天狐の桜11
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しとしとと、雨が降っている。
「品子。もう寝なさい」
「はぁ~い」
少女は母の声に軽く返事をする。布団に入り、電気を落とす。なんの変哲もない日常の筈だった。
だが、音に紛れ、水にまみれ、ぬるい風と共に、奴はやって来る。
奴の名は―――邪魅
どこへ行っても、どこからともなく祭り囃子が聞こえてくる。
―――そんな時期には、浮かれた人間がわいてくる…
「おいこらぁ!!!どこに目ェつけとんじゃ!?」
「ハセベさんの原宿で買ったいけてるシャツがべちゃべちゃじゃねーか!!!」
「アイスがついちゃってるよアイスがよぉぉ~~」
「温泉卵アイスついちゃったじゃねーかぁ!!!」
「そっちがぶつかってきたんじゃないか…メガネメガネ、あった」
メガネを拾いあげたリクオは、騒ぎ立てるチンピラのTシャツをみてげんなりとする。うるさいしめんどくさいし、大体自分でぶつかってきといてなんなんだ…。
「うわぁ…本当だね」
なめてんのかコラァ!!!クリーニング代寄越せや!!!とチンピラたちは口々に叫ぶ。さて、まずは話し合いをしたいのだけれど、どうしたものかな、なんてぼんやり考えていると、不意に後ろから肩を抱かれた。
「私の弟が、何か?」
「げっ」
リクオは後ろから聞こえてきた涼やかな声に顔をひきつらせた。目の前のチンピラが惚けた顔をしている。誰が来たかなんて振り返らなくてもわかる。
今のリオウは、黒スキニーに、白のロングTシャツ。サマージャケットを羽織り、首からは例の古い指輪をネックレスにして下げている。
前回も思ったが、この麗人。和装も似合えば洋服も似合うのだから、似合わない服はないんじゃないか?
リオウは、ん?と人好きのする笑顔を浮かべ、こてんと小首を傾げる。うなじで緩く纏めた艶やかな黒髪がさらりと揺れるのがなんとも色っぽい。
「な、なんだよ…随分な別嬪さん連れてんじゃねぇか?え?」
「俺達のシマで何しとんじゃい!?」
「あんまり余計なことすっと体に分からせてやらねぇといけねぇからなぁ!」
リオウは唇に指を添え、クスクスと小さく笑った。なるほど、これが"人間の"やくざものというやつか。初めて見たが、どうも大声でがなり立て、脅して金を巻き上げようとする習性があるらしい。
だが、まさか自分も脅されようとは。まぁ、殺られる前に護衛の黒羽丸がチンピラをボコボコにしてくれるだろうし、なんの問題もないのだが。
(…………んー、さては兄さん多分微妙に意味わかってないなぁ?)
リクオは相も変わらずにこにこと笑っている兄に、目を眇めた。だから、先日も散々祖父に追いかけ回されて説教されたように、もう少し危機感というものをもってほしい。
「悪いが、そう大きな声を出さないでくれないか?そんなことをせずとも十分聞こえているし、なにより非常に聞き苦しい」
華のような笑顔を浮かべてずばっと言い切ったリオウに、リクオも姿を隠して護衛している黒羽丸も揃ってため息をついた。
「テメェッ!!!面がいいからってチョーシ乗ってんじゃねぇぞ!!!ってェ!?」
「穢らわしい手で私に触らないでくれるか?」
見えない"何か"によって男の手がはたき落とされた。男たちは訳もわからずに呆然と叩かれた手を見つめる。今、確かに何かに叩かれた筈…
「先ほど、何をしに来たと言っていたな?私達は妖怪退治にきた」
「よ、妖怪?」
「あぁ。…なに、お前たちのような常人には見えないかもしれぬが…―――こういうやつらだ」
目の前の麗人の笑みが深くなる。この上なく美しいその笑みに、チンピラたちはぞわりと背筋が冷たくなるのを感じた。なんだ、こいつは。まるで、この世のものではないような…
その時、男たちは麗人の後ろに黒い影が揺らめくのを見た。この世のものとは思えぬおぞましく恐ろしい"化け物たち"の姿を。
「うわっウワァァアア!!!」
もんどり打って脱兎のごとく逃げ出す男たちに、リオウはクスクスと満足そうに笑った。リクオはがっと兄の腕をつかんで地を這うような声音で兄さん?と呼び掛けた。
「兄さん…何してんの…?」
「おやおや…お前たち。出てきてはいけないと言ったろう?」
「何しらばっくれてんの!!!ていうかそうやって無防備に出てくるから体まで狙われちゃってさ!!!危機感持ってって言ってるでしょ!?」
「?黒羽丸もいるし、私は理ゆえ人間に手は出せぬが、そんなときはお前も何とかしてくれるんだろう?」
んぐっ、と言葉につまる。なにされそうになってたのかは、今度身をもって体験させてやると心に決め、リクオはぎろっとリオウの後ろに控える妖怪たちを睨み付けた。
「人間脅かしちゃダメだっていつも言ってるだろ!?いくら兄さんに言われたとしても!」
「何をおっしゃいますか!」
「あのような輩…ちょいと脅してやりゃあいーんです!」
ギャイギャイと騒ぐ妖怪たちに、リクオは深く息をつく。まったく、他のやつらに見つかったらどうするつもりなんだ。氷麗は、そんなリクオたちを一瞥し、黒い笑みを浮かべた。
「まぁいざとなったら私が全部凍らせればいいんですけど。家長含め」
「氷麗…それは違うよ。それは違う」
「そうだぞ。お前が凍らせるより、私が記憶を全部燃やしてしまう方が早い」
「兄さんもそれは違うかな」
ダメだ。この人たちちょっとずれてる。
リクオは思わず頭を抱える。リオウは、おにーさまー♡と大声でリオウを呼ぶ清継の声にそちらにいってしまった。あぁ、本当にもう…
(やってやれない…!!!)
四国との決戦のあと、ぬらりひょんが「また無防備に!!!説教だ!!!」と妙にハイな状態でリオウを追いかけ回したせいで、ものの見事に倒れたリオウはつい先日まで疲労等々で寝込んでいた。
漸く最愛の兄との時間がとれるかと思ったらこれか。何が悲しくて目の前で友達に手を引かれて微笑んでいる想い人を見なくてはいけないのか。
げんなりとするリクオに、リオウの手を握りしめて上機嫌な清継は、ビシッと指を突きつけてふんぞり返った。
「奴良君!!!遅いぞ!!!もう目的は目の前だというのに!!!妖怪の出る武家屋敷はすぐそこだ!!!」
眼下には屋敷が建ち並び、その奥には青い海が広がっている。歴史ある城下町らしい風情の残る町並みに、皆はいい眺めだと頬を緩ませた。
そもそも、なぜこんなことになっているかというと……