天狐の桜13
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「試してみるか、だと…?」
兄貴、本気か
リオウは真顔ですらりと刀を抜いた。
「リクオ。どうしても京都へ行きたいというのなら―――貴様の刀を抜いてみろ」
迸る殺気に、兄の真意を探るようにリクオは紅水晶の瞳を凝視した。そんなリクオに、リオウは嗚呼と思い出したように口許を緩める。
「…あぁ、今のお前に"合わせてみる"のもまた一興か」
リオウの体から神気が消え失せ、ついで強い妖気が溢れ出した。目元には、かつての祖父と同じ紋様が描かれ、瞳は父譲りの琥珀色に。夜の闇に染めたような艶やかな長い黒髪が棚引いている。
「その、姿は………!?」
「私とて1/4はぬらりひょんの血をひいている。長らくこの姿になっていないとはいえ、貴様よりは"ぬらりひょんの力"を理解していると思うがな」
いくぞ、とリオウは悠然と微笑みながら構えた。
「この私が―――見えるかな」
「!!!」
ぶわりと、兄の華奢な体から莫大な漆黒の妖気が立ち上る。背筋が凍り、身の毛もよだつような"畏れ"。瞠目するリクオの左胸に、リオウの刀の柄が深々と突き立てられた。
「ガッッ…て、テメェ…!」
「リクオ。お祖父様も私も、お前にはなにも教えてこなかった」
妖とは、相手の"畏れ"を奪うもの。本来なら畏怖を与え、戦わずして勝つことが"理想"。しかし、妖同士の戦いとならば、それは"畏れ"の奪い合い。言うなれば"化かしあい"だ。
「機先を制すれば、それはもう勝負の決するとき。それが妖の戦いの"第一段階"だ」
血を吐き、ぐらりと前のめりに倒れ込むリクオは、直前で踏ん張るとガッと刀を抜いた。リオウは気にしたようすもなく、見せてみろ、と妖艶に笑う。
「おやおや、どうした?私は此方だぞ?リクオ」
ヒラリヒラリと難なくリクオの太刀筋を交わしていく。ふわりと跳躍したかと思えば、素早く身を低くし、まるで蝶のように掴み所がない。ギラギラとした瞳で刀を振るう異母弟に、リオウの形のよい唇がゆるりと弧を描く。
「お前はどうやら見よう見まねでそこまでは出来ているな。だが、それだけではお祖父様に遠く及ばぬ」
古の妖は、次の段階をふむ
「リオウ様!?何を―――――!!??」
騒ぎを聞き付けたらしい鴉天狗が悲鳴をあげる。兄の妖気が揺らいだと思った瞬間、気づけばリクオは地面に転がされていた。
何をされた。見えなかった。攻撃の方法も、何をされたのかすら、まったくわからない。これがぬらりひょんの真の力だと言うのか。
「ガッ…ハッ…」
「今のお前では京都へ行ったところでどうしようもない。ましてや、嫁に刀を向けられて惚けているようでは、到底魑魅魍魎の主など夢のまた夢」
わかったら寝てろ
リオウは冷たく言い放つと、静かに刀を納めた。振り向く事すらせずに、さっさと縁側から一部始終を傍観している祖父のもとへと歩いていく。
「…今のそいつを覚えれば、京都に行けんだな…?」
「――ほう?急所を外したとはいえ、起きてくるとはな。何故そこまで京都に拘る?」
「…"親父"のことだよ。京都にいるんだろ…「羽衣狐」ってのは」
「!」
リオウの琥珀色の瞳が、溢れんばかりに見開かれた。何故それを…まさか、"覚えていた"のか?瞬間、動揺した様子を見せたリオウに、リクオは高く跳躍し、己の持ちうる畏れで斬りかかった。
「だから教えろ。――リオウ」
「ッ!!!」
リオウは瞬時に刀を抜き、ズバンッと切り捨てた。リクオの体は池へと沈んでいく。鴉天狗は、弟相手に刃傷沙汰などやりすぎだと呆然と呟いた。
ブクブクと沈んでいく弟を黙って見つめながら、リオウは何やら考えこむように細い顎に白魚のような指を当てた。
「(…これは、私やお祖父様が思っている以上に…)…ッ、ゲホッゴホゴホッ」
リオウの体から妖気が抜け、元の天狐の姿へと変わる。ぬらりひょんは弾かれたように駆け出すと、そっと膝をつくリオウの肩を抱いた。酷く咳き込んだリオウの掌には、鮮血がべっとりとついてしまっている。
「ったく…無茶をしやがる」
「は…っ、お祖父様のお手を、煩わせる、わけには…いかないだろう…」
ぬらりひょんは無言でリオウの背を擦る。
『リクオ。お前はなにも知らなくていい。お前まで、失うわけにはいかん』
かつて鯉伴の葬式で、父を失った事実を理解できずに、泣くこともできず呆然と立ち尽くすリクオを抱き締めて、己は確かにそう言った。だが、リクオはそれでもここまで確かに成長していたのだ。
「ワシは少し…リクオに過保護すぎた」
これからリクオをどうするか腹を決めたらしいリオウは、ふっと淡く微笑んだ。約束通り、私に一任させていただくぞ、とぬらりひょんを一瞥し、リオウはついと手を伸ばしてちょいちょいと鴉天狗に手招きした。
「鴉。――あやつらを呼べ」
「な、何ですと!?まさか…リクオ様をあそこに!?無茶です!!!殺す気ですか!?リオウ様!!!」
「うるさい…。ッゲホッ」
リオウは鬱陶しげに尻尾を揺らした。ぬらりひょんはふわりとかつての姿に転位し、そっとリオウを抱き上げる。
「リオウのいう通りに進めろ。――いいな、鴉天狗」
「は、はい…」
「リオウ。後はワシらに任せてお前はおとなしく寝てろ」
「…あぁ、そうさせていただく」
今暫くは、な。
心のなかでポツリと呟いたリオウの真意を知るものはいない。疲れたように眼を伏せるリオウを抱いて、ぬらりひょんは母屋の奥へ消えていった。