天狐の桜13
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「…お戯れを」
朔は静かに首を振った。仮面の奥の表情はわからないが、声は動揺など微塵も示してはおらず堂々としたものだ。
「私は朔。リオウではございませんが」
「しらばっくれるんじゃねぇ。俺が本気で嫁さん間違えると思ってんのか」
リクオはまっすぐに朔を見据えた。リオウは己の姿を天狗へと変え、かつこの里に住まうすべての妖に"朔"という架空の青年についての偽りの過去を刷り込む術をかけた。
そうすることで、あたかも「朔」という青年が本当に昔からいるかのように印象付け、溶け込んだのだ。
「だからテメェは"朔"として"リオウ"の話をするときに若干間が空いたんだ。それまでは饒舌に話してたのにだ」
まさか自分の話をされてるとは思わなくて、設定なんざ特に練ってなかったんだろ?
「ふ、ふふふ…っ、く…っはははははっ!」
朔は腹を抱えて笑い始めた。片手で額をおさえ、なおもケラケラと笑い続ける。あの真面目で赤河童の前では堅苦しい態度を崩さない朔が、腹を抱えて大笑いしている。
どういうことだと固まる遠野妖怪たちに、朔は流れるように立ち上がった。そして、次第にその姿がすうっとリオウの姿へと変わっていく。
「なっっ!?リオウ!?」
「じゃあ、朔は…!?」
「ふふ、嗚呼悪いなお前たち…これで150勝。また私の勝ちだ」
パンッとリオウの扇子が掌を打つ。はっと我に返った遠野妖怪たちは、実に楽しそうにころころと笑うリオウの姿に頬をひきつらせた。しまった。またしてやられた………!!!!
「リオウ!!テメェ待てこら!!」
「待てと言われて待つわけ無かろう。大体、今回私は大分大人しかったぞ?真面目で勤勉な"朔"であったではないか」
「やり方が問題なんだよ!!!!」
飛びかかってくる面々をひらりとかわすと、リオウはふわりと赤河童の前に姿を現した。労るように頬を撫で、祖父のように慕うその河童にふっと微笑む。
「愚弟が世話になった。また顔を出しにくる」
「…もう帰ってしまうのか。お前があと100年早く生まれていたら遠慮なく嫁にとるんじゃが」
「ふふ、貴方があと300年遅く生まれていたらの間違いではないのか?」
軽口を叩いてリオウの姿は風に消える。外に出ていたリクオの傍にふわりと姿を現すリオウに、リクオはふっと目を細めた。まったく、こんなところまでついてくるとは。
「そんなに俺が心配だったのか?」
「ふふ、何…気が向いたからまた遠野連中をからかいに来ただけのことよ」
本気で切りつけただけじゃなく、憎たらしいことまで言いやがって…と目を眇めるリクオに、リオウはあぁと軽く返事をする。
お前が死んだら組は私が継ぐから安心しろ、というやつか。リクオの負けん気に火をつけた方がやる気が違うと思ってな、なんてリオウはあっけらかんといい放つ。
「あのな…」
「現にお前は怒りを糧に強くなった。それに、お前はこれくらいで私を嫌いになったりしない。…そうだろう?」
リオウはリクオの唇に白魚のような指をあてがい、そっと黙らせた。どこか甘えるようなその表情に堪らなくなる。
と、どこからともなく祢々切丸が飛んできて、リクオはリオウを抱き寄せてかばいながら受け止めた。見ればなまはげが名残惜しげにこちらを見ている。
「この里を出ていくときに戻せと言われてたの…すっかり忘れてたが~~」
「礼を言うなら今のうちだが」
「早速雑用押し付けられちゃったわワシら…」
「あぁ、今までありがとうな」
リクオは素直に礼を口にする。それを微笑ましげに見ていたリオウは、なまはげの後ろに隠れた気配に、クスクスと小さく笑う。まったく、素直じゃない奴等が多い場所だ、ここは。
「俺達は誰とも盃は交わさねぇが、そんでも力が足んねぇお願いします助けてください!ってことだったら…考えてやっても―――」
「あぁ!頼む!」
淡島の言葉に、リクオは食い気味で返事をした。ホッとしたような、明るい表情を浮かべるリクオに、淡島たちは拍子抜けする。
「京都の妖は相当強ェみたいだ。俺は戦力がほしい!オメーらが俺の百鬼に加わりゃ最高だ!」
「おいおいリクオ…」
「まぁ素直な子…」
妖怪たちはどーする?と顔を見合わせた。リクオがそ~言ったら行くって決めては来たものの、まさかこんなにもあっさり頼まれるとは。
雨造はうーんと考えたあと、思い出したようにリオウに視線をやった。
「リオウが泣きながら「一緒に来てくれ」って言うなら行ってやってもいいんだけどな~?」
「ほう?」
雨造の言葉に、急に話の矛先を向けられたリオウは柳眉をあげた。リクオはむっと眉根を寄せる。なんだそりゃ、お前たちが見たいだけだろうが。…いや、まぁお前は見たくないのかと言われたら嘘になるが。
「おい、涙なんてそう急に出るもんでも…」
「よい。リクオ、私をなんだと思っている」
そう、彼は天狐だ。古来狐は演技や騙しのプロであり、人を化かすもの。それは神である天狐も例外ではなく……
リオウは寂しげな表情を浮かべてついとうつむいた。ついで顔をあげると、その桜色の瞳からはポロポロと大粒の涙がこぼれていて。
「遠野の…私たちには、お前たちが必要だ」
頼む、と可憐な唇が言の葉を紡ぐ。口許を隠すように袖口を引き上げる姿も大変いじらしい。リオウはしずしずと歩み寄りながら、上目使いに遠野妖怪たちを見つめた。
「お前たちの力を貸してはくれぬか…?」
甘えるように潤んだ瞳で、こてんと幼子のように小首を傾げる。ンン゙ッと誰ともなく何かを堪えるような声が漏れる。ついで、妖怪たちはがばりと頭を下げた。
「「「喜んでッッ!!!!////」」」
「一丁上がりだ」
「おっそろしいなおい…」
ざっとこんなもんだと鼻を鳴らす兄に、リクオは頬をひきつらせた。どこで覚えたんだそんなあざといの、と呟けば、お祖父様と父上はこれをご所望だったからなととんでもない発言が帰ってくる。
(何を考えてやがんだあいつら!!!!)
「そもそも素直に本心から頼んでやったろうが。これのどこが恐ろしい」
心外だと言わんばかりにリオウは柳眉を寄せた。そもそもお前のためにこうして頼んでやったのではないか。まったく、失礼な。
「常に畏を解くなって言ってんだろ」
リオウの細い首筋に、イタクの鎌がかけられた。リクオはぎょっとした様子で目を瞠る。
「いつこうやって隣のやつが狙われるか、はたまた自分に矛先が向くかわからねぇ。…これでもうオメー200回は死んでるぞ」
リオウ、お前もだとイタクは咎める。このままずばんと首を落とされたらどうするつもりなんだ。少し気を抜きすぎていないか?危なっかしいったらありゃしない。
「お前に殺されるのなら甘んじて受けよう。…お前に私が殺せるというのなら、な」
リオウは妖艶に笑って刃をつつ、と指でなぞった。背後に迫る狐火に、イタクは小さく舌打ちする。そういう負けず嫌いなところが遠野妖怪たちに火をつけていると未だ分かってないのだから質が悪い。
「兎に角、リクオ。テメーの教育係はまだ終わってねぇ!ただし、テメーと盃は交わさねーからな!」
「…ありがとよ」
リクオはふっと笑って腰に差していた拾った木の棒…多樹丸を抜いた。祢々切丸は使わねぇのか?と怪訝な顔をするイタクに、リクオはニヤリと不敵に笑う。
「こいつは、もっとでっけぇ妖を切る刀だ。ここの里の畏なんて…この相棒で十分だ」
行くぜ。さよならだ遠野!!
「いやっほう!京都京都楽しみ~!」
「え!まさか雨造外は初めて!?」
「あったりめ~よ!どんな世界か楽しみだぜ!」
ズバァァンッッとけたたましい音をたてて里の畏が断ち切られる。若い妖怪たちは、銘々外の世界へと思いを馳せながら、この遠野の里を飛び出していった。