直哉短編夢
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赤、青、紫、そして。
煌々と光る色彩が散らばる客席で、私の手のひらの中で輝くペンライトの色は、緑色だった。
会場のざわめきが消え、真っ暗だったステージの中央へ、スポットライトが集まる。何度も聴き返したメロディラインが弾け、静寂が砕けた。それと同時に、その男の衣装の裾が翻る。骨張った手の動きは流麗で、一本一本の指先まで彼の執念が込められている。
今日の衣装は王子のようだった。羽織られたモスグリーンのハーフマントがなびく。冴えた運びで足を踏み出すたびに、金糸の刺繍が光を反射し煌めいている。私の目は、その色を纏った一人だけに吸い寄せられる。腕を組み、マイクを傾けながら歌う彼は、いつものように薄く笑っていた。
響いていた歌声が止まり、会場がぱっと明るさに包まれた。眩しさに思わず半眼になる。もう一度見開いた瞬間にはまた、緑色の彼が視界に飛び込んでくる。
来てくれてありがとう、というメンバーの言葉を皮切りに、それぞれの魅力が会場中に広がった。彼が挨拶する番が来るのを、ペンライトを握りしめながら待つ。
そして、髪をかき上げる鋭い印象の美形が、大きなモニターに映し出された。
「君のハート、最高速度で撃ち抜いたる。禪院直哉や」
会場が歓声で沸くのと同時に、大きく息を呑み込んだ。
緑担当、金髪ピアスに跳ねた睫毛がチャームポイント。二十八歳、論外のアイドル。まごうことなき私の推し。
「俺のペンラ持ってる子、多いやん。メンバー四人もおるのに、ほとんど俺推しなんとちゃう?」
他のメンバーに知らしめるように、唇の端と眉の片方を吊り上げ、柔らかい関西弁をマイクに乗せた。ピントを合わせるように目を眇め、額に手をかざす。最前列を流し見しながら、一番後ろの三階席まで見通していく。
「後ろの方よぉ見えへん、もっと上げぇや」
握っていたペンライトを精一杯頭上に掲げ、他のオタクたちに混ざって「直哉くーん!」と声を届けるように張り上げた。
「なぁ、ええ子やね。今日も俺のことだけ見といてぇな」
甘く艶っぽい声。それをあの直哉くんが出した、という事実を理解するのに時間がかかる。気づいた時には既に、鼓膜の奥まで染み込んでいた。会場が一瞬静まり返った後、わっと熱気で湧く。それを聞いた彼は、鼻で笑って片目をつぶった。
直哉くんのこの言葉は思ってもいないことだと分かっているのに、時々本当が混ざったように見せるのが上手い。触れようとしたら離れ、離れようとしたら近づく、猫のように翻弄してくる姿。それにどうしようもなく沼ってしまう。
ファンの誰かが「直哉くんかっこいいー!」と叫ぶ声が聞こえた。
「なんや、やかましい」
「声やなくて金出し。全通してCD積めや。金も出せへんオタクは首括って死んだらええ」
赤担当のメンバーが「ちょっと直哉! 塩すぎるってー!」という言葉を焦ったようにマイクに乗せる。
「あーはいはい。ごめんちゃい♡」
手を合わせて蔑むような笑みを浮かべ、オタクたちの笑い声が黄色い悲鳴に変わる。直哉くんが時々、相手の神経を逆撫でするために使うかわいこぶりだった。
「でも別にええやろ? こいつらはこんなんで喜ぶタチなんやから」
「俺のこと推してる子ぉは、ほんまにチョロくてかわいらしいなぁ……」
え、直哉くんもそういうこと言うの――
「思ってへんけど」
重心を変え、ファンを顎で指した直哉くんに、淡い驚きがあっさりと打ち消されてしまった。これでこそ直哉くんだ、と思いながら緩む頬を手で覆う。
隠そうともしない欠伸をした後、他のメンバーがはつらつと話している様子に、体だけ向けている。腕を組み直しながら客席に視線を滑らせた時、〝直哉くん投げキッスして〟といううちわを見つけたようで、眉を寄せて口元を歪ませた。
「はぁ? 今めっっちゃキショいのあった? ドン引きやわ。ほら、そういうんはここにおる紫のに頼めや」
紫担当のメンバーの肩に肘をかけ、わざとらしく口角を上げる。
「君、安っぽいファンサ得意やろ? やってあげたらええやん」
紫担当の彼は穏やかに笑い、客席に向かってキスを投げた。
「はは、ほんまにやりよった」
直哉くんは、どう見ても最悪としか言いようがない。それなのに、彼が歌とダンスにかける情熱は、いつだってアイドルだ。
〝自分は優越している〟それは彼にとって当たり前の自負で、血の滲むような努力をして掴み取っているもので。その揺るがなさが私は好きだった。
次に披露されるのは、このグループのデビュー曲。ステージが暗くなり、彼ら四人のシルエットが映し出される。
直哉くんの僅かに傾いたなで肩からは、彼らしい不遜さが美しく滲んでいた。
〈了〉
煌々と光る色彩が散らばる客席で、私の手のひらの中で輝くペンライトの色は、緑色だった。
会場のざわめきが消え、真っ暗だったステージの中央へ、スポットライトが集まる。何度も聴き返したメロディラインが弾け、静寂が砕けた。それと同時に、その男の衣装の裾が翻る。骨張った手の動きは流麗で、一本一本の指先まで彼の執念が込められている。
今日の衣装は王子のようだった。羽織られたモスグリーンのハーフマントがなびく。冴えた運びで足を踏み出すたびに、金糸の刺繍が光を反射し煌めいている。私の目は、その色を纏った一人だけに吸い寄せられる。腕を組み、マイクを傾けながら歌う彼は、いつものように薄く笑っていた。
響いていた歌声が止まり、会場がぱっと明るさに包まれた。眩しさに思わず半眼になる。もう一度見開いた瞬間にはまた、緑色の彼が視界に飛び込んでくる。
来てくれてありがとう、というメンバーの言葉を皮切りに、それぞれの魅力が会場中に広がった。彼が挨拶する番が来るのを、ペンライトを握りしめながら待つ。
そして、髪をかき上げる鋭い印象の美形が、大きなモニターに映し出された。
「君のハート、最高速度で撃ち抜いたる。禪院直哉や」
会場が歓声で沸くのと同時に、大きく息を呑み込んだ。
緑担当、金髪ピアスに跳ねた睫毛がチャームポイント。二十八歳、論外のアイドル。まごうことなき私の推し。
「俺のペンラ持ってる子、多いやん。メンバー四人もおるのに、ほとんど俺推しなんとちゃう?」
他のメンバーに知らしめるように、唇の端と眉の片方を吊り上げ、柔らかい関西弁をマイクに乗せた。ピントを合わせるように目を眇め、額に手をかざす。最前列を流し見しながら、一番後ろの三階席まで見通していく。
「後ろの方よぉ見えへん、もっと上げぇや」
握っていたペンライトを精一杯頭上に掲げ、他のオタクたちに混ざって「直哉くーん!」と声を届けるように張り上げた。
「なぁ、ええ子やね。今日も俺のことだけ見といてぇな」
甘く艶っぽい声。それをあの直哉くんが出した、という事実を理解するのに時間がかかる。気づいた時には既に、鼓膜の奥まで染み込んでいた。会場が一瞬静まり返った後、わっと熱気で湧く。それを聞いた彼は、鼻で笑って片目をつぶった。
直哉くんのこの言葉は思ってもいないことだと分かっているのに、時々本当が混ざったように見せるのが上手い。触れようとしたら離れ、離れようとしたら近づく、猫のように翻弄してくる姿。それにどうしようもなく沼ってしまう。
ファンの誰かが「直哉くんかっこいいー!」と叫ぶ声が聞こえた。
「なんや、やかましい」
「声やなくて金出し。全通してCD積めや。金も出せへんオタクは首括って死んだらええ」
赤担当のメンバーが「ちょっと直哉! 塩すぎるってー!」という言葉を焦ったようにマイクに乗せる。
「あーはいはい。ごめんちゃい♡」
手を合わせて蔑むような笑みを浮かべ、オタクたちの笑い声が黄色い悲鳴に変わる。直哉くんが時々、相手の神経を逆撫でするために使うかわいこぶりだった。
「でも別にええやろ? こいつらはこんなんで喜ぶタチなんやから」
「俺のこと推してる子ぉは、ほんまにチョロくてかわいらしいなぁ……」
え、直哉くんもそういうこと言うの――
「思ってへんけど」
重心を変え、ファンを顎で指した直哉くんに、淡い驚きがあっさりと打ち消されてしまった。これでこそ直哉くんだ、と思いながら緩む頬を手で覆う。
隠そうともしない欠伸をした後、他のメンバーがはつらつと話している様子に、体だけ向けている。腕を組み直しながら客席に視線を滑らせた時、〝直哉くん投げキッスして〟といううちわを見つけたようで、眉を寄せて口元を歪ませた。
「はぁ? 今めっっちゃキショいのあった? ドン引きやわ。ほら、そういうんはここにおる紫のに頼めや」
紫担当のメンバーの肩に肘をかけ、わざとらしく口角を上げる。
「君、安っぽいファンサ得意やろ? やってあげたらええやん」
紫担当の彼は穏やかに笑い、客席に向かってキスを投げた。
「はは、ほんまにやりよった」
直哉くんは、どう見ても最悪としか言いようがない。それなのに、彼が歌とダンスにかける情熱は、いつだってアイドルだ。
〝自分は優越している〟それは彼にとって当たり前の自負で、血の滲むような努力をして掴み取っているもので。その揺るがなさが私は好きだった。
次に披露されるのは、このグループのデビュー曲。ステージが暗くなり、彼ら四人のシルエットが映し出される。
直哉くんの僅かに傾いたなで肩からは、彼らしい不遜さが美しく滲んでいた。
〈了〉
