天狐の桜10
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ぬらりひょんはすたすたとリオウを抱いて部屋をあとにする。どうやって逃げようか、と逃走経路を模索するリオウは、ついと視線を巡らせた。
「離して、いただけないだろうか」
「んなこと言っても、腰が砕けて歩けないんじゃろう?」
「…………………」
「大人しく抱かれておけ」
「―――私がそう何度も何度も大人しく取っ捕まると思うのなら大間違いだ」
リオウは素早く狐の姿へ変化した。4本の尾を持つ純白の毛並みの美しい狐。猫ほどの大きさのその狐は、変化した瞬間にぬらりひょんの腕をすり抜けて、脱兎のごとく走り出す。
「あ゙っ!!このっリオウ!!!💢」
がさっと垣根に飛び込み、庭を全力で駆け抜けて自室に飛び込む。変化を解いたリオウは、素早く障子を閉じて疲れたように座り込んだ。
「…面倒なことになった…」
「よォ、リオウ♡」
楽しくてたまらないとばかりの声に、びくっとリオウは肩を跳ねあげた。ばっと見上げれば、これまたにっこりと笑った鯉伴が立っていて。これには思わずげっ、と心のなかで呟いた。
「これは父上。何かご用か?」
「いやなに、面白そうな話を聞いたからな。あと、お前の血の匂いが"濃い"んだが。お前、怪我してんだろ」
はっとリオウに加護を与えるのに腕を切ったのを思いだし、思わず腕を見る。思った以上にばっさりといっていたらしく、天狐の治癒力をもってしても未だ傷口は完全に塞がっていない。
(しまった…)
「さて、リオウ。まずはこの怪我について話を聞かせてもらおうじゃねぇか。なァ?」
「――ふふ、なんのことやら」
リオウは後ずさりながらも優美に微笑んだ。並の奴等ならころっと騙されるのだろうが、鯉伴には通じない。
「…その様子なら、まずは"もうひとつ"の方から聞いた方が早いか」
「さて、別段語ることもない出入りだったと記憶しているが」
「男と接吻して夫婦よろしくしてた上に「愛してる」とか言いやがったことが語ることもない出入りか?」
またこれか
接吻どころかただリクオに加護を与えるのに血を飲ませただけだし、夫婦よろしくしてた記憶なんて此方には欠片もない。強いて言わせてもらうなら、嫁さんがどうのと言っていたのはリクオであって、此方は一方的に言われていただけだ。
「愛してる」と言ったのは、まぁ、否定のしようがないけれど。
「事実無根だ。むしろ何故そうなったのか私が聞きたい」
「俺はまだお前を嫁に出す気はねぇと言わなかったか?」
「話を聞け話を!!」
くい、と顎を持ち上げられ、後ろの障子に腕をつかれる。鯉伴は腕のなかに閉じ込めた息子に、逃げられねぇぞとニヒルに笑った。さて、説明してもらおうか。
だが、リオウも必死なもので。
「父上…」
「あ?んな可愛い顔しても今はダ」
「暫く大人しくしていただこう」
リオウはふっと鯉伴に息を吹き掛けた。途端に神気が鯉伴の体を縛り、鯉伴はしまったとばかりに舌打ちした。
再び狐の姿へ変化し、腕をすり抜けたリオウは、庭を屋根を床下を、ぬらりひょんから逃げ回る。何処へ逃げた!!!と叫ぶ声を遠くに聞きながら、リオウはふわりと姿を戻すと、スパァンッと妖怪たちの集まる大広間の襖を開けた。
「お前たち…」
「えっ、リオウ様?」
いつになくボロボロなリオウに、妖怪たちは目を丸くし、ついでおろおろと駆け寄ってきた。髪は解れ、葉っぱまでつけている。着流しも胸元が開けていて、実に色を感じさせる。
「お祖父様にあることないこと吹き込んだのは何処のどいつだ…?」
地を這うような声。華の顔は怒りにひきつり、それもまた美しいがゆえに恐ろしい。
「あの、あることないこととは…?」
「私がリクオと口吸いして夫婦よろしく戯れあった挙げ句に浮気宣言したことになっていた」
(((いやそれ事実なんじゃ……)))
「事実ではない」
不機嫌そうに腕を組み、柳眉を寄せてむくれてみせる。心の声に返事するのはやめてください、とため息をつきながら、妖怪たちはあれ?と首をかしげた。
「玉章に愛してるって言ったのは…」
「それは…あれの目的は私で、異様に執着している様子だったから、ああすれば収まりがつくかと思ってな…」
勿論、愛してやると言った手前、リオウは心からの愛を囁いてやったのだろう。一時だけとはいえ、本気で愛してやったに違いない。――――が。
((((この方は男ってものをまったく分かってらっしゃらない!!!!!!))))
これには思わずその場にいた首無や毛倡妓も頭を抱えてのけぞった。これは無防備が過ぎる。危ない。危な過ぎる。放っておいたらぺろっと食われてしまいそうだ。
「…私とて男なのだが」
「いいえ!!そういう問題ではありません!!!」
「そりゃあ総大将だってちょっと来いってなりますよ!!!」
リオウは、納得いかなそうに柳眉を寄せ、こてんと小首を傾げる。と、ぬらりひょんの足音を察知したのか、緊張したようにぴんと立った耳がぴくりと動く。
「お待ちください、リオウ様」
「離してくれ、黒羽丸」
黒羽丸は、くるりと踵を返して部屋から飛び出そうとしたリオウの腕をとる。
「リオウ様、あまり動かれてはお体に障ります」
「黒羽丸…それは追いかけ回してくるお祖父様に言ってくれないか」
「総大将には後程。今はリオウ様を褥に見送る方が先決です」
「…首無」
「黒羽丸のいう通りですよ。リオウ様。諦めて布団に横になってください」
「……………犬神」
「あんたは体弱いんだろ?ゆっくり体休めた方がいいぜよ」
その前に湯浴みの準備が必要か、と首無は犬神と共にぱたぱたと準備をしに行く。主の体調管理までしっかりしている有能な側仕えたちに、さすがのリオウもぐうの音もでない。
「…鬼の形相で迫ってくるお祖父様がいけないと思うんだが」
「リオウ様がお逃げにならなければこうはならなかったと思いますが」
「………………お前は私の味方じゃないのか」
「ただ従うだけが忠義ではありませんので」
む、と言葉に詰まったリオウは、暫し考えた後に、袂から小さな小瓶を取り出した。小綺麗な細工のなされたそれから、一粒の金平糖を取り出し、黒羽丸の口に運ぶ。
「リオウ様?んむっ!?」
「賄賂。……ダメか?」
「っ…////」
「―――――またそうやってたらしこんでやがるのか」
「ッッ!!!」
背後から聞こえた声に、リオウの尻尾がぶわっと総毛立つ。尻尾を逆立て、肩を跳ねあげて全身で驚くリオウを物珍しそうに見ていた妖怪たちは、ぬらりひょんの形相にあぁと納得した。……あの顔で追っかけられりゃ誰だって逃げる。
「あっこら!待たんか!!!リオウ!!!」
「お待ちください!!!リオウ様!!!」
風のように部屋を飛び出していくリオウを、ぬらりひょんと黒羽丸たちの怒声が追いかける。
その日一日、逃げ回るリオウを追いかけ回したり、四国に戻った玉章からリオウ宛の詫び状という名の恋文が届いたりと、組中大騒ぎだったりするのだが、それはまた別の話。