天狐の桜14
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出入りじゃ出入りじゃと、あわただしく出ていく妖怪たちに、淡く微笑みながら優雅に手を振って見送る。そんなリオウの背後に、黒羽丸は音もなく降り立った。
「リオウ様。…出立前のご挨拶に参りました」
「あぁ、此度は三羽鴉としてリクオにつくのであったか」
リオウはどこか不満げに尻尾をゆらした。犬神も、首無も、今回はリクオに持っていかれてしまった。まったく優秀な人材を根こそぎとは、あれもなかなか容赦がない。
リオウはついと白魚のような指を持ち上げ、黒羽丸の頬に滑らせる。甘えたように瞳が蕩け、紅く濡れた形の良い唇がゆるりと弧を描く。大変艶めかしく、恋人に甘えるようなそれに、思わずごくりと喉がなる。
「私も連れていってはくれぬのか?」
「リオウ様…っ//」
「お前の傍に居たい。…決して離れず、私の傍にいてくれるのだろう?」
「っ…///」
「お前の傍に置いてはくれぬか…?」
「……………此度は、総大将から許可が降りませんので。御身を思われてのこと。…どうか、ご理解ください」
「……………」
リオウは実につまらなそうに目を眇めた。ふん、と鼻を鳴らして手を引っ込める。大分揺らいでいたようだし、あと一押しと思ったのだが、この真面目一辺倒め。やはり正攻法で強請ったところでダメか。
「私とて、京の奴等に言ってやりたいことが山ほどあるんだが」
「いけません。ご自愛ください」
むくれるリオウに、まるで年端もいかぬ子供のようだと黒羽丸は息をついた。普段が妖艶で大人びた姿だからか、時折見せるこうした甘えた態度にぐらりと心が揺らぎそうになる。…が、それはそれこれはこれ。
「先に倒れられたことをお忘れか。一月は寝ていろと鴆殿のお言いつけでしたものを、遠野に連れ去られ、漸く先程お戻りになったというのに」
「わかっている。お前たちには心配をかけたな。だが小言はもう良い。聞きあきた。―――では、そうさなぁ…この宝船は、うちの組の大切な"足"だ。決して傷をつけるなよ」
「は…?いえ、承知しました」
「ふむ…あぁ、そうだ。派手に壊してくれた暁には、私も京都へ同行させてもらうからな」
その言葉、努々忘れるでないぞ
にっこりと頬笑み、リオウの姿が空にたち消える。まるで壊されるとわかっているかのようなその言葉に、黒羽丸はぎょっとした様子でリオウに手を伸ばすがもう遅い。
「…………しまった」
先見之明のあるリオウがあのように言うとなれば、恐らく何か思うところがあるのだろう。いや、最早これは決定事項に近いことなのかもしれない。
此度は遠野から来た者もいる。本家の奴等と衝突することだってあるだろう。武闘派の奴等がぶつかり合えば、宝船ごとき大破するのは目に見えている。どうやって止めようかと考えながら、黒羽丸は深い深いため息をついた。
ばたばたと屋敷を出ていく妖怪たちを尻目にリオウはとある和室の襖をスパンと開けた。
「鴆、いるな?」
「リオウ…テメェは寝てろと言わなかったか?」
「何、皆の見送りに出ていたのでな。…ふふ、此度はお前にちと話があってな」
私も京へ向かう船に潜り込もうと思っておる、とリオウは歌うように言った。はぁ!?なんて声をあげ、思わず腰を浮かす鴆の唇に人差し指を押しあて、リオウはなおもにっこりと微笑む。
「私とて、あれが天下をとる様をこの目で見たい。ふふ、お前もどうだ?」
「………チッ仕方ねぇな」
悪戯っ子のように笑うリオウに、鴆は深く息をついた。こうなったら梃子でも意思を曲げることはあるまい。
「怒られても知らねーぞ」
「阿呆め。怒られるか怒られないかの瀬戸際が、一番楽しいのではないか」
鴆は阿呆はどっちだ…!!という叫びを飲み下した。今の状況を面白がっているこいつに、何を言ったところで無駄だろう。
いや、真面目に考えてはいるんだろうが、如何せん伝わってこないもので。
リオウはくるりと身を翻す。それと同時に、リオウの白銀の髪は鴉の濡れ羽色に、華奢な体躯はしっかりとした青年のものへと変り、はっと気がつけば、リオウの居た場所で黒羽丸がクスクスと微笑んでいた。
「どうだ?よくできているだろう?」
「………………その顔と声でいつもの通り話されると違和感が半端ねぇぞ」
「ふふ、――――では、此方の方がよかったですか?」
黒羽丸…もといリオウが腕を一振りすると、その姿が瞬時に首無のものへと変わる。鴆は呆れたように息をつき、頭を振った。好きにしてくれ。
(完璧に化けられるだけ、こいつらは自分の傍に長くいるのだと言ってるも同然だろうが…当て付けか)
自分を始め、リオウの傍に居たいと望むものは星の数ほどいる。そのなかで、これほどまでに完璧に化けられるだけ傍にいる側仕えの二人の姿をまざまざと見せつけられるとは。……嫉妬せずにいられない。
「ふむ…いや、此方の方が都合がいいか」
再度リオウがついと腕を一振りすると、その姿が黄金の翼を持ち、天狗の面をつけた青年の姿へと変わる。誰だそれ、と訝しげに首を捻る鴆に、私が適当に作ったとリオウはひらひらと手を振る。
「適当な姿にならねば自由に歩き回れぬだろう?」
(こ、こいつ…隠れる気ゼロかよ!!)
「ふふ、――――では、参りましょうか。鴆殿」
「………………………おう」
何処かかの生真面目な青年を彷彿とさせる天狗に、鴆は複雑な想いを込めて深く息をつき、項垂れるのであった。