天狐の桜13
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その頃、リクオはいきなり襲いかかってきた京妖怪から逃げ惑っていた。武器があるならまだしも、此方は丸腰。今は逃げるしか打つ手がない。
鬼童丸はリクオの畏を一太刀で断ち切った。ついで怪訝そうな顔をする。こいつは、かの宿敵ぬらりひょんかと思っていたが、やつの畏はこうも易々と断ち切れる筈がない。
誰だ、こいつは。
「あの姫との子か…?いや、お前からは400年の月日は感じない。天狐の孫がいると聞いたが、その姿からして件の天狐では無かろう…そうか、孫はもう一人あったのか」
あの時―――ぬらりひょんが羽衣狐を倒したその時より、京妖怪の時は止まったままだった。しかし宿願は復活した。今こそ京を手に入れ、奴良組の命脈も断つ。
「天狐であれば生かして持ちかえり、羽衣狐様の愛玩品となろうが、貴様の価値はその首だけだ」
刎ねたお前の首、羽衣狐様への土産としよう。そして胴は貴様の祖父へ…狐文字で宣戦布告を添えてな。
(ヤバイぞこの爺…このままじゃ、殺られる…)
どうする。どうしたらいい。どうしたら………
「全然ダメだ。畏ってのは、みんな違う」
イタクとの鍛錬で、リクオはイタクの作り出す帯状の木の皮に雁字搦めにされ、宙吊りになっていた。イタクはそんなリクオに全くもってなってないと首を横に振る。
畏を技にするということは、妖怪の特徴を具体的に出すということだ。河童なら水系の技になり、雪女なら氷系の技を具現化するだろう。
「鎌鼬は鎌の技…分かりやすいな」
「ねーぬらりひょんってなんの妖怪?」
座敷わらしの紫の言葉に、リクオはふむと考え込んだ。ぬらりひょん…ぬらりひょんは、人の家に勝手に上がり込み、茶をすすったりする妖怪。妖怪の総大将だ。
「なんかわかりにくい」
「具体的じゃねーんだよ、お前はよ…」
「それ俺のせいじゃないんだが」
「だから掴めねぇんでねぇの?感覚が」
確かに…とリクオは独りごちる。明鏡止水はわかる。妖怪的に、認識できなくなるということも納得がいく。だが、これを武器に?…いや、それは違う気がする。
「自分自身を知ることから始めたら?」
はい、と冷麗はレモンのスライス蜂蜜漬けの入った重箱を差し出した。焦ったところでなにも解決はしない。
「"ぬらりひょん"という妖怪の血と真っ正面から…そうあればきっと、おのずと見えてくるはずよ。自分の"技"が」
己の特徴による、一段階上への昇華…あの時リオウは何をした?思い出せ。一度は見たはずじゃねぇか。
京妖怪の攻撃を避けながら、リクオは近くに落ちていた木の棒に手を伸ばす。その時、川の水面に映る月を見て、リクオは瞠目した。あれは…
固まるリクオに京妖怪の腕が伸びる。と、一陣の風が吹き抜けたかと思えば、男の腕はぼとりと地面に落ちていた。
「!?イジ…!?」
「何やってんだおめぇら…」
間に滑り込んだのはイタクであった。二本の鎌を手に構え、酷く殺気を込めた瞳が妖怪たちを射抜く。
「俺らの里で暴れやがって…殺すぞ」
「なんだお前…?食い殺したろうか馬鹿が」
「…吊るし決定」
イタクは無言で3本の鎌を構えた。身も凍るような殺気がその身を包んでいる。リクオはふらりと立ち上がると、手近にあった木の棒を引っ掴んでずるずると引きずり出した。
「待て、イタク。そいつは俺の敵だ」
木の棒を刀のように構え、リクオは静かに妖怪たちを見据えた。その体から凄まじい程の妖気が立ち上る。
「思い出したぜ…鏡花水月」
先程とは明らかに違うリクオの空気に、イタクと鬼童丸は息を飲んだ。なんだ…!?さっき放った畏とは明らかに違う!?
(いや、待てよ。こいつの畏は…)
そうだ。リクオの"鬼發(はつ)"は認識できなくなるんじゃなかったか?これは"鬼發"じゃねぇ…!?
「なんだテメェ!?テメーの畏は…切られたろーが!!」
部下のうち、片腕を切りおとされた大柄な男―――牛力は、腕を振り下ろした勢いで、勢いよく空中に飛んだ。回転しながらリクオめがけて襲いかかる。
「くらえ!!俺様の"鬼憑"牛力千力独楽!!!!」
すべてを吹き飛ばす豪腕が、リクオの胴体を確かに捉えた。だが、確かにそこに"見える"のに手応えはなく、姿は霞のごとく揺らいで消える。
リクオは少し離れたところにぬらりと姿を現した。何しやがった!?と吠える牛力に、ナイフを構えたもう一人の部下――断鬼は俺が殺ると飛び出した。
断鬼のナイフがリクオを捉え、脳天から振り下ろされる。真っ二つになるも、すかっと霞を切るような手応えのなさに断鬼は目を見開く。
「どういうことだ!?認識できているのに…!!」
「お、おう!!そーなんだ!!」
なんで触れねーんだ!?そこにいるのに!?どーなってんだ!!
(いかん…のまれた…!)
部下たちの言葉に鬼童丸は瞠目した。部下二人がはっと気づいたとき、リクオは既に二人の間合いに入り込んでいた。畏を纏った木の枝を、渾身の力で振り下ろす。
(む…!?衝撃の余波が…!?)
鬼童丸は刀を盾に衝撃を受け止めた。受け止めきれなかった余波が里の畏にぶつかり、ピシィッと硝子の割れるような高い音をたてて亀裂が走った。
(里の畏が断ち切れた…!?)
「―――昔、じじいに聞いたことがあった。ぬらりひょんはなんの妖怪なのかって」
祖父は格好つけてこう言った。ぬらりひょんは"鏡に映る月 水に浮かぶ花"――即ち"鏡花水月"。夢幻を体現する妖だと。
『おじいちゃん見て!昼間なのに月が出てるよ』
『ほんとじゃ、不思議じゃな。だが池を見ろリクオ…!映っているからあの月は幻ではないぞい』
『本当だ!池にお月さまが入ってる。…あ!消えちゃった』
『ははは…そりゃそうじゃ。明鏡止水は波紋を立てれば破られる。だが「鏡花水月」は波紋を立てれば消えて届かなくなる。ぬらりくらりとしとる…まるでワシらぬらりひょんじゃ』
鬼童丸は動揺を圧し殺し、ぐっと奥歯を噛み締めた。鏡花水月…姿は見えてもそこにはいない。
漢文の文体のひとつに、鏡花水月法というものがある。あからさまに説明をしないで、ただその姿を読者の心に思い浮かばせるように表現する技法。"ない"ことで逆に存在感が増す。
(これは意外や危険な畏…!!)
妖怪"ぬらりひょん"は、認識をずらし畏を断つ…!
鬼童丸はゆらりと刀を構えた。リクオはぽっきりと無惨に折れ曲がった棒に、流石にこれで妖怪を倒すのは無理かと独りごちている。
「畏を解くな!!リクオ!!」
潰すなら、今しかない!!
ズシャァァアッ
リクオに飛びかかった鬼童丸の体は大量の氷に覆われた。氷は鬼童丸の四肢を氷漬けにし、動きを完全に封じ込める。
「遅いと思ったら…イタク。貴方リクオの教育係でしょ?朔がいなくても間の抜けたことしちゃダメよ」
しずしずと姿を現したのは冷麗だった。冷麗だけではない、淡島や雨造、土彦といった若い衆が、殺気も顕に鬼童丸たちを睨み付けている。
「おじさん、この氷の砦からは逃げられない。待っているのは凍死ね。それが嫌なら、この遠野で暴れたことを大声で悔いてご覧なさいな」
冷麗の言葉に、鬼童丸は渾身の力で刀を振り下ろした。冷麗を上回る畏の力に、氷はいとも呆気なく崩れ去る。
氷から抜け出した鬼童丸は、ギロリと遠野妖怪たちを睨めつけた。牛力と断鬼も漸く目を覚ましたらしく、徐に起きあがる。
「私のやることは、遠野を全滅させることではないのだよ」
だが、ぬらりひょんの孫に手を貸したことは覚えておく。奴良組とつるめば、花開院のように皆殺しだ。二週間以内に京は…陰陽師と共に羽衣狐様の手に落ちるのだ。
「さっさと帰ればいいものを…"余計なもの"に手をだしやがって」
朔の声がしたかと思えば、牛力と断鬼の首がズバンッと飛んだ。鬼童丸は間一髪で攻撃を避けると、一人素早く断たれた里の畏から"外"へ抜け出す。
「…2匹か。まぁいい」
ごろりと転がる生首を持ち上げ、朔は舌打ちした。一番の大物をとらえ損ねた。
「朔…」
「皆怪我はないか?…下手に情けをかければこちらが殺られる。冷麗、少し甘かったな」
「ごめんなさい」
しゅんとする冷麗に、朔はわかればいいと頷いた。朔はこの遠野一家きっての武闘派だ。朔は何やら術のようなものを唱えると、牛力と断鬼の屍から靄が立ち上ぼり、朔の掌へと消えていく。後には塵ひとつの屍すら残さない。リクオはその様子に小首を傾げた。
「何してるんだ?」
「妖気を吸い上げてるんだ。これにはちょっとした使い道があってな。まぁ早い話が…集めてる」
そんな子供のおもちゃみたいに…
全員の心がひとつになる。敵の首を容赦なく切り落として、挙げ句死した後も妖気を根こそぎ奪い取っているのに、そんなちょっとこのシールあつめてて…みたいなノリで言っていいことなのかこれは。
「よし。終わり。…んなことより、リクオの手当てが先じゃねぇのか。そこそこボロボロだぞ?お前」
母屋に行けば救急箱がある、と朔はリクオの手を引く。それにイタクが、冷麗が、淡島がバタバタとついていく。結局、皆は相も変わらずわいわいと騒ぎながら母屋へと向かったのだった。