天狐の桜11
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
三日月が夜空を彩る夜更け。品子の部屋に布団を並べた女性陣は、まるで合宿気分でわいわいはしゃいでいた。
「こんなに清十字に女の子がいるなんて思わなかった!それはすごい心強いわ!」
品子の顔にも安堵の色が見える。ねー学校遠いのー?イケメンいるー?ときゃあきゃあ騒ぎ立てる巻たちの側で、カナは一人天井を見上げて身をすくませた。
(うわわ…みんないるからいいけど…こんなとこで寝るの怖いよ…)
辺り一面にベタベタと札が貼られている光景は異常だ。むしろこんなに貼っているからこそ、何かを呼び寄せてしまうのではないか。
ざわざわとしたものが胸に残り、カナは逃げるようにばさっと頭から布団を被った。
一方、清継とリクオ、島は部屋のそとで護衛にまわされていた。何かあったらこいつで連絡を取り合おう!と清継はトランシーバー入りの人形を出して意気揚々だ。
「頼りない眼鏡君!!!頑張ろーね!!!」
(天パがよほどショックだったのかな…)
昼間の品子の言葉をまだひきずっているらしく、清継はバシバシとリクオの肩を叩く。思いの外根に持つタイプの人間らしい。
「邪魅……か。鳥山石燕の今昔画図続百鬼にもある有名な妖怪だ。かといって具体的にどーちゅう説明もない、よくわからない妖怪でもある」
先の神主は憑き物のように言っていたが、それが本当か否かもまだはっきりとはしていない。
『邪魅はね…他人の恨みをかった者に憑く悪い妖…今はまだ大人しいかもしれないが、気を付けた方がいい。現にこの辺りでは、昔から何人も邪魅に食い荒らされているのだ』
この界隈では、相当昔から邪魅の被害に悩まされているらしい。そしてそれは、この地に伝わる伝説とも合致するのだ。
邪魅は幻のような存在だが、被害はそれとは真逆にはっきりと残っている。これは調査のしがいがありそうだ。
「そういえば、お兄様はどこにいらっしゃるか知らないかい?」
「え、兄さん?」
リクオはそういえばと思案を巡らせた。先程夕食の時までは確かに一緒にいたのだが、姿が見えない。そういえば、あの神主が別れ際に兄に何か手渡していた気がする。
「いたっ!清継くん後ろーーー!?」
「え!?えぇーーー!?」
何ィー!?どこだー!?と騒ぐ清継を置いて、リクオは影を追って弾かれたように走り出した。影は暗い廊下の奥に消えていく。リクオは、得たいの知れぬ妙な違和感に襲われた。
ん?待てよ。さっき見たやつと違っていたかも?なんだ?この屋敷…
他にも"何か"、いる――――?
同時刻。リオウはふらりと庭に出ていた。夜の闇よりも尚深い漆黒の髪が、夜の潮風にさらさらと靡く。
<リオウ様、昼間の神主ですが…>
「あぁ。あれは術士だ。この屋敷中に蔓延る面倒な輩もすべて、あの男が放ったものだろう。…まったく、ろくなことに力を使えぬ愚か者めが。――――っ!」
リオウは、得たいの知れぬ"何か"にしゅるりと手首を拘束される。それは蛸の足のような触手を伸ばしながら、ぬちゃ、と濡れた音をたてながらリオウの肢体に絡み付く。
「リオウ様!」
「よい。触れるな」
突然の出来事に、慌てて顕現した黒羽丸を軽く一瞥して押し止める。どこからともなく現れた触手は、薄闇の中に白っぽく浮かび上がり、月明かりにてらてらと光を返す。
胸に、腕に、腹に、足に、触手はずるずると巻き付いていく。流石に、寝巻きのシャツを捲りあげて中に侵入した触手に、リオウは柳眉を寄せた。
「―――低俗な術士風情が」
リオウが何事か唱えると、まるで灰になってしまったかのように、触手はさらさらと風に乗って消えていく。
「リオウ様、これは…」
「式神の類いよ。お前たちにはちと分が悪い。……いや、式神とも言えぬようなこれほどまでに粗悪なものであれば、お前たちが触れても問題はないか」
私を手込めにする気か、あの助平爺。
恐らく、先程の触手のような式で気絶させて神社へ運び入れるつもりだったのだろう。よもや自分まで目をつけられようとは。
『この家に関わると妙なものに憑かれてしまう。この護符をあげましょう。もし、これを持っていても妙なものに襲われたなら、そのときは遠慮なくうちの神社に来なさい』
「やたらベタベタと触れてくる無礼者だと思っていたが…これだから術士は好かぬ」
リオウの手から黒く焼け焦げた護符が出てくる。破り捨てても良かったんだが、神主の出方を見ようとわざとしまっておいたのだ。…まさか、触手が出てくるとは思わなかったが。
「私がただの妖であれば、問答無用で喉笛を噛み千切ってやったものを」
「御体に何か変わりはございませんか?」
「あぁ、問題ない。…さて、リクオたちもどうやら絡まれているようだな」
いたーーー!?と叫ぶリクオの声に、リオウはふっと微笑む。さて、様子を見に行くか。ぽいっと投げ捨てられた護符は、宙で青白い炎に包まれて消える。
「私はこの姿の時は表向き手を出さぬ。…頼りにしているぞ」
「はっ」
深々と頭を垂れる黒羽丸の姿が空に溶ける。それをちらと一瞥し、満足そうにふっと口許を緩めると、リオウは暗い屋敷の奥へ消えていった。
屋敷の奥に走り去る影を追っ手いたリクオは、謎の白い妖のようなものに襲われていた。明らかにこの世のものとは思えぬそれ。だが、妖気はない。どういうことだ。
祢々切丸を抜いて切りつける。ざぁっと霧散するその化け物。ホッとしたのもつかの間、リクオは後ろから伸びてきたもうひとつの白い影に息を飲んだ。
(もう一体いたのか…!)
「おやおや、大丈夫か?」
白い化け物は見えない"何か"に切り裂かれて霧散する。見れば、クスクスと此方を見て愉しそうに笑うリオウが立っていた。先の攻撃は恐らく隠形した黒羽丸か。
「まったく…油断してはならぬとわざわざ注意してやらねばならぬのか?お前は」
先程余裕ぶっこいて触手型の式に襲われたのはどこのどいつだと、喉元まで出かかったツッコミを黒羽丸は飲み下した。余計なことは言わないに限る。
「兄さん!兄さんは大丈夫だった?」
「あぁ、まぁな」
リオウは、ひらりと半分に割れて床に落ちる護符を拾い上げた。霊力の残渣が漂うそれを鼻で笑い、青白い狐火が護符を包んで消える。
「ふふ、成る程…からくりがよくわかった。さて、お前には理解できるかな?」
やはり、先程の化け物は妖怪ではないということか。確かに、昼に姿を見つけた妖は強い妖気を放っていた。では、邪魅とは一体…この屋敷はなんなのだろうか。