天狐の桜13
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「夏ですねぇ…」
河童は青く澄みわたる空を見上げてそう呟いた。今、河童はリクオと共に近所の川へ涼みに来ている。川の水でスイカを冷やすリクオの前で水に揺蕩いながら、セミの声と清流のせせらぎに目を細めて聞き入る。
「気持ちいい~~このままどこかへ流れていきたいな~~~」
河童は、川縁でぼうっと遠くを見ているリクオに気づき、泳ぐのをやめてひょこっと水面から顔を出した。
「気になるんですかい?あの子のこと」
『京都に帰るわ。私が帰らなあかんみたいや』
「京都で、いったい何が起こってるんだろう……?」
花開院の青年は、"やつら"が動き出したと言っていた。結界が破られ、誰かが死んだ。妖怪に殺られたと。たしか…羽衣狐って…
「奴良君!家に行ったらここだって聞いてね!」
背後から聞こえた声にリクオは飛び上がった。河童はドボーンと水中に沈んで身を隠す。今何かいなかった?と首を捻る清継たちを必死に宥めて、リクオは努めて明るくどうしたの?と話を促した。
「ゆらくん京都に帰ってしまったんだって!?まったく夏休みだというのに京都だなんて…ねぇ?」
「実家なんだからしょうがないでしょ」
「さーみんな集まったよ。話って?」
巻に促され、清継は腰に手を当ててふんぞり返った。ゆらは今京都にいる。京都といえば"歴史"と妖怪。そして、夏休みと言えば自由研究。
「そうだ!京都に行こう!」
「言いたかっただけだろその台詞!?」
やっぱそういう流れなのね!?と皆はあきれたような視線を向ける。いつもいつも勝手に予定決める~~!と女性陣は少々不満げだが、そんなもの清継は気にしない。
「だって君たち!"夏休み""自由研究""京都"この三拍子揃ったイベントに行かないというのかい!?いやさ行かないては無いだろう!ねーー奴良君!!!」
リクオは「京都」という言葉に、ふむと考え込んだ。先日のゆらの兄が言っていた"言伝て"。
『二度とうちには来んじゃねぇ。ぬらりひょんへの言伝てだ』
間違いない。祖父は京都に行ったことがある。来ても飯は食わせねぇ、とまで言われていたし、十中八九花開院家と昔何かあったんだろう。
「リクオ君?」
「――――兄さんとお祖父ちゃんに相談してからにするよ!」
リクオはニコッと笑ってそう言うと、じゃあねと手を振って駆け出す。
ポカンとしながらその背を見送った面々は、なんでお兄さんとお祖父ちゃん…?と困惑した様子で首を捻った。
浮世絵町 奴良組本家
「やれやれ、やっとあったわい」
リオウは祖母の仏壇の前で大事そうにキセルを手に取り、懐かしさに眼を細める祖父にそっと微笑んだ。
「まったく…私の千里眼を探し物に使うとは、貴方ぐらいなものだ」
「まぁそう言うな。あっちは大阪城で拾ったどーでもいいやつじゃったが、こいつは…」
「わかっている。…惚気話はもう聞き飽きた」
まったく、何百年同じ話をすれば気がすむのか。愛してるのはわかったから、頼むから同じ話を繰り返すのはやめてくれ。いっそこの祖父母の甘いエピソードを諳じられる位にはすっかり覚えてしまった。
「お前は、今日は体の調子はどうなんじゃ」
「まぁまぁといったところだ。多少動くぶんにはまったく問題はない」
「あ、兄さん、じいちゃん」
いたー、と呑気な声をあげて、リクオは仏間を覗きこんだ。ぬらりひょんは、なおも仏壇に視線をやったまま、どうした?と優しく問いかける。
「兄さん、じいちゃん。僕、京都に行こうと思う」
「あの陰陽師の娘…知ってるだろ?なんか、京都で悪いことが起きてるらしいんだ。それも妖怪がらみで」
僕が行って、あの娘を助けてあげたいんだ!
リクオがそう言いきった瞬間、ぬらりひょんの体から殺気が迸った。リオウはリクオについと視線を向ける。その目には、今まで自分には向けられたことのない怒りと殺気が籠められていた。
「死にたいのか、貴様」
「え!?」
兄の豹変にリクオは瞠目する。はっと気がついてみれば、一瞬のうちに兄の姿は奥の仏間からは消えていて。
「この程度で戦くか」
(え…?)
声がしたかと思えば、リオウの姿は手を伸ばせば届くほどの距離に来ていた。いつの間に、こんな傍に…?
次の瞬間、ドンッという鈍い音と共にリクオの体は庭へと吹っ飛んだ。リオウの鋭い蹴りがリクオの鳩尾めがけて放たれ、受け身すら取れなかったリクオは翻筋斗打って池の中へ落ちてしまう。
「ふん。己の力もろくにわからぬ愚か者め。こんな病人の蹴りすら躱せぬとはな」
ブクブクと水面に泡がたつ。リオウは下駄を突っ掛け、池のそばへと歩み寄った。そこで頭を冷やせ、と冷たく言い放つリオウは、酷く見下すような表情を浮かべており、なまじ美しいだけに恐ろしい。
助けにいく、などと烏滸がましい。今の貴様では京へは死にに行くようなものだ。
「四国を倒して天狗か?貴様の力では下っ端相手の時間稼ぎにもなるまい」
ザパァァッと音をたててリクオは池から姿を現した。妖怪の姿でゆらりと起き上がったリクオは、眦をつり上げて美貌の兄を睨み付けた。
「兄貴…テメェ、何をしやがる」
やってみねぇとわかんねぇだろーが
「…ほう?ならば、試してみるか?」
酷く妖艶に笑ったリオウは、懐にしまった護身刀の鯉口を切った。