天狐の桜11
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夜風が吹き荒れ、ガタガタと窓を鳴らす。例の札を部屋の四方に貼りつけ、一人布団に横になっていた品子は、未だ寝付けずにいた。
『これは本当に強力な結界なのです。本当は使いたくなかったのですが、品子ちゃんを守るためです』
神主はあぁ言っていたが、本当に効くんだろうか?いや、効いてくれなくては困るのだが。四方の札をぐるりと見て、品子は身を縮めた。
(やっぱり、一人じゃ心細いよ…でも、出ちゃダメ。出たら…結界が壊れる)
その時、品子はふと西側に貼られた札に、焼け焦げたような跡があることに気がついた。なんだろう、あんなもの先程もあっただろうか?
目を擦り、ついで札に再度目をやって、品子は絶句した。
どろりと溶けたような人ならざる者が、ズルズルと札からこぼれ落ちるようにして姿を現したのである。ごぽごぽと形を変えながらこちらに向かってくるおぞましき異形に、品子はひきつった悲鳴をあげた。
逃げなきゃ!!!
品子は襖に飛び付いた。しかし、どうしたことか、ぴったりと一分の隙もなくくっついたまま、襖は全く動かない。
「な…なんで!?開かない!?なんで開かないのよーーー!?」
ゆらりと後ろにたつ気配に、品子はおそるおそる振りかえる。そこにいたのは、毎夜自身を悩ませ続けるあの妖怪…邪魅だった。
「ひいぃ…ひぃぃぃ!!!」
心臓が早鐘を打ち、さぁっと血の気が引くのを感じる。脳内に警鐘が鳴り響き、全身が緊張で強ばって息がうまく吸えない。怖い。怖い怖い怖い怖い。
誰か、助けて………!!!
「キャァアアアア!!!」
騒ぎも聞こえぬ客間。カナは、妙な胸騒ぎと違和感に布団に横になりつつもぐるぐると考え込んでいた。
「ねぇみんなぁ…やっぱり品子さんをあの部屋に一人にするなんて、おかしいと思うんだけど…。ゆらちゃんもいないし、皆で一緒にいた方が…ってもう!皆寝てるしーー!」
もう!と頬を膨らませて呆れたように目を眇める。と、障子に映る影に、カナはえ、と目を疑った。ぴんと立った三角の耳に、4本の尻尾。さらりと靡く長い髪。
「(嘘…!?なんであの人が…!?)ま、待って!」
また会えた…!?なんでここに!?いや、それよりもまずはあの人の顔が見たい。慌てて立ち上がるカナの背後から、冷たい冷気が立ち上った。
呪いの吹雪 雪山殺し!!
「もー!リオウ様ったら、相変わらず無防備なんですから」
ばたりと倒れ、ぐうぐう寝息をたて始めたカナに深く息をつくと、氷麗はせっせと布団をかけ直した。
その頃、品子は異形の者達に囲まれていた。邪魅から距離をとろうと慌てて立ち上がれば、膝が笑ってまともに歩くことすらできない。
ずさっと畳の上に倒れこめば、異形達はじりじりと距離を詰めてくる。天狗のようなものから、朽ち果てた躯のような姿のものまで、皆一様にこちらを食い殺さんとばかりに歯を剥き出しにして飛びかかってきた。
(もうだめ……!!!)
その瞬間、目の前にいた異形が真っ二つに切り裂かれた。はっと気がつけば、邪魅が自分と異形の間に立ち塞がり、守るように相手を切り捨てている。
(今、助けてくれた…?)
「邪魅とやら。そこな異形は札を切り捨てねば一向に終わらぬぞ」
凛とした涼やかな声。ふわりと桜の香りがしたかと思えば、四方に貼りつけられた護符が青白い炎に包まれ、目の前にはこの世のものとは思えぬほどに麗しい狐の青年が現れた。
「怖かったろう、怪我はないか?」
「あ…」
『さぞ怖かったことだろうな』
品子は大きく目を瞠った。かの青年とは違う、白銀の髪に桜色の瞳。それでも、その言葉の優しさはまるで同一人物のようで。
混乱する頭でぼんやりとそう考えていた品子は、青年の背後で今にも刀を振り下ろそうとする邪魅に息を飲んだ。
「っ危ない!」
「おっと、そいつは俺の嫁さんなんでな。刀だろうとなんだろうと、こいつに触れていいのは俺だけだ」
長髪に赤目の青年が間合いに滑り込んで刀を受け止めた。俺たちは敵じゃねぇよ、との言葉に、邪魅も渋々刀を下ろす。
「詳しいことは道々話してやる。この邪魅騒動のカラクリ…暴いてやるからついてきな!!!」
青年の言葉に、狐の麗人はそういうことだ、と柔らかく頬笑む。立てるか?と差し出された手を取ると、それを見ていた青年は眉をひそめた。
「おい」
「女人を気遣う程度、なんの問題がある。嫉妬深い男は嫌われるぞ」
飄々と軽口を叩きながら、長髪の青年の唇に白魚のような指を押し当てて黙らせる。妖艶だが甘えるように桜色が蕩けるのが可愛らしい。
が、今の品子にはそんな二人の会話や表情など全く目に入っていなかった。その視線は、目の前でゆらゆらと揺れている毛並みのいい4本の尻尾に釘付けだ。
(こ、これが所謂"お狐様"ってやつかしら…え、これって本物、なの?)
純白の尻尾をわしっと掴む。驚いた様子で肩を揺らす天狐には気づかず、品子はそのふわふわとした手触りに、思わずといった様子でぽつりと呟いた。
「………本物だ………」
「ふふっ、なかなか面白いことを言うな。よい、許す。気のすむまで触るといい」
ぽふぽふと純白の尾が品子の手に触れる。いいの!?と目を輝かせる品子に、長髪のドスを構えた青年は面白くなさそうに目を眇めた。
「いいから、早く行くぞ」
「…だそうだ。すまぬな」
悪戯っ子のように笑うその表情は、神秘的な雰囲気に似合わずどこか幼げで。緊張が解けていくのを感じて品子は漸く肩の力を抜いた。