直哉短編夢
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「ピアス開けたろか」
隙間を作るように開けた窓から、温い風が流れる冬と春の間。直哉の口元から落とされたその言葉を聞いて、私は自分の聴覚を疑っていた。
柔く揺られる暗い金髪が、顎を引いた直哉の額からまっすぐに落ちて、光に透かされながら散っている。窓の前に陣取る不遜な背によって、部屋は閉じたように翳っていた。
「ごめん、どういう意味?」
科白の真意を探しながら言葉を返す。草履も人に履かせるような男が、他人に労力を割く。それは私の知る直哉とは違っていた。
「返事になってへんねん。俺はピアス開けたろかって聞いてんねん。何べんも言わせんなや」
足を投げ出し、気怠げに組み替える。衣服が擦れる音がすると同時に、チッと疎ましそうな舌打ちが弾けた。頬杖をついて、億劫そうに顔を仰向かせる。自身の頬を乗せたその腕を覆うシャツは、いつも袖ボタンまで嵌められていて、直哉の内面を覆う家柄と同様に捲れることはなかった。
顎を反らし、上から視線を落とすその仕草は何度も見たものなのに、今日もまた目が留まってしまう。
「ピアス開けたい言うてやかましかったやろ。俺と同じ位置がええんやって。もうちょい調べてからやるていつまでも開けへんの、見てて腹立つねん。そんなん後から考えたらええわ」
左の耳朶に二連。直哉は耳輪にも、時々右耳にもつけているけれど、ピアスを開けるのは初めてのことだから、ひとまずそれだけにしようと決めていた。
「ピアッサー買ったんやろ? どこにあるん」
衝動を即座に行動に変える直哉から考えると、私は確かに苛立つ人間なんだろうと、今更ながら腑に落ちる。
直哉は今日届いたばかりの、住所のシールが貼られたままの紙袋を机の奥から引っ張り上げていた。ピアッサーの小箱を取り出し、開け口に爪を引っかける。骨張った指の間から覗く胼胝をあてもなく捉えた後、少し焦ってまごつきながら口を開いた。
「大丈夫、自分でやるから」
「は? まだグズグズする気なん? 余計なこと言わんとはよそこ座り」
射抜くような視線で釘を刺され、出かかった言葉を飲み込む。深くため息をつき、頭の後ろに手をやって髪を掻く直哉を横目に、言われるままにベッドの縁に腰掛けようとすると、それを追い越すように直哉の重みも隣に沈んだ。体温が混ざった白檀の甘い香りに、鼻先を擽られる。
「同じがええとかキショいなぁ。◯◯ちゃん、趣味どうかしとるんちゃう? ドン引きやわ」
お揃いにしたいだけではなくて、直哉が感じた痛みや煩わしさを私も知りたかった、というのは、端から言う気はなかった。
頭頂に手を置かれ、硬い皮膚を纏った指先が髪に通る。粗雑に角度を調整された拍子にピアッサーの針が食い込み、微かに跡がついたようなひりつきが伝わった。印をつけていないことを思い出したけれど、それを言ったらまた舌打ちを漏らすだろう。器用そうな直哉なら大丈夫か、と手放したような考えが若干の震えを薄れさせる。
バチン、バチンと乾いた響きが走った。
それに一瞬耳を塞がれた後、通りを走る車のエンジン音が空気をさき、滑らかに溢れて入り込む。
プラスチックの破片がからりと落ちた気配があり、直哉の掌が耳元から離れると同時に、案外呆気ない尖りの余韻が広がっていく。彼は私の頬を手の甲で押しやり、収まった二つのピアスを視界に入れた。
直哉はつまらなさそうに唇の端を曲げながら、それを眺める。目尻から流れた睫毛が角度を変え、密かに跳ねるのが視界の隅に映った。
「このピアス、色しか俺のと似てへんやん。やるんやったらちゃんとしぃ。後で同じの買っときや」
仄かに掠れた低い声が鼓膜を震わせる。「どこに売ってるかな」と訊きながらも、意識は別の方へ吸い込まれていく。
跳ね上がった睫毛に、片方だけが歪んだ口角と眉、そして眇められた切れ長の眼差し。隠す気もない傲慢さが目元に寄った皺一つにまで滲み出ている表情を突きつけられて、場違いな愛しさが喉元までせり上がってしまう。今この時にもその顔は僅かに変容していて、どの瞬間を切り取っても、この人は〝禪院直哉〟だ。今では直哉のことを、性格が悪いだけの、良いところが微塵もない「クズ」という単純な言葉では片付けられなくなっていた。二十八年間の一部しか表に出さない直哉が、一人の人間として、何を考えて生きてきたのかを知りたかった。
そんな思考を巡らせながら傾いた顔を見上げていると、それに気づいた直哉と視線が交差する。
「何をトロついとんの。俺が開けたったんやで? 確認ぐらいしとき」
鏡を引き寄せて映すと、理想通りの、直哉と同じ位置に開いていて。
直哉のピアスより一回り小さな銀と緑の飾りが、鈍痛を伴いながら控えめに煌めいていた。
〈了〉
隙間を作るように開けた窓から、温い風が流れる冬と春の間。直哉の口元から落とされたその言葉を聞いて、私は自分の聴覚を疑っていた。
柔く揺られる暗い金髪が、顎を引いた直哉の額からまっすぐに落ちて、光に透かされながら散っている。窓の前に陣取る不遜な背によって、部屋は閉じたように翳っていた。
「ごめん、どういう意味?」
科白の真意を探しながら言葉を返す。草履も人に履かせるような男が、他人に労力を割く。それは私の知る直哉とは違っていた。
「返事になってへんねん。俺はピアス開けたろかって聞いてんねん。何べんも言わせんなや」
足を投げ出し、気怠げに組み替える。衣服が擦れる音がすると同時に、チッと疎ましそうな舌打ちが弾けた。頬杖をついて、億劫そうに顔を仰向かせる。自身の頬を乗せたその腕を覆うシャツは、いつも袖ボタンまで嵌められていて、直哉の内面を覆う家柄と同様に捲れることはなかった。
顎を反らし、上から視線を落とすその仕草は何度も見たものなのに、今日もまた目が留まってしまう。
「ピアス開けたい言うてやかましかったやろ。俺と同じ位置がええんやって。もうちょい調べてからやるていつまでも開けへんの、見てて腹立つねん。そんなん後から考えたらええわ」
左の耳朶に二連。直哉は耳輪にも、時々右耳にもつけているけれど、ピアスを開けるのは初めてのことだから、ひとまずそれだけにしようと決めていた。
「ピアッサー買ったんやろ? どこにあるん」
衝動を即座に行動に変える直哉から考えると、私は確かに苛立つ人間なんだろうと、今更ながら腑に落ちる。
直哉は今日届いたばかりの、住所のシールが貼られたままの紙袋を机の奥から引っ張り上げていた。ピアッサーの小箱を取り出し、開け口に爪を引っかける。骨張った指の間から覗く胼胝をあてもなく捉えた後、少し焦ってまごつきながら口を開いた。
「大丈夫、自分でやるから」
「は? まだグズグズする気なん? 余計なこと言わんとはよそこ座り」
射抜くような視線で釘を刺され、出かかった言葉を飲み込む。深くため息をつき、頭の後ろに手をやって髪を掻く直哉を横目に、言われるままにベッドの縁に腰掛けようとすると、それを追い越すように直哉の重みも隣に沈んだ。体温が混ざった白檀の甘い香りに、鼻先を擽られる。
「同じがええとかキショいなぁ。◯◯ちゃん、趣味どうかしとるんちゃう? ドン引きやわ」
お揃いにしたいだけではなくて、直哉が感じた痛みや煩わしさを私も知りたかった、というのは、端から言う気はなかった。
頭頂に手を置かれ、硬い皮膚を纏った指先が髪に通る。粗雑に角度を調整された拍子にピアッサーの針が食い込み、微かに跡がついたようなひりつきが伝わった。印をつけていないことを思い出したけれど、それを言ったらまた舌打ちを漏らすだろう。器用そうな直哉なら大丈夫か、と手放したような考えが若干の震えを薄れさせる。
バチン、バチンと乾いた響きが走った。
それに一瞬耳を塞がれた後、通りを走る車のエンジン音が空気をさき、滑らかに溢れて入り込む。
プラスチックの破片がからりと落ちた気配があり、直哉の掌が耳元から離れると同時に、案外呆気ない尖りの余韻が広がっていく。彼は私の頬を手の甲で押しやり、収まった二つのピアスを視界に入れた。
直哉はつまらなさそうに唇の端を曲げながら、それを眺める。目尻から流れた睫毛が角度を変え、密かに跳ねるのが視界の隅に映った。
「このピアス、色しか俺のと似てへんやん。やるんやったらちゃんとしぃ。後で同じの買っときや」
仄かに掠れた低い声が鼓膜を震わせる。「どこに売ってるかな」と訊きながらも、意識は別の方へ吸い込まれていく。
跳ね上がった睫毛に、片方だけが歪んだ口角と眉、そして眇められた切れ長の眼差し。隠す気もない傲慢さが目元に寄った皺一つにまで滲み出ている表情を突きつけられて、場違いな愛しさが喉元までせり上がってしまう。今この時にもその顔は僅かに変容していて、どの瞬間を切り取っても、この人は〝禪院直哉〟だ。今では直哉のことを、性格が悪いだけの、良いところが微塵もない「クズ」という単純な言葉では片付けられなくなっていた。二十八年間の一部しか表に出さない直哉が、一人の人間として、何を考えて生きてきたのかを知りたかった。
そんな思考を巡らせながら傾いた顔を見上げていると、それに気づいた直哉と視線が交差する。
「何をトロついとんの。俺が開けたったんやで? 確認ぐらいしとき」
鏡を引き寄せて映すと、理想通りの、直哉と同じ位置に開いていて。
直哉のピアスより一回り小さな銀と緑の飾りが、鈍痛を伴いながら控えめに煌めいていた。
〈了〉
