天狐の桜2
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
屋敷の奥にある一室。そこはこの組の副総大将であり、病弱な天狐に与えられた部屋であった。
「お体の具合はどうですか」
「嗚呼…」
遠くから、よく知った声が騒ぐのが聞こえる。実に楽しそうな声にリオウは拗ねたように唇を尖らせた。
「私も皆の所へ行きたい」
「今日はあまり御体の調子が良くないでしょう。顔色が悪いです。静かに御休みください。」
真面目な黒羽丸の声に、不満そうに尻尾が畳をぺしぺし叩く。その時、見知った気配にリオウは視線を巡らせた。ふすまの外、一人の妖怪が控えているのがわかる。
「ゼンか」
「はい」
「…よい。通せ」
リオウは黒羽丸に背中を起こされ、ゆっくりと起き上がった。襖を開け、仰々しく入ってくるゼンに、ふっと口許を緩める。
「副総大将。お久しぶりでございます」
「よい。久方ぶりに会えた友に堅苦しい挨拶をされるのはつまらぬ。いつものように砕けた調子で話してくれ。…このようななりで、すまないな」
儚げに笑う姿も美しいリオウに、ゼンはカッと目を見開いた。
「んじゃ言わせてもらうが…テメー、こないだ無理して外に出やがったんだって!?」
「ほぅ、耳が早い」
しれっと言いながらも面倒臭いことになったと言わんばかりにぱらりと扇を開き口許を隠す。
「無理もなにも、外に出たいと私が願ったまで。なにもしていなくてもこのザマなのは目に見えている。外に出ようが出まいが変わらん。」
「出ねー方が体に負担かかんねぇだろうが!!」
ぎゃんぎゃん吠えるゼンの説教を聞き流しながら、純白の尾をぱたぱたと振ることで答える。まったくこの尻尾も便利なものだな、と黒羽丸はぼんやりと考えた。
不意に、リオウはゼンを見て目を細めた。
「あぁ、そういえば。お前は夜のリクオを見たことがなかったか」
「…あぁ」
「お前ならきっと気に入る。粋で中々に面白い奴だったぞ。…なぁ黒羽丸。あれが私の異母弟(おとうと)だ」
実に嬉しそうに、うっとりとリオウは笑みを浮かべた。こうしてただただ微笑んで小首を傾げているだけなら、月もかくやな美貌の君と言うのも頷ける。…この儚げな見た目に似合わず周りをしれっと振り回すところが玉にキズだが。
そんなとこにも惚れてるんだから、もうどうしようもないけれど。
「へぇ?テメーがそう言うんなら、よっぽど見所のあるやつなんだろーな。早く組を継ぐところが見たいもんだな」
「きちんとした覚醒さえしてくれたら、そう遠くもあるまい。けほっ…」
「ったく…しかたねぇな。ほら、これ薬だ。薬煙を吸うように、これは煙管で…」
「ふふっいつもすまないな」
ふわりと大きな手がリオウの美しい顔を包む。まるで恋人の逢瀬のようなそれに黒羽丸は咄嗟にその手を叩き落とした。
「申し訳ありません。虫がいまして」
「テメェ…💢」
ピリッとはりつめた空気も何のその。数百年と生きてきたリオウにとってはなんと言うこともない。ぴくりと毛並みの良い耳が動いたかと思えば、リオウはふっと目を閉じた。
「おかえり、リクオ」
リオウが扇を一振りすると、ゼンの姿はふっと虚空にたち消えた。リクオはなにも知らず、ふすまを開けて部屋に飛び込んでくる。ぎゅうっと勢いよく抱き締めながら、兄さんただいま!と声を弾ませる。
(立派な人間になるためには学校にいかなきゃ…あぁでも兄さん成分が足りないし、それに兄さん連れ回したら絶対余計なのホイホイ釣り上げちゃうだろうしあぁぁぁ…)
半ば変態じみている内心は、とてもとても本人に話すことはできない。まぁこんなの序の口なのだが、流石にリクオもリオウに関してであっても人並みの恥じらいの欠片くらいは持ち合わせていた。
………まぁ、心を読む力のある天狐の前では、そんな配慮など意味をなさないが。
「出掛けるのか」
「あ、うん…実はうちの学校の旧校舎に行くことになっちゃって」
うちの組の妖怪かどうかの査定も含めてね!と意気込むリクオに、ほう…と目を細める。一
頻りじゃれたところで、もう行かなくちゃと名残惜しげに部屋を出ていくリクオを見ながら、リオウはなにもない空間に目を向け、扇を一振りした。
すると空間がゆらりと揺れ、そこにはゼンが現れる。
「まるっきり人間じゃねーか…あんな腑抜けが3代目候補だと?」
「今はまだ、な。覚醒すれば、己の血を受け入れてこの世界を知れば、少しは立派になろう。今のあれは無知すぎる」
リオウはゼンに渡された煙管で薬煙を吸った。そんな姿まで絵になってしまう。思わず見蕩れる二人に、リオウはついと視線を向けた。
「黒羽丸」
「はっ」
ふわりと風が吹き込んだかと思えば、そこには長く艶のある黒髪、黒曜石のような瞳の、人間に変化したリオウがいた。長く毛ぶるような睫毛に、雪のような肌。赤く冴えざえとぬれた唇。いつもと違うのは天狐故の耳と尻尾が消え、髪と瞳の色が鯉伴と同じ…人の子と同じことくらいか。
「旧校舎と呼ばれる場所に出る妖。あれはうちのではない。そろそろ灸をすえなくてはな」
「は…!?」
「ま、さかついていくとか言わねーよな!?」
目を剥く二人を気にせず、しゅるりと寝間着の単の帯を解く。ぎょっとする男二人を尻目に布団から抜け出すと、リオウはさっさと唐櫃から着流しを取り出した。
「……いつまでそこでぼさっと見ているつもりだ」
じとっと視線をやれば、二人はバタバタと慌てて部屋を出ていった。まったく、騒がしくてかなわない。
「それが楽しいのかもしれんがな」
ポツリと呟いた一言は、誰にも聞かれずに虚空へと溶けていった。
着流しに身を包み、羽織を羽織る。長い髪を後で弛く束ね、髪紐と櫛で留める。髪は「お髪なら私が!!」と目を輝かせた毛娼妓にやってもらった。
リクオ相手の態度も中々に過保護だと思っていたが、自分相手の時も皆過保護だな、とリオウは呆れたように息をつく。外に出るなど!!!と喚く烏天狗に指を一振りし、自身の口の前で指を横にひく、所謂「お口チャック」の仕種をする。
「~~~!!!~~~~~!!!」
途端にまるでチャックで閉められたかのように、烏天狗の嘴は開かなくなり、烏天狗はパニック状態になった。周りの者もどういうこと!?とあたふた。元凶のリオウだけは、疲れたように息をつきながら、お前は少し静かにしていてくれと術を解かぬまま立ち上がった。
「黒羽丸」
「はっ」
「私は出掛ける」
「…御身を必ずお守りいたします」
その返事に満足そうに鼻を鳴らすと、リオウは部屋を後にした。呆然と見送る小妖怪たちが、
「リオウ様の今のまじない、あれに似てたよな!」
「あれだろ?なんか「ここで働かせてください!!!」ってやつの、あの怖ぇ魔女!」
「リオウ様魔法使いみてーだなぁ」
なんて好き勝手言われていたりすることを、リオウが知るよしもなかった。