天狐の桜14
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さて、所変わってその頃大広間では、首無が遠野妖怪たちを睨み付けていた。身も凍るような張り詰めた空気に、遠野妖怪たちは思わずたじろぐ。なんだこいつは。リクオがいるときとは別人ではないか。
「遠野どもよ。確かに…奴良組が最大の勢力を誇ったのは江戸時代だ」
リクオとリオウの父――鯉伴が大将となり、関東の荒くれ妖怪を束ね妖世界の頂点と呼ばれた。イタクはじろりと首無を睨めつける。そんなことは周知の事実。だが、今はどうだ。
「それがどーした?昔話なんか知らん。今どーなんだよ」
リオウも床に臥せがちになった。確かに昔からあれは体が弱かったが、ここまで病弱では無かった筈だ。
3代目の若頭は妖怪としての戦い方がまだ不完全。これまで奴良組の守護神であった頼みの綱のリオウは、無理のできない体に。…残ったのは散々甘やかされた無能な側近のみ。
「心配だ。てめーらが足手まといになるんじゃねーかってな」
首無は片眉をあげた。無言でイタクの言葉の続きを待つ。妖怪ヤクザの若頭たるものが、鬼發も鬼憑も分からない。なぜ教えないのか。
「答えは…『誰も使えねぇ』そんな組に上に立たれるなんて我慢ならん」
「―――――無知も度が過ぎると可愛いげがないな。遠野の産土では習わなかったのか」
しゅるりと手持無沙汰な手に紐を絡ませる。あや取りで苛立ちを誤魔化しているのか、単に手持無沙汰なだけなのか。目の奥に憤怒の炎が揺らめく笑みからは、その真意は読み取れない。
「鎌を背にした男。礼儀を教えてやる。表へ出ろ」
「馬鹿、首無。やめな。それ以上は、あたしらだって押さえてんだから。あんただって、リオウ様のお言いつけを忘れたわけじゃないだろ?」
今回の出入りにあたり、リオウからはくれぐれも内部崩壊するような無様な真似はするなときつく言い含められている。
『言いたいことを我慢しろと言うわけではない。言われっぱなしでいろともな。だが、お前達も知っての通り、遠野は本来中立だ。何処の下にもつかぬ』
あれらの立場を慮れば、今回は対等の立場でこちらは接しなくてはならない。どちらが上でも下でもない。…故に
『平たく言えば、喧嘩はするな。内部崩壊なんて無様な真似はしてくれるなよ。喧嘩したら…そうさなぁ』
喧嘩両成敗として、私がすっ飛んでいって完膚なきまでに叩き潰してくれるから、そのつもりでいろ。
『いくら可愛いお前達とはいえ、無用な諍いで足を引っ張られてはたまったものではない。容赦などしないから、覚悟をしておくことだ』
天狐は水鏡や千里眼によって望むものを見ることができる。…つまり、此方が大喧嘩して船を破壊しようものなら、それはすべてリオウに筒抜けで。完膚なきまでに叩き潰すというのとあながち嘘ではないのだろう。
(………こいつら……?)
淡島たちは側近たちの様子に眉を跳ねあげた。…リオウの影に隠れているだけで、相応の力はあるのか。思えば、あの天狐が無能に目をかけるとは思えない。
だが、イタクは止まらなかった。
「俺たちが上だ。やれるもんならやってみろ」
次の瞬間、派手に壁を突き破って二人は甲板へ飛び出した。瓦礫と化した木片が宙を舞い、けたたましい音が船中に響き渡る。
「な、なんだぁあーーー!!??」
「キレちゃったよ…しつこいんだよイタクも…!!」
ぎゃいぎゃいと騒ぐ声は、船奥の部屋のリオウの耳にも届いていた。黒羽丸もばっと跳ね起きて傍に控える。
「…………調子に乗ったか。阿呆共め」
「………リオウ様、どうかご辛抱を」
「黒羽丸。…約束であったな?船を破壊し、仲違いをしたものは問答無用で叩き潰すと」
まったく、リクオも上手くおさめれば良いものを。…否、ひょっとすると過保護な側近たちがリクオを遠ざけたのかもしれない。
「案ずるな。神気など使わぬ。文字どおりこの足で頭を冷やさせてやろう」
少し位力を入れすぎたところで、鴆もいるんだから大丈夫だろう、なんて考えていることは、流石のリオウも口には出さなかった。
「!……静かに。――――この気配、リクオが近くにいるのか」
今見つかってはまずい。絶対に捕獲されて身動きとれなくなる。今捕まってしまうのは面白くない。
「お前はあれの足止めを」
「………………」
「おや、返事が聞こえぬぞ?朔」
「……承知致しました」
良いように遊ばれている。わかってはいるのだが、懐かしい名を愛おしむように甘く優しい声音で促すように呼ばれると、首を縦に振ってしまうのが悲しきかな惚れた弱味というもので。
白魚のような手が黒羽丸の頬を包み込み、実に満足そうに目を細める。良い子だ、とゆるりと形のよい唇が弧を描き、甘く囁かれたと思ったのも束の間、端整な顔が近づいたかと思えば額に柔らかな感触があり、ついでリオウの姿がまるで霧のように立ち消えた。
次の瞬間、スパンッと勢いよく襖を開けたリクオが、赤面し硬直している黒羽丸を発見し、俺の嫁さんはまた別な男にちょっかいかけてんのかと不機嫌が最高潮に達していたりするのだが、それはまた別の話。