天狐の桜14
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夜の闇を切り裂き、宝船は京の都へと突き進む。リクオや幹部たちは作戦会議の準備に追われ、小妖怪たちは構ってくれる者もいないと互いに酒を酌み交わして暇を潰している。
「や~~しかしいいもんですなぁ~~船の旅も」
「いやまったく…しばらく関東から出てませんでしたからな~~」
納豆小僧と小鬼、一ツ目小僧は枝豆を酒の肴にいやはやまったくと頷きあった。江戸までは遠征したりなんだりとあったものだが、この浮世絵町に居を構え、並み居る妖の天下をとってからはそんなことはすっかりなくなってしまった。
「何と言ってもこの豪華すぎる船!総大将も人が悪い!こんなもの隠しておいたなんて」
「あ、いやしかし!確かに昔ありましたわ。まだ幼いリオウ様もこの船が大変気に入ってらして…」
「出入りと聞くと総大将や二代目に乗せてくれるようせがんでおりましたのぅ。いやぁ大変可愛らしかった」
なんせ、あの絶世の麗人がまだ2つか3つの愛らしき子狐であった頃のこと。純白の尻尾をぱたぱたと振りながら、小さな手がちんまりと袖を引いて言うのだ。今宵はお側においてください、と。
「総大将も二代目もデレッデレでしたな」
「そりゃああれだけ愛らしければメロメロにもなりましょうて」
強請るその言葉がまた健気で実に可愛らしいのだ。"今宵はお側においてください"だなんて、いったい誰に教わったのやら。
結局、過保護な二人によって出入りに参加はさせてもらえなかったようだが、せがまれる度に仕方ないのぅと宝船を呼びつけ、中を探検させる位には二人はリオウに甘かった。
「のぅ~~江戸の頃まではのぅ~~」
「―――何の話をなさっているのか、俺もお聞きしても構いませんか?」
顔をあげれば、見慣れぬ天狗面をつけ、黄金の翼を持つ天狗の青年―――朔が立っていた。納豆たちは、おぉ遠野の若造か!と物珍しそうにじろじろと天狗を見つめた。
「こんなとこでなにしてんだ?」
「いえ…じっとしているのは性に合わず、手伝いを申し出たところ断られてしまいまして。誰かの世話を焼くのが側仕えの本懐でございますゆえ、宜しければお供させてくださいませ」
流れるように膝を折る天狗に、年上扱いをされて気が大きくなったらしい小妖怪たちは、おう!と快く迎え入れた。
遠野の奴等に話しかけようにも、どうにも話しかけにくく、扱いに困る。が、まさか向こうから来てくれるとは。
「奴良組にはこのような素晴らしい乗り物もあるとは…成る程、天下の奴良組はやはり違いますね」
「ハハハ!そうじゃろう!ま…でもリクオ様初の遠征にババンと出すなどやはり粋な計らい。ハハハハハ!」
「遠野に修行に出されたときには驚きましたが、やはり孫思いでありましたな!」
「そういえば、あんた遠野モンだろ?リクオ様の遠野での様子、聞かしてくれや」
「俺のような若輩者の話が肴になるのであれば、いくらでも」
朔は酌をしながら、思い出すように夜空を見上げた。その表情は面に隠れてわからないが、この青年のどこか懐かしい雰囲気に、納豆たちは何やら安らぐものを感じて目を細める。
「遠野の大旦那様…赤河童様を前にしても物怖じせず、非常に大物だと。厳しい遠野の修行にも弱音一つ吐かず、大変立派な御方であると感服いたしました。リクオ様を大将に据える奴良組の将来が、若輩者ながら楽しみで楽しみで…」
「おお!分かっとるのー若いの!」
そうじゃろう!そうじゃろう!とわいわい騒ぐ小妖怪たちの話に静かに頷きながら、朔は変わらず酒を注いでいく。そうして暫くすると、とっくりの酒がすっかりなくなってしまった。
「おや、酒が切れてしまいましたな」
「京につくまでは持つだろうと思っていたのに」
「うぅむ、しかし遠いな京都は」
「この船が遅いのではござらぬか?」
「…あれに見えるが法隆寺の五重塔かと。然ればここは、奈良県の生駒郡でしょう」
「ほう?あんた物知りだな~~」
「恐悦至極に存じます」
朔は流れるように頭を下げた。台所に酒でももらいに行って、ついでに船が遅いと文句を言ってやろうと声高に言う小妖怪にお供しようと進言する。
「この船は部屋数が多いですから、ご案内致しましょうか」
「お?悪いねェ」
「兄ちゃん、この船初めてだろう?もう部屋覚えたのか」
「あぁ、―――側仕えとして働く故、迅速に状況を把握する術を会得しておりますから。間取りをすぐに覚えてしまうんですよ」
そんなものか、と小妖怪たちはふんふん頷く。黒羽丸といい、この青年といい、流石は大物の傍に仕えているだけあって優秀だ。
此方ですよ、と促されるままに厨房にはいると、毛倡妓がばたばたと総会の支度に追われていた。構え!酒を寄越せ!と騒ぎ立てる小妖怪たちに、くわっと眉をつり上げる。
「だめだめ!今リクオ様方は会議中ですから!船が遅い?知らないわよそんなの…」
「じゃあ毛倡妓でいいや。京まであと何分?」
「はいはい、小妖怪どもは夜明けまで遊んでなさい」
「おいおい、俺ちゃ体はちいせぇが心はヤクザだぜ?腐っても妖怪!京都一番乗りはオイラだぜー!!」
「あら…ごめんなさい?(キレ所はそこなのね…分かりやすい)」
小妖怪たちは、暇だ暇だと悪態をつく。酒も飲んでしまったし、別に敵が襲ってくるわけでもない。本当に暇だ。
「ちぇっこんなときリオウ様が居ればな」
「あっ」
毛倡妓は焦った様子でばっと辺りを仰ぎ見た。ついで声を潜めてあんたたちねぇと眉根を寄せる。
「いーい?あんたたち。リオウ様の側付き組が居るとこでリオウ様の名前を出すのは禁止。いいわね?」
「は?」
「今最ッッッ高に不機嫌だからよ…ってキャーーー!?」
「毛倡妓?」
先程まで朔がいた場所に、いつの間にやら黒羽丸が立っていた。どういうこと!?さっきまでいなかったじゃない!!なんて心の中で叫んでいても仕方がない。
「く、黒羽丸…あんたさっき見回りに出掛けたはずじゃなかったの?」
「あぁ、京の様子をリクオ様にご報告に…それと、倉庫で不振な物音がすると報告が入ったから確認に来た」
「不振な物音?」
訝しげに首を捻ったとき、厨房の奥にある倉庫で、がさりと何かが蠢いた。ネズミ!?と飛び上がる毛倡妓に、落ち着けと短く告げると、ずんずん"それ"に向かっていく。
「そこで何をしている。…お前は、遠野の雨造だったか」
「ん?なんだ、本家の奴かぁ。…あ、お前リオウのお側付きだろ!」
「あぁ。そんなことより、ここには京までの大切な食料が積んである。食いつくされては敵わない。悪いが他をあたってくれ」
「ちぇーっわかったよ」
雨造と黒羽丸は連れ立って倉庫を後にする。残された小妖怪たちと毛倡妓が、
「なんか…さっきの黒羽丸、随分と落ち着いてなかった?」
「あ、あぁ。なんかリオウ様みてーだったな…」
なんて首をかしげていたことは、黒羽丸に化けたリオウは知る由もなかった。
(ちと危なかったか…遠野の奴等の前で"朔"の姿を見せてはすぐにバレてしまうからな)
しかし、全然別な姿に化けてしまえば、かえって見ない顔だなと警戒されてしまうのもまた道理で。だったら、一瞬だけでも遠野の者だと認識されている朔の姿の方が使い勝手がいいのだ。
(咄嗟に黒羽丸に化けてしまったが…さて、どう動くか…)