天狐の桜11
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女子部屋…という名の品子の部屋では、ちょっとした騒ぎが起きていた。妖怪騒ぎで部屋に飛び込んできた清継と島が、事故で巻の胸に顔を埋めたり、鳥居を押し倒してしまったのだ。
この野郎と怒り狂う巻たちの後で、カナは一人カタカタと震えていた。
いた。着物姿で、ざんばらな髪。呪符の貼られた顔。ぎょろりとした右目が、確かに此方を見下ろしていた。
「お化けが…っお化けがいたのよォォーーー!!!」
喉が緊張にひきつる。漸く絞り出した悲鳴に、皆はさあっと青ざめた。…何だと?本当に、この部屋に?
「と、とりあえず明日…神主さんにお話を聞きに行こう!」
清継の提案に、皆は顔を見合わせて頷く。いつまた邪魅が現れるかわからない。眠れぬ夜が過ぎていった。
翌日、秀島神社へ赴いたリクオたちに、神主は深く息をついた。
「そう、またでたのですか…邪魅には本当に手を焼かされる」
昔からこういった邪魅騒動が多いんだよ、と居ずまいを正す。昨日のお化けも何かお話があるんですか?と首をかしげるカナに、清継は予習不足だ!と声をあげた。
「ねー神主さん!あの伝説ですよね!」
「あ…うん。まぁね、昔この街が秀島藩と呼ばれていた頃、大名屋敷があってね。そこにまつわる忌々しい伝説が…」
「「地ならし」に呑まれた侍の伝説ですね!」
「そうそう…君よく知ってるねぇ」
神主は静かに語り始めた。昔この街が秀島藩と呼ばれ、大名屋敷があった頃、そこには名前は定かではないが非常に君主に忠実な若い侍がいたという。
勤勉でよく働き、何より君主定盛を心から尊敬していたその若い侍は、やがて定盛の目にとまり、定盛もその侍のことを信頼して大層可愛がっていたという。
腕もたった侍は、瞬く間に出世していき、いつしか…定盛の片腕とまで呼ばれるようになった。だが、その侍をよしと思わぬものがいた。定盛の妻である。
彼女は、何をするに一緒な二人の仲の良さが気にくわなかった。嫉妬した妻は君主のいないときに謂れのない罪を着せ、侍を屋敷の地下牢へ閉じ込めてしまった。
その時だった。海沿いにあるこの街を大津波が襲ったのは。後に「地ならし」とまで呼ばれたほどの大量の海水。
町のものは殆んど高い丘に逃れたが、屋敷の牢には瞬く間に海水が流れ込み、若い命を散らせてしまった。
それ以来、この街では、彷徨う侍の霊が度々目撃されるようになる。
「水にまみれ、風に紛れ…邪魅と呼ばれる妖怪が生まれたんだ」
邪魅というのは、恨みをかった人間を襲う妖と言われている。この地には、まだ恨みをかった大名家の血筋が残っている。
「え!?ということはまさか…!?」
「そう、つまり品子ちゃんはその大名家…秀島藩藩主「菅沼定盛」の血筋、その直系にあたるんだよ!」
リクオたちは合点がいったように頷いた。そうか、だから襲われていたのか。この秀島神社も、邪魅の霊魂を鎮めるためにできたのだという。
「成る程…だから表に"邪魅落し"の看板が出てたんですね」
「そうそう、よく見てるね」
神主と清継はわいわいと盛り上がる。ふと、リクオは窓の外に見える鳥居に、なにやら面妖な模様が彫られていることに気がついた。
(目玉の、模様?あの変なマーク、昨日どこかで…)
「そんなこと言って!!!まったく効かないくせに!!!」
バンッとテーブルを叩いて品子は立ち上がった。もうたくさんだ。鎮めると言いながら、一向にいなくならないじゃないか。日々、邪魅騒動で精神を削られた彼女は、もう限界だった。
「力が及ばないことは返す言葉もないが、邪魅の恨みが強すぎる場合は落とせない場合もあるんだ」
今までそうして"落とせなかった"家々は、皆この町から出ていってしまった。最悪の事態になる前に、逃げることも考えなくてはならない。
神主の言葉に、品子はぎり、と唇を噛み締めた。無言で退席する彼女を追って、リクオや清継たちもバタバタと席をたつ。
「あぁ、最後に、お兄さん」
「はい?」
「昨夜は大丈夫でしたか?」
リオウは努めてにっこりと人好きのする笑みを浮かべた。絶世の美貌に、神主は頬を赤らめて恍惚と見惚れる。
「いいえ?私のもとには特に何も…神主さんの御札のご利益でしょうかね」
「そ、そうですか。ならばよいのです…」
リオウの返事に、一瞬神主の顔に動揺と困惑の色が閃いた。何もなかった?いや、そんな筈はない。渡す護符を間違えたか?確かにあの時渡したのは…
「また何かありましたらお伺いいたします。…それと、」
私はあの子達の保護者。品子さんも含め、あの子達に手出しする輩には容赦はしませんので、努々お忘れ無きよう…
ぞくりと背筋に冷たいものが走った。目の前で微笑む麗人が、途端に得たいの知れぬ人ならざる者に思えて瞠目する。
「それでは、また」
軽く会釈をして、リオウは流れるように部屋をあとにする。部屋を出ていったリオウの背中を、神主は呆然と見つめていた。