天狐の桜12
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宵闇が辺りを包み、木々の影が黒々と伸びていく。リクオの妖気を追ったリオウは、町の外れにある廃ビルにて戦う陰陽師の青年たちの姿に足を止めた。
妖怪の姿のリクオが、ボロボロのゆらを背に庇うようにして戦っている。あの青年の式神なのか、金生水で作られた蓮の花がリクオの周囲に咲き誇り、下手に身動きを取れない状況に陥っていた。
「っ、…皆はまだ来てはおらぬか」
花開院の陰陽師は二人。黒髪の青年と、茶髪で長身の青年。二人の姿を見た瞬間、脳裏に呪詛にも似た憎悪を訴える声が過った。
『呪うてやる…この体が朽ちようとこの怨みは決して忘れぬぞ』
「…やめろ」
リオウは痛みをこらえるように胸を押さえた。生まれてきた人の子らに罪はない。あの子らは知らなかっただけなのだ。天狐を襲ったのは先祖の咎であり、ゆらやあの黒髪の青年たちには何の罪もない。
「今更かの一族を呪うて何になる。人の子を愛し護るのが神であろうが」
貴方は貴方よ、と人間である祖母は言った。祖父も父も、組の妖怪たちは皆"リオウ"を見てくれた。だから、私は自らの意思で人の子を愛した。
憎悪は何も生みはしない。記憶が継承されたからなんだ。ここで断ち切らなくては、この先も天狐は人を憎まずにはいられない。
(私は、憎くとも、恐ろしくとも、それでも…それでもかの人の子を愛してみたい)
人の子を慈しみ護るのが、天狐たる自身の役目。如何に憎くとも、如何に恐ろしくとも、この理は神々にとって絶対だ。
茶髪の青年の腕がリクオに伸ばされる。護符を持った手が顔面を鷲掴み、バリバリと走る電流にリクオは翻筋斗打って吹っ飛んだ。
「ッリクオ!」
ドクンッと、鼓動が嫌に大きく聞こえた。目の前が鮮血のような赤に染まり、過去の凄惨な記憶が走馬灯のように流れていく。
膨れ上がる焦燥。恐怖。絶望。そして憎悪。
『おのれ人間…おのれ花開院…!』
「ぅ、あ…っぐ、」
嗚呼、呑まれる…
視界が塗りつぶされていく。意識が切り離され、深く深く落ちていく感覚。内に引きずり込まれる様にして、"リオウ"の意識は闇に閉ざされた。
竜二は、舌打ちをして血を拭った。陰陽師は妖怪に負けてはならない。ましてや見逃すことも。自分を切りつけてきたこの妖怪が、何故妖怪だけを切る陰陽師の刀"祢々切丸"を持っていたのかはわからないが、絶対悪たる妖怪は滅さなければ。
「やれ、魔魅流。さっさと始末しろ」
魔魅流がゆらりとリクオに近づく。その時、甘い香りとともに、ふわりと桜の花びらが視界にうつりこんだ。
「"おのが妹でさえもこうしていたぶることが出来ようとは、流石我が一族を皆殺しにして血肉を貪った一族よ"」
ひらりとリクオと魔魅流の間に滑り込んだのは、白銀の髪に4本の尾を持つ、この世のものとは思えぬ程の美しい狐の青年。
「天狐…!?」
「"気安くその名を口にするな。脆弱で愚かな人の子よ"」
リクオは兄の纏う雰囲気がいつもとがらりと違うことを感じて、ぐっとその細腕を掴んだ。
「……お前、兄貴じゃねぇな」
「"ふっ妾が誰かなど、貴様には関係なかろう。妾が憎むはそこな花開院の血を引く者どものみ"」
リクオを冷たく見下ろす瞳に、リクオはぞわりと背筋が凍るのを感じた。優しい色を浮かべていた桜水晶の瞳は紅玉に変わり、憎悪と底知れぬ怒りに満ちている。
「っ…天狐かと思ったが、こりゃあただの妖怪か」
「"悲しきかな、妾が妖じゃと?とうとう神と妖の区別さえもつかなくなったか。言ノ葉によって謀り、殺し…妾の護るべきはそなたらのような者ではない"」
一瞬にして間合いを詰められた竜二は、頬を撫でられ、至近距離にある美貌に瞠目した。いつの間に…!魔魅流が割って入るも、ふわりと姿を桜の花びらへと変えてしまい、全く攻撃が通らない。
「"妾は神獣天狐…陽の存在である妾が、神が与えた貴様ら陰陽師の術にかかるわけなかろう"」
"リオウ"の姿をした「何か」は、そう言ってクツクツと笑った。狂気に満ちた微笑みを浮かべながら、魔魅流の攻撃を軽くいなし、竜二の首にドスを突きつける。
「"妾の同胞たちの血肉の味はどうであった?神獣天狐の肉じゃ、さぞ美味であったろう。力を求め神を神とも思わぬ愚か者共め。嗚呼、貴様らの体にも妾の同胞たちの血肉と加護が宿っているなぞ考えただけでも悍ましい"」
(なんだ、こいつは)
何の話をしている?花開院に怨みを持っている天狐だと?血肉を貪ったとはどういうことだ。花開院はかつて妖によって滅ぼされた天狐の一族を、その生き残りを保護するためにこうして探していたのではなかったのか?
「"愛しい愛しい者たちを、目の前で食い殺される恐怖がわかるか?それも今の今まで守護してきた人の子に。死しては血肉は手に入らぬと生きたまま腕をもがれ腹を裂かれるのじゃ。嗚呼、げにおぞましきは人なりよ"」
ついと手を伸ばし、宙に浮かぶ「仰言」を1輪捕まえる。溶けてしまう、と息を飲むリクオたちの視線も気にせずに軽く口づけると、蓮の花びらがさらさらと崩れ落ち、可憐な桜に姿を変える。
「"蓮も美しいが、妾はこちらの方が慎ましやかで好ましい。…あぁ『返す』ぞ"」
無数の桜の花びらが次々と竜二と魔魅流に向かって飛んでいく。桜に見えても中身は仰言――金生水の花。躱しきることも叶わず、肉を溶かす激痛に、竜二は思わず膝をついた。
「ぐぁっ、あ゙あ、ぁっ」
「"嗚呼、外してしもうた"」
やめろ、とリオウは"叫んだ"。だが、"記憶"はリオウの体を乗っ取ったまま離そうとはしない。
恐ろしかろう、憎かろう。こやつらは地の果てまでも血眼になって追ってくる。挙げ句大切なものは皆殺されてしまうのだ。嗚呼憎い憎い憎い―――
天狐はついと繊手を持ち上げた。辺り一面に青白い狐火が灯る。
「"塵も残さぬ。せめてもの恩情に、一瞬で終わらせてやろうなァ?"」
「兄貴ッ」
嗚呼、駄目だ。やめろ。やめてくれ。このままでは、私は、私は……
「止めろッ兄貴!」
殺してしまう――――
「―――リオウッ」
びくりと白魚のような指が跳ねる。ついで竜二の眼前にまで迫っていた狐火がふっと霧散した。双眸からはぽろぽろと涙が溢れて頬を伝い、瞳の色が紅から桜へと変化する。
「わ、たし、は…っ」
嗚呼、嗚呼…私には、殺せぬ
人を愛した。だからこそ、人の子を害することなどできはしない。たとえ、それがおのが一族を滅ぼした輩の末裔であったとしても。身の内に巣食う憎悪とリオウ個人の感情が鬩ぎ合い、溢れていく。
憎悪。怒り。失望。悲しみ。恐怖。絶望。
「ッ…、ぁ、…ッ」
息が、出来ない
リオウはがくりと膝をつく。苦しさに喉を押さえ、踞る。手足がどんどん冷たくなっていき、体の自由がきかなくなる。
「兄貴。…リオウ、こっちを見ろ」
苦しさに喘ぎ、眦から生理的な涙が溢れる。カタカタと震えるリオウは、焦点の合わない瞳でリクオを探す。
抱き締めるようにして体を支えたリクオは、リオウの顎を持ち上げると、唇を重ねて呼気を流し込んだ。
「っ、ん、…ふ、ぅ、っんっ、っ…、」
焦点の合わなかった瞳が、漸くリクオの姿を映す。潤んだ桜色の瞳は、未だ意識がハッキリとしないのかとろんと蕩け、しどけなく開かれた唇からは小さな赤い舌が除き、荒い吐息をこぼしている。
まさに、暴力的なまでの壮絶な色気。ごくりと生唾をのみこむ音は誰のものだったか。リクオは名残惜しげに唇を離すと、リオウの瞳をまっすぐに見つめた。
「呑まれんな。俺だけ見てろ」
「…り、くお…」
リオウはぐったりとリクオに体を預けた。魔魅流はゆらりと立ち上がると、リオウを抱き、身動きの取れないリクオに襲いかかる。
「闇に…滅せよ」
瞬間、しゅるりと魔魅流の手が細い紐にからめとられた。ぐいと後ろに引かれ、拘束される。
「はい、そこまでだ。その手を引っ込めるんだ―――浮き世の人よ」
でなきゃただじゃあ…すまないよ
首無は不敵に微笑んだ。これが花開院家の陰陽師か。例え何者であろうとも、リオウを苦しめているのは変わらない。目を閉じ、荒い息をつくリオウの姿に、この青年たちへの怒りが膨れ上がっていく。
「なんだ?もう一匹妖怪か?」
竜二は鼻を鳴らした。一匹増えたところで滅する獲物が少し増えただけにすぎない。遠慮なく消してやろうと印を結ぼうとしたその時、別方向からの妖気に弾かれたように顔をあげた。
「牛鬼様、あれはなんです?」
「あれは陰陽師という妖怪から人を守る役目を負った能力者だ。よぉく知っておけ」
「おいおい、こっちもかよ…!―――ッッ!?」
「!?」
陰陽師たちはこちらに向かってくる膨大な量の妖気に、ぞわりと総毛立つのを感じた。かつて無いほどの、莫大な妖気の塊。
深い深い深淵のような闇のなかからぬっと姿を現したのは、おびただしい数の妖怪たちだった。鬼も付喪神も、鬼女も霊も妖獣も…尋常ではない数の妖怪が辺りを取り囲んでいた。
「リオウ様が…」
「おぉ、お痛わしい…これはどうしたことじゃ」
妖怪たちは意識の無いリオウの姿に心配そうに視線をやる。
「どう、なってやがる!?でたらめな数じゃねぇか!!!」
「…お兄ちゃん、これ百鬼夜行や…」
「百鬼夜行!?ふざけるなよ!!だとすればこの中に――――」
ばっと竜二はリクオを振り返った。妖怪たちはリクオとリオウを守るように立っている。…まさか、この妖怪の少年は…
「お前…何者だ!?」
「俺は、関東大妖怪任侠一家奴良組若頭 ぬらりひょんの孫―――奴良リクオ」
「"ぬらりひょん"の…孫だと!?」
あの大妖怪ぬらりひょんの…!?