天狐の桜13
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翌日 遠野
リクオはイタクとの鍛錬に明け暮れていた。
「そーだ。鬼發を持続させろ。戦闘中は決して解くなよ」
面白いな、とイタクは切り結びながらぼんやりと考えた。思ったよりもリクオの"畏"には応用がきく。護りにも攻撃にも、使い方ひとつで変わるのだから、こいつは思った以上に使えるかもしれない。
その時、実戦場に血相を変えた淡島が飛び込んできた。
「大変だリクオォォォオ!!!!」
「!淡島」
「京都方向に行ってる遠野もんから連絡があった。陰陽師は壊滅だ!!」
「!?」
「京都が…羽衣狐の手に落ちるぞ!!!!」
陰陽師が壊滅だと?淡島は、詳しいことはわからないが、手練れの陰陽師が軒並みやられたらしいと続ける。
「テメェ京都に友達がいんだろ!?今すぐ助けに行くべきだぜ!!今のお前なら里の畏は断ち切れる筈だろ!?」
淡島の言葉に、リクオは瞠目する。
羽衣狐―――…
思い出すのは、美しい山吹の花が咲き乱れていたあの光景。
『お父さん!兄さん!待ってよー!』
父と兄を追っていた。そして、とある古びた屋敷の角を曲がったとき、しゃがれた声と、聞いたことのない兄の怒号が聞こえてきた。
『よくやった。これで"宿願"は復活だ』
しゅくがん…?
意味がわからない。何故父は倒れているのか、何故兄は見たこともない"老人"と戦っているのか。
老人の顔は思い出せない。倒れていた筈の父の姿も、刀を振るう兄の姿も。嗚呼、ぼんやりとした、まるで意図的に靄がかかっているかのような曖昧な記憶。
『ッ来るな!!リクオ!!』
『お姉ちゃんは、だれ?』
ただ、おぞましい刀を握った黒服の少女の、酷く妖しい笑顔だけは…今も脳裏に焼き付いている。
母屋の大広間では朝餉が始まっていた。上座の赤河童を中心に、整然と並べられた膳。各々が席につき、談笑しながらパクパクと食事を楽しんでいる。
(京都か…)
がつがつと飯をかきこむ淡島の横で、イタクは静かに昨日の京妖怪について考えていた。鬼童丸という妖。あれは只者じゃない強さだった。
あんなやつが京にはごろごろいる。果たして奴良組に対抗できるやつが何人いるか…
「邪魔するぜ」
不意に響いた声に、遠野一家は息を飲んだ。見れば、真ん中の通路を堂々とリクオが歩いている。どっから入ってきた。もうとっくに出ていったのではなかったのか。
「…てっきり、勝手に出ていくものだと思っていた。死んでないってことは、多少は強くなったんだろ?」
リクオは赤河童に、そっと床に拳をついて深々と頭を下げた。
「短い間でしたが、遠野の皆様方には昨今駆け出しのこの私のために稽古をつけてくれたこと、厚く御礼申し上げたい」
律儀に挨拶をしに来たのか。流れるような口上と堂々たる様に、妖怪たちは皆ほうと感心したように声を漏らした。
「律儀に挨拶しに来るとはな。「遠野」と上手くやるために教え込まれた処世術かい?」
じいさんの英雄譚ばかり聞かされてるだろうにと赤河童は笑った。実際は先代の鯉伴を失ってからは、組は弱体化の一途を辿っている。
「お前は何も知らんか」
「―――8年前、目の前で親父が殺されたとき。俺は恐らく羽衣狐に会っている」
「!?」
あの時を境に奴良組は弱体化し、逆に関西妖怪は勢力を伸ばし始めた。この因果が偶然ではないとすれば、鯉伴を殺したのは羽衣狐だ。
「だからあの女にもう一度会いに、俺は京都に行く。この深い因縁を断ち切るために」
リクオの言葉に妖怪たちはざわついた。超美人の友達を助けるためだけじゃなかったのかい、と土彦は信じられないものを見る目でリクオを見つめ、雨造も思わずマジかよと呟く。
「四百年前の主…羽衣狐が親の敵」
「奴良組の若頭が老いた総大将に代わり妖の主を争うか!!面白い!!」
見物じゃな!!妖の主をめぐる一大決戦!この遠野で高みの見物とまいろう!と妖怪たちは笑った。この若造がどこまでやれるか、まさかこんな面白いものがみられようとは。
リクオはふっと顔をあげ、ぐるりと妖怪たちを一瞥して不敵に笑った。
「なんだ?こん中に俺が魑魅魍魎の主となる瞬間を、一番近くで見てぇヤツは誰もいねぇのか?」
「…………どういう意味だ」
「こんな山奥でえらそーにしてても、それこそお山の大将だ。京都についてくる度胸のあるヤツはいねぇのかって聞いてんだ」
リクオの言葉に妖怪たちはいきり立った。今何を言った、この若造は。遠野を馬鹿にするのか。大口を叩きやがって、二度と出られねぇようにしてやる。
河童犬は、リクオの胴を食い破らんと突っ込んだ。だが手応えはなく、ゆらりとその姿は霞のように揺らいで消える。
はっと気がつけば、リクオは赤河童の膝元へ飛び、その盃に酒を注いでいた。
「世話になりやした。これにて失礼」
「あ、赤河童様…これはいつの間に…」
驚きを隠せない赤河童たちを尻目に、リクオはついと視線を巡らせた。そして老齢の河童の傍に控える朔に目を止める。
「帰るぞ、朔。いや、―――リオウ」