天狐の桜14
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夜の闇の中へ飛び込んだリオウは、慌てて追ってきた黒羽丸によって空中で見事に横抱きにされていた。
「リオウ様、突然飛び降りるのはおやめください」
「?私は飛べるし、そもそもお前は私を抱えて飛ぶのも容易であろう?」
「……………それは、そうなのですが」
腕の中でこてっと小首を傾げる主に、黒羽丸は内心頭を抱えた。信頼されているのはありがたいのだが、こう何度も肝が冷えるような事をされては寿命が縮む。
「せめてひと声お声かけくださると良いのですが」
「気が向いたらな」
「以前もそうおっしゃっておられましたが、一向に改善されませんので」
「…………」
語気が僅かに強くなる。怒っているのか。ばつが悪そうにそっぽを向くと、暗に話をそらすなよと言わんばかりに腕の力が強くなる。
「………お前も容赦がなくなってきたな。嗚呼、先は初々しく愛らしかったというに…」
「何百年前の話をされているんですか」
「さて、お前が奉公に来たばかりだから…お前が15、6の頃だな」
「…………………………」
そんな子烏に近い頃の話を出されても困る。思えば、15、6でこの方にお仕えしてゆうに幾年もたっているのか。
「あの頃は、鴉天狗に修行に出すからとちょくちょく連れていかれていたな」
「未だ未熟でしたので」
「あぁ、そうだったな。…ふふっそれがこんなに立派になるとは。私がお前の袖に触れるだけで赤面していた男とは思えぬ」
まぁ純朴な少年を散々翻弄してどこへ行くにも連れ回してたのだから、父 鯉伴程でなくとも自分も相当悪い大人だっただろう。否、供すらつけずに何日も何日も帰ってこない放蕩親父よりは遥かにましかもしれない。
「…………………(ふむ…)」
「リオウ様?」
「いや、少しな。…黒羽丸」
「はっ」
「お前は"消毒"するとか言わないのだな」
「ブフッ」
黒羽丸は思わず噴き出した。意味を分かって言っているのかこの人は。リクオがそうしてちょっかいをかけてくるから、何となく意味を理解してはいるのだろうが。恐らく、「それ」を男にねだることがどれだけ危険かは全くわかっていないだろう。
する、と白魚のような手が頬を撫で、誘うように薄く唇が開かれる。冴えざえと濡れたそこから小さな舌がちらりと見え、思わずごくりと喉がなる。
「消毒、してくれないのか?」
「っ、リオウ様、…っ////」
「ふふっ冗談だ。…その反応もなかなか愛いな」
遊ばれている。…若と違い、軽率に不埒なことはしないだろうとでも思っているのだろうか。先は首無に「なんでも言うことを聞いてやる」なんて言っていたし、本当にこの方は危機感と言うものが欠如している。
黒羽丸は誘われるままに瑞瑞しい唇に己のそれを寄せた。リオウの紅水晶の瞳が溢れんばかりに瞠られる。
「ッ!!」
リオウの繊手が滑り込んだと同時に、黒羽丸の唇はピタリと止まった。至近距離で視線が絡み合う。黒羽丸は、唇に押し当てられる形となった白魚のような指に、軽く音をたてて口付けて離れる。
「俺も、男です」
いつまでも手のひらの上でほわほわ鳴いていた子烏ではないのだ。これに懲りたら、少しは男を誘うような言動は危ういと意識してもらいたい。
みるみるうちにリオウの陶器のような肌が薄紅に染まる。ぶわっと膨れ上がった尻尾がくるんと持ち上がり、顔をすっかり隠してしまう。
(それで隠れていらっしゃるつもり…なのだろうか)
だとしたら酷く可愛らしい。此方が口付ける前に止まる気だと分かった為か、若の時のような平手が飛んでこない。
警告のためとはいえ、出過ぎた真似をしているのは重々承知なので、平手も罵詈雑言も甘んじて受ける覚悟でいたのだが、動揺しすぎて怨み言すら出てこないらしい。
「あの、リオウ様…?」
「…み、見るな…///」
耳がぺたりと垂れている。照れているのか。そろそろと尻尾の隙間から顔を覗かせたリオウは、じとっと恨めしそうに上目使いに黒羽丸を見つめた。
「…………っ、私の知っている朔は、このような…っ///」
「朔も大人になりますから」
しれっと言いおいて空を駆ける速度をあげる。ペシペシと胸を叩く尻尾が、実に不満げなリオウの内心を示している。
「…もういい。花開院の屋敷に向かうぞ」
「承知致しました」
照れもせず、あくまで側仕えとしての顔で返事をする黒羽丸に、リオウはふいっとそっぽを向くと、ゆらりと尻尾をひらめかせた。
「どういうことなんだ!!どうしてこんなことになったんだ!!」
花開院家では、怒号が響いていた。京都市長と京都府知事、京都府警が眦をつり上げている。千年を生きる妖怪が復活しただと?京都は妖怪に支配されました?何て市民に伝えればよいのだ。
「この花開院家の信用も地に落ちた!!」
なんかキナクセー話だな、と花開院家の者たちは顔をしかめる。仕方のないこととはいえ、ここまで言われる謂れはない。
「弐条城は守れるんだろうな!?陰陽師は妖怪のケーサツでしょうが!?"天才の封印"ってのはどーなったんだ!?」
「天才?誰のことや?もしかして、僕のこと?」
広間に、酷く明るい声が響いた。見れば、みんな一応頑張ってるけどね~~。流石に僕の結界も四百年が限度や♡と、妙に明るい声音であっけらかんと話す男が座している。
切れ長の瞳はゆるりと楽しそうに細められているが、深淵のような黒い眼は得たいの知れぬ妙な近づき難さを感じさせる。白い狩衣を纏い、烏帽子を被ったその男。
「何だ?誰だこいつは」
「秀元や♡」
「!?何言ってる?秀元はこっちだろ!?」
「だから…十三代目秀元や」
十三代目秀元…伝説と歌われた天才陰陽師にして、四百年前かの羽衣狐を封印した張本人だ。尤も、現在はゆらに式神として呼び出されているため、話すくらいしか出来はしないが。
花開院よ陰陽師たちは、思いもよらぬ助っ人に、腰を浮かした。式とはいえ、伝説上の陰陽師だ。何か策を講じてくれるに違いない。
………なんて、期待に目を輝かせる完全他力本願な子孫たちをくるりと見回し、秀元はニパッと笑った。
「あ、まず最初に言うとくと、最後の封印 弐条城は落ちます」
それはそれはもうあっけらかんと言い切った。唖然とする皆を尻目に、あの女狐ホンマ強いで~~とケラケラ笑う。奴の野望に集まる部下もド主役級ばかり。
「大体千年を生きる大妖怪どもに人間が勝てる道理があるわけないやん!ハッハッハ」
「な、なにィ~~!?」
「アッハハハハハ!あの城はくれてやればいいねん!」
だが奴等はそこで守勢にまわる
突然場の空気をかっさらう鋭い一言に、皆ぞわりと背筋が粟立つのを感じた。なんだ、こいつは。本当に先程まで笑っていた男と同一人物か?
秀元は周りの様子など気にもとめず、言葉を続けた。四百年前もそうだった。羽衣狐は二条城で出産しようとしているのだ。恐らくは、そこで産まれるものこそが京妖怪(やつら)の宿願。
「つまり、入城してからの数週間。羽衣狐がそれを産むまでの間…万が一勝てるとすればそこなんや」
宿願によって京妖怪は纏まっている。宿願を果たす前に羽衣狐を倒せば、奴等は目的を失いバラバラになる。言わば「羽衣狐」は「最大の敵」であり、京妖怪にとって「最大の弱点」でもあるのだ。
「だからこそ!そこで攻勢に出る!!」
「おぉ!」
「そ、そーか!そこを上手くつけばあるいは…!」
「倒すのに必要なのは三つ。一つは"破軍"、つまり…"ゆら"ちゃんや!!皆この子大事にせなあかんで♡」
陰陽師たちはぎょっと目を剥いた。帰ってから卵かけご飯ばっかり食ってるこいつが、我々の希望!?明日から烏骨鶏の卵にでもしたらどうだ、なんてやんややんやと盛り上がる面々に、ゆらちゃん人気者やな~♡なんてにこにこ微笑む。
「二つ目は…まぁえぇわ。これに関しては切り札であり、「弱点」にすらなりうるやつやから。もしかしたら来るの渋るかもしれへんし…最後の一つは妖怪を切る妖刀!今すぐ「江戸」へ飛脚を飛ばすんや!"ぬらりひょん"へな!」
「その刀、祢々切丸というのだろう」
静かな声に視線を投げれば、柱に寄りかかった黒衣の青年…竜二が立っていた。秀元の片眉が意外そうに上がる。へぇ、なんだ、ちゃんと調べている奴もいるんじゃないか。
優秀な面々も多いが、どうにも抜け作もまた多い子孫たちだと思っていたが、これは評価を改めてもいいかもしれない。
「今、その刀はぬらりひょんの孫が持っている」
「"彼"の孫やて…!?」
秀元は口角が上がるのを感じた。人の子と同じように、妖も世代が変わったか。これはなかなかどうして面白い。
「奴良組には俺が行こう」
「――――その必要はない」