天狐の桜11
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
燃え盛る社と、男達の悲鳴が夜の静かな神社に騒がしさをもたらす。
「邪魅…どうして?私たち一族を恨んでいたんじゃないの?」
「………」
リオウはぱらりと扇を開いた。品子を見つめ、ゆっくりと瞬く。その瞳には、"人"を思う優しい色が浮かべられていて。
「お前は、確かに殺した妻の子孫でもあるが、あれの敬愛した主君の子孫でもある。この者はただ、"主君"に尽くしていただけのことよ」
「ずっと、あんたたち一族を守ってたんだ」
リクオの言葉に、品子は瞳を揺らす。ぼうっと炎に包まれた社を見る邪魅の表情はうかがい知れない。それでも、今までのような恐怖はなくて。
邪魅も、二人の言葉にそっと瞳を閉じていた。恨んで死んでいった訳ではない。荒波に揉まれ、死して尚…あの人を守らなければと思っていた。
『定盛様。一生…お守りします』
立派な方だった。ただ、あなたより先に死に、あの方を守りきれなかった無念が、私を彷徨わせたのだ。
気づけば、品子は邪魅のもとへと歩み寄っていた。妖怪に対する恐怖心は、完全に抜けきることはない。でも、どうしても伝えたくて。
「あの、誤解しててごめんなさい。お陰で…助かったわ」
守ってくれて、ありがとう…!
(嗚呼、嗚呼…)
ずっと、長い間主君の子らを守り続けた。その一言が欲しくて、私は―――あの人を守り続けたのだ。
「見上げた忠誠心だな」
「何処の者かは知らぬが、このご恩は―――」
「三代目若頭 奴良リクオだ」
邪魅は驚いたように肩を揺らした。奴良組、噂には聞いたことがある。あの天下の奴良組の若頭だと?
「俺はいずれ、魑魅魍魎の主となる。その為に…自分の百鬼夜行を集めている。俺はお前のような妖怪が欲しい!」
「魑魅魍魎の…主…?」
『お前が気に入ったぞ。ワシの近くにいろ』
「邪魅。俺と盃を交わさねぇか」
不敵に笑い、手をさしのべるその姿が。お前が欲しいと、傍に居ろと真っ直ぐに求めてくれるその言葉が、かつての主人と重なり、邪魅にはとても眩しく思えた。
「リオウ様、捕縛完了しました」
「ふふ、よくやったな黒羽丸」
「えっ、だ、誰?」
盃を交わす邪魅とリクオを見守るリオウのもとに、黒羽丸はバサバサと舞い降りた。天狗!?とぎょっとする品子に、そんなに驚かなくてもいいとリオウは苦笑する。
「私も"神"故な。どれだけ憎く、おぞましく思っていても、人の子の生を害することは出来ぬ。まぁ、あの男どもはその辺に転がしておけば後はどうとでもなろう」
「神、さま…?」
「ふふ、私は神獣天狐。さぁ、もう休むといい。よい夢が見られるよう、呪い(まじない)をかけてやろう」
桜水晶の瞳が妖しく光る。ついで、それを知覚する前にふっと意識が遠退いていく。天狐の優しい笑みを最後に、品子の意識は闇に飲まれた。
「おっと。ふふっまだ年若いながら、気丈な娘だ」
「お預かりします」
リオウは抱き止めた品子を、黒羽丸にそっと手渡した。そのまま飛び去る黒羽丸を尻目に、七分三分の盃を交わし終えたらしいリクオは、そっと兄の肩を抱く。
「体はどうだ」
「問題はない。…どうした?」
浮かない顔をするリクオの頬に手を滑らせ、リオウは優しく言葉を促した。リクオはじっと兄の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「催淫剤がどうのとか言われてただろ」
「あぁ。あんなもの、貰ってすぐに燃やしてしまった」
「また目ェつけられやがって」
「お前が守ってくれるのだから問題なかろう?」
軽口をたたき、甘く戯れ合う姿はまさに恋仲のそれだ。リオウは黒羽丸と共に姿を消した邪魅を思い、ふっと目を細めた。
「もし、お前が要らぬと言うのなら、私が口説く気でいたんだがな?」
「ふっ、なら良かった。例え下僕だろうと、あんたが誰かを口説くのは見たくない」
リクオは純白の耳に軽く口付けた。リオウは気にした様子もなく、ゆらりと尻尾をひらめかせる。
「兄貴は、少し位妬いちゃあくれねぇのかい?」
「お前が下僕に欲しいと口説いた妖たちにか?ふふっ馬鹿馬鹿しい」
クスクスと笑いながら馬鹿馬鹿しいと一蹴され、リクオは顔をひきつらせた。わかってはいた。わかってはいたが、ずばっと言い過ぎではないか。
リオウは面白くなさそうなリクオの顔に、満足そうに笑みを深める。口説くのは、下僕に欲しいからであって、側妻に欲しいのではないことを理解している。それに、
「お前がそんな尻軽ではないことは、私が一番よく知っている」
華のような笑顔で歌うように告げられた言葉は、理性の糸を引きちぎるには十分すぎるもので。
「?リク――――」
細い顎が持ち上げられ、烟るような睫毛に彩られた桜水晶が大きく瞠られる。瑞々しい果実のような可憐な唇に、リクオはかぷりと噛みついた。