天狐の桜1
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関東平野のとある町、浮世絵町…そこには、人々に今も畏れられる「極道一家」があるという―――
「リクオは今日も皆"で"遊んでいるのか」
長く艶やかな白銀の髪に、純白の狐耳。白銀に一房だけ混じる漆黒の髪は、前髪と顔の左側に垂らされている。雪のような白い肌。烟る様な睫毛。すっと通った鼻梁。形のよい唇。華奢な細い腕は、この麗人の儚さをより一層増していた。
神獣天狐を母に持ち、父はぬらりひょんと人間の半妖…奴良組二代目奴良鯉伴。その身に流れる血は半分が神、そして1/4ずつが妖怪と人間のものである。所謂… 混ざり者。神と妖、相対する血を持つ体は弱く、あまり外を自由に歩き回ることは許されない。
麗人…リオウは縁側から外を眺めた。朝から腹違いの弟や小妖怪たちが騒ぐ声がする。まったく、何をしているのやら。雪女は庭の一角にしゃがみこんだリクオに声をかけた。
「あら、そんなところで…どうされました?」
リクオはうーんうーんと踞って唸っている。お腹痛かと駆け寄る雪女の体を謎の浮遊感が襲った。足が縄にからめとられ、逆さ吊りにされる。
「やった!妖怪ゲットォ~」
「えっ?えっ?えぇーー??」
「雪女か!お前は相変わらずドジだな~」
へへっと楽しそうに笑ったリクオはまたパタパタと何処かへ駆けていく。なっちょっと!?若?なんてじたばたする雪女を見ながら、リオウは目を細めた。
「ふふっ…助けてやらんとな」
あのままでいては頭に血がのぼって倒れてしまうだろうなんて言いながら、リオウは庭に降り立った。からからと下駄が鳴る。大丈夫か?と微笑めば、雪女はリオウ様ぁぁあと情けない声をあげて泣き出した。
青田坊と黒田坊も雪女を探してきょろきょろと辺りを見回していたが、頭を打たないようにとそっと横抱きにするリオウを見てあ゙っ!!と声をあげた。
「なんじゃ雪女そのカッコはぁ!?」
「何をしているんですかリオウ様!!」
「何と言われても…降ろしてやろうと思うてな」
黒羽丸、縄を切っておくれ。
言うが早いか、すぱっと縄が切られて細い両腕に雪女の重さがかかる。黒羽丸は無言で雪女を受け取った。不機嫌ですと言わんばかりの態度に、リオウは目を丸くすると妖艶に微笑んだ。
「良い子だ」
「「っ!!///」」
うっかり微笑みを直視した雪女と黒羽丸はぶわっと赤くなった。そんな反応もどこ吹く風。リオウはさっさと小刀で雪女の足の罠を外してやる。漸く地面に足をつくことができた雪女はホッと息をついた。
「あ、ありがとうございます!リオウ様!」
「誰がこんな事を…」
リオウはついと手を伸ばして黒羽丸の袖をひいた。そこは、雪女が宙吊りになっていた場所の目の前。そちらには行くなと小さく耳打ちして楽しげに微笑んでいる。
「リオウ様?」
黒田坊と青田坊が訝しげに首をかしげて一歩足を踏み出した。…途端。
ズボォォッ
「なんじゃぁああ!?」
「落ちる落ちる!!」
「ま、またやられたぁ~~!!」
黒田坊と青田坊の姿が消えた。みれば落とし穴にはまってもがいている。な?だから言っただろう、なんて楽しげに笑いながら、リオウは縁側に腰かけた。
「あ!!やっぱり若様かっ…」
「総大将に似て…イタズラが…過ぎますぞぉーーーー!!!!」
そんな悲鳴も何のその。リクオは庭を元気に駆け回る。リオウは後で助けてやろうとくすくす笑ってその様子を見ている。
「リクオは今日も元気だな」
リオウの機嫌に合わせて純白の4本の尾が揺れる。傍に控えていた黒羽丸は、表情を変えること無くそうですねとだけ返す。素っ気ない返事に、リオウはぱたりと瞬いた。
「なんだ、私が黙って褥に横になっていないのがそんなに不満か」
「…不満など。ただ御身を省みて欲しいだけです」
過保護な側仕えの言葉に、リオウはふっと目を細め、ぱたりと尻尾を一つ振ることで答えた。…はいはい、といったところか。
「兄ちゃん!」
「今日も派手にやったな、リクオ」
パタパタと駆け寄ってきて勢いよく抱きつく小さな体を受け止めると、白魚のような指がそっとリクオの髪をすく。リクオにとって、この腹違いの兄は最愛の存在だった。そう、尊敬する祖父よりも、優しく明るい母よりも、組の愉快な妖怪達よりも、誰よりも愛しい人。
「これなら三代目、継がせてくれるかなぁ?」
「そうだな…あと少しではないか?」
「ホント!?あのね!三代目継いだら、絶対兄ちゃんのこと、嫁にとるんだ!絶対だよ!」
「…………そ、うなのか」
思いがけない発言にリオウは頬をひきつらせ、黒羽丸はぴしりと固まった。じゃあボクじいちゃんとご飯食べてくるー!なんて無邪気に走っていった弟に軽く手を振りながら、リオウは背後で一気に不機嫌さが増した男を見て困ったように微笑んだ。
「大人げないぞ」
「…」
「子供の戯れ言だ」
「僭越ながら、求婚に大人も子供もございません」
戯れ言などと流してくれるなと言いたげな顔。…求婚されるのは不快なくせに、戯れ言だと切り捨てようとすれば冗談だと思うなと言ってのける。まさに真面目一辺倒。かたい意思を示すような真一文字に引き結ばれた唇に、リオウは呆れたように息をつくとむにっと頬を摘んだ。
「っひゃにをなひゃるのれひゅ!?(何をなさるのです!?)」
「笑顔。少しは笑えと言っているだろう。仏頂面ばかりでは性格まで堅物の朴念仁になるぞ。もう既に手遅れかもしれんがな。ほら、にこっとしてみろ、にこっと」
「……はひ」
渋々頷く黒羽丸に、リオウはそれはそれは美しい笑みを浮かべた。月もかくやな美貌の若君。誰にも靡かないくせに、嫁にしたいと望まれる姿はまるでかぐや姫。…まぁお姫様にしては随分な女傑だが。
「リオウ様、朝餉の仕度が整いました」
「どうぞこちらへ」
「あぁ」
ふすまの向こうからの声にリオウは一つ返事をして、ゆらりと尻尾を揺らした。ふわりと甘い香りが鼻孔をくすぐったかと思えば、そこにはリオウの姿はなく、一枚の桜の花びらが残されていた。
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