天狐の桜11
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
奴良本家。その屋敷の奥に、奴良組副総大将 奴良リオウの部屋はある。小綺麗に整頓された和室。床の間にはリオウが手づから生けた花が飾られ、部屋には心地好い静寂が満ちている。
―――そう、いつもなら。
「兄さん。話があるんだ」
「私は話すことなどない」
今や部屋にはピリピリとした空気が漂っている。ピシャリと返すリオウは、先程まで清継やカナたちといたためか未だ人型をとっている。呼び掛けるリクオを完全に無視し、しゅるりと洋服を脱いで着なれた着流しへと着替える。
雪のような白い肌に、黒い着流しと艶やかな黒髪が映える。無視されても尚、下座に座りリオウを待つリクオに、リオウはため息を一つついて黒羽丸に下がれと命じた。
「しつこいな」
「好きな人と喧嘩したままでいられるほど、僕は兄さんの事を軽く考えてはいないからね」
リオウは上座に正座した。黒曜石のような澄んだ瞳が冷たく此方を見据える。一挙一動に至るまでが優雅な兄に、「立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿はユリの花」とはよく言ったものだとリクオはぼんやり考えた。
「昨日はビックリさせてごめん」
「…何の話だ」
え、と目を瞠るリクオに、リオウはふいっとそっぽを向いた。ぱらりとひらいた扇で口許を隠し、ちらと此方を一瞥する瞳が、話はこれで終わりだと告げている。
「何って…昨日、キ――」
「…………そのような些末事、私は忘れた」
忘れただぁぁ~~?💢
リクオは怒りに頬がひきつるのを感じた。無かったことにするつもりか。あれは一時の気の迷いだと。――こちらの想いをそれですむと思っていることに腹が立つ。
「何で無かったことにするの」
「……………」
だんまりか。いつものように妖艶に笑って饒舌を発揮するでない辺り、逃げ道を模索している訳ではないらしい。
「僕の、兄さんを愛してるってこの想いを否定することは、例え兄さんだとしても許さないよ」
「……そんなつもりはない」
声が若干しゅんとしている。どうやらこうして指摘されてはじめて気づいたらしい。視線が迷子の子供のように彷徨っている。……ははぁ。なるほど。
「吃驚しすぎてどうしたらいいか分かんなくなっちゃったのか」
「!!!」
宝石のような瞳が零れんばかりに瞠られる。あぁもう本当に可愛くて仕方ない。柳眉をつり上げて馬鹿にしているのかと怒りを露にするのも、理由に気づいてしまえば全く怖くない。
「吃驚させたことに関しては謝るけど、キスしたことに関しては、僕は謝らないよ。僕の奥さんをどう可愛がろうと、それは僕の勝手だからね」
「な、ん…」
リクオはじりじりとリオウに詰め寄った。座った状態で後ずさったリオウは、背中にとんっと柱があたる感触に息を飲む。しまった、逃げ道を塞がれた。
顔の横に手をつかれ、半ば強引に顎を持ち上げられる。困惑気味に瞳を揺らすリオウに、リクオはにっこりと笑った。
「不意討ちが嫌ならちゃんと前置きしてあげる。ほら、キスするよ」
「は…!?」
「あ」
人間の姿でありながら、天狐の耳が出てしまっている。動揺しすぎて変化の術が解けかけているのか。リクオの視線に気づいて、ばっと頭に手をやったリオウは、耳が出ていることに気づいてかぁっと頬を赤らめた。なんたる不覚…!
「よくも、私にこのような辱しめを…っ//💢」
「あ、いや、兄さんが可愛くてつい…っ痛ぁ!?」
パァンッとこれまた小気味いい音が奴良組本家に響いた。
ぬらりひょんは、最愛の孫が帰ってきたとの知らせに、ひょっこりと孫の自室を覗きこんで目を丸くした。
「おう、リオウ。いるか―――…って、何をしとんのじゃリクオ」
「いやぁ…ちょっと調子に乗りすぎたかな」
両頬に赤い紅葉を張り付けた若頭の姿に、ぬらりひょんは呆れたように目を眇める。ほう、あれに手を出したのか。ほぉぉ…手を出したのがリクオでなければ今頃切り殺していたかもしれないと思うのは、過保護が過ぎるだろうか。
「二度も平手を受けるとは、情けないのぅ」
「…まぁ、そこも可愛いんだけどね」
リクオは困ったように笑う。さて、どうやって宥めて許してもらおうか。
結局、リオウが再びリクオに口を利いてくれるまでに数日を要することとなるのだが、この時リクオはまだ知らない。