天狐の桜12
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浮世絵町の外れにある廃ビル。壁であった筈のコンクリートは崩れ落ち、かつては人で賑わっていたであろうボーリング場は見る影もない。
そんな場所で、ゆらは一人目隠しをした状態で気を探り、式神を操る修行をしていた。人式一体の術を使い、素早く的を射抜いていく。
目隠しを外したゆらは、的を掠めるようにして後ろの壁をぶち抜いている霊力の波動に、悔しそうに声をあげた。
「あぁ!もう!また微妙な!はずしとるやん!才能無い!才能無いーーー!!!」
いや、そんなん言うたらあかん。自信持て!私は才能の塊や!じいちゃんが言ってたんや!式神を使う才能を…!
『いいか、ゆら。式神とは、陰陽師が自在に使役する超常の存在だ。鬼神でもあり、守護神でもあり――ワシらもお主の父も、それぞれ使う式神は違う』
人間は能力や適正に差がある。花開院の一族には、三日三晩使役し続ける持久型もいれば、守り専門のものもいる。各々が自分の才能に合わせた式神を使うのだ。
『ゆら、お前は何体も攻撃的式神を出せる"精神力"がある。不器用ではあるけれど、超攻撃的な陰陽師に、お前はなれる才能がある』
でも、何もできなかった。妖怪同士が争ってたあの晩―――
『"花開院"は憎いが、その直向きさは評価してやろう。―――小娘』
あの天狐がいなければ、私は殺されてもおかしくなかった。助けられた。百鬼を率いるアイツと、その傍に寄り添うように立つあの天狐に。
人を守れと言われた。それと同時に、自分の無力さを思い知らされた。
『人に善悪があるように、妖にも必ずしも封じられるべきでないものもいるのではないか?』
『私を"保護"してなんとする?人間と番えと?言うことを聞かなければ一族を滅ぼしたあの時と同じように私や私の愛しい者を殺すのか……!!!』
リクオの兄であるリオウと、天狐の言葉が重なる。妖怪は絶対的悪だと教えられてきた。だが、二人の口ぶりからして、彼らは妖怪を必ずしも悪とは見ていないようだった。特に、天狐は。
人間に怯え、妖怪に守られる天狐と、二度もこちらを救ったあの妖怪。
妖怪は…本当に絶対的"悪"なんか?
「花開院さん?」
不意にかけられた声に、ゆらは信じられないものを見るように振り返った。見れば、リクオがやっぱりこっちにいたのか、とにこにこ笑っている。
「…奴良、くん?」
黄昏が迫る。リオウは膝元で戯れる妖怪たちをあやしながら、ついと庭へ視線を投げた。リクオがいない。いつもならば、この時間帯にはとっくに帰ってきている筈なのに。
氷麗の姿も見当たらず、リオウは憂いげに目を伏せた。傍に控え、茶の用意をしている犬神を呼ぶ。
「犬神、リクオはどうした」
「リクオ?あぁ、なんかあの学校の友達とやらと一緒に人探しとか言ってたぜよ」
「人探し?」
はて、と思考を巡らせる。そういえば、かの花開院の娘と最近連絡がつかないのだと清継がぼやいていた。友達思いの彼らのことだ、ゆらを探せと町中探し回っていても不思議ではない。
「そうか…少し、思うことがあってな。気を付けろと言おうと思っていたのだが…」
探しにいこうか、と考えて恐怖に足が竦むのを覚え、リオウは瞠目した。脳内に警鐘が響く。行くな、と血が訴えかけているのを感じて、リオウは小さく舌打ちする。
「リオウ様?」
「っ、大事無い。少し、めまいがしただけだ」
リオウはふわりと笑って心配そうに顔を除きこむ犬神の頭を撫でる。
(花開院の霊力が強まっている。…リクオに近いな)
ここ数日、例の夢のためか体調もあまりよろしくない。神気をできるだけ使わず、息を潜めるようにして花開院から身を隠すのも、精神力をじわじわと削る要因となっている。
今動くのは得策ではないかもしれないが…陰陽師と接触したのであれば、真っ向から対抗できるのは自分しかいない。
「お前たち、首無や黒羽丸を連れてきておくれ。青や黒…そうさな、若い衆を集めてくれればよい」
「「「お呼びですかリオウ様ッッ!!!」」」
「……………聞き耳をたてるくらいなら最初から傍に来ればよいものを…」
バタバタッと一瞬にして傍に集まる妖怪たちに、リオウは呆れたように尻尾を揺らす。何を命じられるのだろうかとソワソワしながら控える面々に困ったように笑うと、リオウは漸々口を開いた。
「花開院の本家からまた二人…陰陽師がこの街に来た。それがどうもリクオと接触するようなのでな。お前たちもリクオを探してくれぬか」
場合によっては出入りと見てもよい。と告げるリオウに、若い衆は皆いきり立った。お任せくださいと一斉に出ていく面々をリオウは微笑みながら見送る。
「流石、若い衆は血の気が多いな」
「貴方に命じられれば、どのような輩でも成果をあげたいと必死になるものですよ、リオウ様」
「ほう?それはお前もか?牛鬼」
「斯様なこと、わかりきったことでありましょう」
軽口を叩きながら、リオウはついと目を細める。繊手を持ち上げ、その指先に唇を寄せる牛鬼を流し見る様は妖艶で、大変絵になる。
「頼りにしている」
「恐悦至極に存じます」
ふわりと風が凪ぎ、桜の甘い香りが香る。ひらひらと一枚の花びらを残し、リオウの姿は空へと消えた。