天狐の桜12
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「…で?本当にいいのかい。寝てなくて」
「そう思うなら髪を撫でる手を止めたらどうだ」
リクオはふっと口の端を緩めると、ぐいとリオウのたおやかな腕をひいた。リクオの上に乗り上げるリオウの腰を抱き、額に唇を寄せる。
「今は堪能させてもらう」
「…お前のそういうところは、お祖父様にそっくりだな」
昔祖母と祖父が似たようなやり取りをしていたなと思い出して、リオウはどこか遠くを見る。これが祖父似ということは、さしずめ私はお祖母様似か。
「リオウ様!」
「ふふ、迎えが来てしまったか」
リオウは桜の下で眦をつり上げる黒羽丸に肩をすくめる。さて、あれには今回散々心配をかけた手前、くどくど叱り飛ばされて褥に転がされようと文句は言えない。…が、その前に。
「黒羽丸」
リオウは黒羽丸目掛けて飛び降りた。慌ててふわりと横抱きにして抱き止める黒羽丸に、クスクスと悪戯が成功した子供のように笑う。リクオは面白くなさそうな顔で目を眇めた。
「目の前で浮気か?」
「さて、私はこれの驚く顔が見たいだけだ」
怒る顔も悲しい顔も、不安に揺らぐ顔も見たが、此度はまだ驚いた顔も笑った顔も見ていない故な。と、愉しそうに笑うリオウに、黒羽丸は僅かに眉値を寄せた。
「大人しく横になってくだされば笑顔くらい…」
「仏頂面でじっと監視してくる奴が何を言うか」
「…………………」
返す言葉もない。ぐっと押し黙る黒羽丸に尻尾を揺らすと、リオウはついとリクオを見上げた。側仕えとはいえ、別の男の腕に抱かれる嫁にリクオはひくりと頬をひきつらせた。
此方が嫉妬するとわかっていてやっているのか。恐らく反応が見たくてやっているだけなんだろうが、これはあれか。構って欲しいのか。
「後で見舞いに行ってやるよ」
「よい。寝込みを襲われては敵わぬ」
リオウはするりと黒羽丸の腕から抜け出すと、リクオの視線を振りきるようにしてさっさと母屋の奥へと引っ込んだ。
母屋の奥、静寂に満ちたその部屋に、鴉天狗を従えたぬらりひょんはやって来た。中では沈魚落雁、羞月閉花と吟われる美貌の天狐が眠っている。
「漸く大人しく横になったか」
祖父の声に、リオウはゆっくりと瞼を持ち上げた。声のする方に顔を向け、なかなか険しい顔でこちらを見つめているぬらりひょんに、困ったように柳眉を下げる。
「…ご心配をお掛けした」
だが、もう"記憶"が暴れることはないだろう。
私は私の意思を定めた、とリオウは小さく笑った。今回は自分が弱かったから呑まれてしまっただけ。…意思を定めた今、後はどうとでも押さえ込める。
ぬらりひょんは、目にいれても痛くないほど溺愛している孫の滑らかな頬に手を伸ばした。労るように頬をなで、頭を撫でると、どこか嬉しそうに目を細め、耳がぺたりと垂れる。
「京都で、羽衣狐が動き出したらしい」
「……………」
ぬらりひょんは黙ってリオウの言葉の続きを待った。リオウはぬらりひょんの節くれ立った指に繊手を重ね、そっと捕まえる。
「リクオは間違いなく京都に行くというだろう」
その時は、私に判断をお任せ願えないか
リオウの言葉に、ぬらりひょんは静かにリオウの瞳を見つめた。宝玉のような澄んだ桜色は静かな光を湛えている。…あぁ、珱姫に似て、こうなったら梃子でもこいつは退くことはないだろう。
「わかった。テメェの好きにやれ。文句は言わねぇ」
「有り難き御言葉…」
あぁ、それから…とリオウは明日の天気でも話すかのように言葉を続けた。
「京から帰ったら…―――貴方に会わせたい方がいる」
「―――――――………」
ぬらりひょんは黙って紫煙を吐き出した。ピリピリと空気が張り詰め、鴉天狗や黒羽丸、首無たちは皆背筋に冷たいものが流れるのを覚えた。先にぬらりひょんに隠し事はないかと言われ、リオウは別段報告することはないと答えた。それなのにこれはどういうことだと言わんばかりの気迫。
ぬらりひょんの放つ重苦しく怒りの籠められた気は、息をつくことすら容易にさせない。ギロリと最愛の孫を睨んだぬらりひょんは、たっぷり数呼吸置いて、地を這うような声音で言った。
「ワシはまだお前を嫁に出す気はねぇぞ」
「そういう意味で言ったのではない…💢」
台無しだ、とリオウは抗議するように尻尾で畳をたしんたしんと打つ。先程までの真剣な空気はどこに行ったんだ。四国の時のリクオといいこの祖父といい、奴良家の男は真面目な雰囲気をぶち壊す天才か。
「…まぁいい。そんときゃお前の連れてくる男ってのを見極めさせてもらうぞ」
「だからそうではないと…はぁ、もういい」
"男"というのは間違ってはいないしな、とリオウは内心独りごちた。胸元に隠した古びた指輪を寝巻きの単の上からそっと手を触れる。
(だいぶ時間がかかってしまったが…どんな顔をしてくれるんだろうか)
拗ねたと思っているのか、あやすように頬を撫でる手に甘えるように手を重ねてすりより、リオウはふわりと華のような笑みを浮かべた。