天狐の桜13
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
遠野の大浴場は、露天風呂である。下から見ればただの大釜だが、その実、上はきちんとした露天風呂の作りとなっている。
「上はこうなってんのかよ…でけぇ釜だと思ったらまるで露天風呂だな」
全身傷だらけのリクオは、湯にはいってピリピリと傷口に走る痛みに眉根を寄せた。生傷がしみんじゃねーの、一日かけてもできなかったなー才能ねぇんじゃねぇか?と雨造と土彦はケラケラ笑う。
「そんな簡単にできるもんじゃねぇだろ。うるせーな」
「そうか?オレなんか5歳の頃から出来たけどな~~。てかみんな妖怪なんだから出来て当たり前なんだよな」
そーかよ。とリクオは面白くなさそうな顔をした。雨造は、なぜそんなにも京都に拘るのかと首を捻る。京都と言えば、最近「厄介なやつ」が復活したとか、この遠野でも広まっている。危険ではないのか?
「あぁ、まぁあぶねーだろうな。ゆらじゃあ…」
「ゆら?お前の女か!」
「そいつを助けに行くのか!美人なんだ!」
「いや…そこそこかな…。それにそいつは俺の女じゃねぇ。俺の嫁は一人、ずっと前から思ってるやつがいるからな。今口説き落としてる最中だ」
ゆらは身を挺して自分を守ってくれた。そんな彼女をそのまま見捨てるような真似はしたくない。理由はもうひとつあるが、早い話が妖怪仁義ってやつだ。
「おぉ~~~~妖怪ヤクザっぽい~~!」
「…ってことは、京都は敵なんだな」
「イタク…」
イタクはふっとリクオに視線を投げ、静かに続けた。イタク自身も、京都の奴等は好きじゃない。
この遠野の地は極寒で、決して豊かではない。歴史的にも中央の奴等には度々苦杯を舐めさせられていた。だからこそ、この地の妖は強くなった。自分達だけで生きていくために。
遠野一家は東北中の武闘派の総元締めとして、人材を全国の妖怪組織に送り込んできた。だからといって誰の配下にも加わらない。誰とも盃は交わさない、独立独歩の姿勢を貫き続けてきたのだ。
「それが俺達、忍者妖怪と言われる遠野妖怪の誇りさ。なのにアイツらは俺達を下に見て、都合のいいときだけ利用しようとしやがる」
「そーだぜ、あいつらすかしてやがる」
「そーそー!上から目線でよ。さも当然のように自分達の兵隊を要求してくる!」
「あいつらの為に働いてたまるかってんだ!」
男湯の妖怪たちはイタクの言葉を皮切りに、次々と立ち上がって拳を振り上げる。次来たらぶっ殺してやる。口煩い老人たちが何を言おうと関係ねぇ!と血気盛んな男たちの後ろから、一人の声が飛んできた。
「そうだ!俺もあいつらが嫌いだ!俺をただの女だと判断しやがる!」
そこにいたのは素っ裸の女性…淡島だった。天の邪鬼の淡島という妖は、昼は青年、夜は女人の姿になる妖怪だ。
完全に引いているリクオも気にせず、淡島は裸の付き合いだ!とどぼんと湯船にはいる。ついで思い出したようにあ、と声をあげた。
「そーいやリクオ、お前さっきの話!」
「は?」
「おうおうなんだよ?」
淡島はにやにやとリクオを見る。雨造たちはキョトンとしながら、なんだなんだ?と小首を傾げた。
「聞いたぞ!お前今一途に口説いてるやつがいるんだろ?誰なんだよ?妖怪か?美人か?」
「あぁ、兄貴…リオウだよ」
「「「「はぁっっ!!??あのリオウ!!??」」」」
男湯にいた奴等全員が声を揃えた。リクオは予想の斜め上の反応に、怪訝な顔をする。今まで、あーだよなぁ…とか俺も…なんて反応ならいくつも見てきたが、まさかこんな反応をされるとは。
「なんか文句あんのか」
「いやぁ…うん。アイツ底抜けに顔はいいしな…」
「家事はできるし気立てはいいし面倒見もいいしな…」
「おまけにすげぇ強ェし…嫁にしたい気持ちはわかる。…わかるんだけどよ」
「けど?」
「「「「泣いて"嫁にしてください"って言わせたくなる」」」」
とんでもねー奴等だなとリクオはドン引きした。あのイタクまでもが一緒になって言ってるんだから、どんだけ目をつけられてるんだ。
慌てて言い募る奴等いわく、あの余裕綽々の妖艶な笑みを崩してやりたいとか、早い話が虐めてやりたいらしい。
「俺が口説き落としてやる!じゃなくて、べったべたに惚れさせて、リオウに「嫁にしてください」って言わせたいというか、お前がそんなに俺を好きって言うのなら仕方ねぇ嫁にしてやるよ!ってしてやりたいというか…な?」
「いや、な?じゃねぇだろ」
遠野妖怪の負けん気はこういったところにも適用されるのか、とリクオは最早感心した。そしてふと疑問に思ったことを思う。兄は体が弱く、滅多に外には出られなかったが、ここに来たことはあるのか。
「リオウもここに来たことあんのか?」
「あ?お前知らねぇのか」
リオウは何百年か前にふらりと来て修行をしてから、度々遊びに来るのだと雨造は言った。リオウ曰く、過保護なぬらりひょんに唯一許された外出場所がここだったらしい。
いつも一日二日で帰ってしまうので、もっといたらどうかと言ったときに、体が弱いから少ししかいられないのだと、寂しそうに笑っていたのを覚えている。
「遊びに来る度にアイツオイラたちを化かしにかかってくるからさ~。流石狐なだけあるよな。その上術で化かした上に悪戯までするからさ」
「絶対今度こそ見破ってやる!って思ってもまた引っ掛かってな。一回も勝てたことがねぇ…」
「しかもあの野郎…俺たち"で"遊ぶだけ遊んで『また私の勝ちだな』とか笑いながら帰っていきやがる」
「可愛いじゃねぇか」
「「「ちゃんと話聞いてたのかお前!!??」」」
真顔で言い切るリクオに、イタクたちは吹き出した。いや、確かに悪戯っ子の顔でクスクスと嬉しそうに笑うのは、元の大人びた美貌からのギャップも手伝って大変可愛らしい。…可愛らしいから許してしまったが最後、今現在こうなっているのだ。
「俺は割ってた薪を全部元通り再生させられた」
「洗濯物に天気雨降らせやがった」
「鍛錬中に頭にたらいが降ってくる罠を仕掛けられたこともあったな」
「風呂が湧いている様に見えて空っぽ、ってときもあったよな」
「へぇ…なんか意外だな」
いつも優美に微笑んで、采配を振るう所しか見たことがなかったが、そんな腕白小僧っぷりをこの遠野で発揮していたとは。因みに遠野の面々は現在149連敗中なのだという。
「わかっちゃいるけどさ、悔しいことにあの笑顔に何度でも騙されるんだよな」
「でもオイラ、あいつに涙目で頼み込まれたら断れねー自信はある」
「わかる。が、胸張っていいとこじゃねぇだろ」
成る程、リオウにとって遠野の面々は、奴良組の妖怪たちのような"守るべきもの"ではなく"対等な存在"なのだ。それ故に全力で遊ぶんだろう。こいつら"で"。
(早い話が、こいつらに構って欲しいってわけか)
黒羽丸や首無、自分の反応を見て楽しんでいる節があるのは知っていたが、そんな子供のようなこともしているとは知らなかった。自分の知らないところで、自分に見せない顔をしているのが少し腹立たしい。
リクオが嫉妬心をもて余していると、岩影から仕事終わりらしい朔がひょこっと顔をだした。
「随分盛り上がってるな。なんの話だ?」
「おっ朔!あれ、お前風呂は?」
「さっき洗い場で済ませてきた。…今漸く仕事が片付いたとこだ」
先程イタクが一刀両断した木々をちゃんと直してきたらしい。そんなことより、と話の続きを促す朔に、淡島はあぁと口を開いた。
「リオウの話だよ。朔、お前はリオウにどんなことやらかされた?」
「俺か?俺は…――大旦那様…赤河童様にお出しする薬用の水差しの中身を酒にすり替えられてな…」
げんなりと肩を落とす朔の様子からして、彼もなかなかリオウに手を焼かされているらしい。
「あ、そうだ。盛り上がってるとこ悪いが、そろそろ女湯との交代の時間だぞ?」
「何!?早く上がんなきゃ!」
ワイワイギャアギャア騒ぎながら湯船を出ていく妖怪たち。どこまでも静かにすみわたる夜空に、妖怪たちの楽しそうな声は暫く響いていた。