれるわけで。
「竜二。行ってきなさい。天狐様がお前をご指名なされたのだぞ」
「…チッ」
現当主である秀元に促され、竜二は大股でリオウへと歩み寄った。リオウは満足げに頷くと、静かに黒羽丸を呼ぶ。控えていた梁の上から瞬時に飛び降りた黒羽丸は、恭しく膝をついた。
「お呼びですか」
「氷麗が来ている。合流してあれの報告をまとめておけ。後で聞かせてもらう」
「承知しました」
言うが早いか、疾風と共に黒羽丸の姿がかき消える。あれがここに戻る頃にはこちらに戻ってこられるか。
「すぐ戻る。暫しの間、これを借りるぞ」
リオウと竜二の姿が眩い光に包まれ、空にとけていった。