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りんごのいえ

誰とはなしに、野ざらしにされたりんごがひとつ。街を行き交う人々は、それに目を向けることもなく足早に通り過ぎていった。時折、散歩中の犬がそのりんごに鼻先を押し付けていたが、すぐに飼い主が紐を引っ張って引き摺るようにどこかへ行ってしまった。
そんな雑踏に紛れて、小さな、本当に小さな声がする。
「えっちら、ほいさ。えっちら、ほいさ」
その声はりんごの方から聞こえた。りんごの下の方、に蟻のように小さな小人が二人、りんごを押そうと頑張っている。どちらもりんごのように真っ赤な服を着ていた。どちらも似たり寄ったりの顔だ。見分けをつけるとしたら髪型が少し違うぐらいだ。
「なあアラン、こいつはちょっと重すぎる」と、巻き毛の小人が言った。
「ああボラン、こいつはちょっと重すぎる」と、おかっぱの小人が言った。
巻き毛のボランとおかっぱのアランは手を休め、自分より何十倍も大きなりんごを眺めた。
「どうだろう。先に大工仕事を終わらせちまった方が軽くなるんじゃないか」
「そりゃあいい」
ボランの提案にアランは頷いた。そしてボランとアランは腰から小さなピッケルを取り出した。元はアランがどこかから拾ってきた、人間の縫い針だった。それを小人の鍛冶屋に頼んで小さなピッケルに作り直して貰った。縫い針は小人たちの身長の何倍もあったから、ピッケルを山ほど作ることができた。山ほど作ったピッケルはお世話になっている仲間たちに配ってしまって、今ではボランとアランがそれぞれ一つずつ持っているだけだ。
「下から潜り込んで、上に行こう。屋根裏部屋から作っていけば、僕たち二人でもできるだろ」
「そうだね、ボラン」
ボランとアランはピッケルを使って林檎を下から掘り始めた。掘った先から口へと運んでいく。熟しきった林檎は甘く、そして柔らかだった。
「ああ、こんなに楽しい仕事は久しぶりだ」と、ボラン。
「ああ、こんなに嬉しい仕事は久しぶりだ」と、アラン。
食べながら、皮を少しだけ残したまま、上へ向かうはしごを作るようににりんごを掘っては食べて、掘っては食べて。
「ああ、そういえば、こんな穴を二つも作ったら、困るんじゃないか」
心配性のボランは思わず手を止めてしまった。だが、アランはそんな不安をすぐに笑い飛ばした。
「なあに、屋根裏から玄関まで直通で行ける縄梯子をかけてあげれば、子どもが喜ぶさ」
月が空のてっぺんに来る頃、ボランとアランはりんごの上の方に、ぽっかり二人が寝れるぐらいの部屋を作った。大食らいで有名なアランとボランだったが、さすがにもう食べられないと見えて、その部屋に寝転がった。
「どうしようか、アラン。僕たち二人じゃどうしようもない」
「どうしようか、ボラン。もうすぐここにはたくさんの家族が来るっていうのに」
ボランとアランは困り果ててしまったが、どうにもお腹がいっぱいで、動くことができない。とうとう、二人はその場で眠り込んでしまった。
ボランとアランが目を覚ましたのは、月がもうすぐ山の向こうへと消えてしまう頃だった。
「どうしようか、アラン。もう少しなら食べられそうだよ」
「どうしようか、ボラン。僕はもう無理そうだ」
すると、下の方からがやがやと声が聞こえてきた。アランとボランは顔を見合わせて、重いお腹を抱えてりんごの梯子を降りていった。
りんごの下にはたくさんの小人たちがいた。ボランとアランの仲間の小人たちだ。
「やあ、ボラン。手伝いに来たよ」
「ボランとアランだけじゃ、このりんごは大変だろうと思って」
「水くさいじゃないか。こんな楽しい大工仕事を教えてくれないなんて」
小人たちは初めはボランとアランの仕事を手伝いに来た理由を口々に言っていたが、だんだん自分が食べたい料理を次々と挙げるようになった。
「このりんごでアップルパイを作ろう」
「焼きりんごも作ろう」
「まてまて、ジャムも忘れるな」
そして彼らの手には、ボランとアランが渡したピッケルや、掘ったりんごを入れるための鍋や瓶がたくさんあった。彼らの中には、料理屋の親爺も混じっていた。
ボランとアランは顔を見合わせた。
「ねえ、アラン。こんなことなら初めから皆に手伝ってもらえばよかった」
「うん、ボラン。そうしたらたくさんりんごの料理が食べれたのにね」
それから小人たちは力を合わせて、りんごを掘って、少し味見をして、鍋や瓶に入れて料理屋の親爺に手渡され、料理屋の親爺が手際よくりんご料理を作り、作った傍から通りがかりの小人たちがりんごを食べ始めた。ボランとアランもお腹はいっぱいだったが、アップルパイや焼きりんごを食べながら仕事をした。
そうしてようやく、りんごの家が完成した。四階建ての広い家で、ところどころに開けられた丸い窓からは朝の街がよく見えた。備え付けのテーブルや椅子は小人たちの体にぴったりで、使い勝手が良さそうだ。あとはこれを小人の村に持ち帰って、乾燥させてから内装屋に手渡して、ボランとアランの仕事は終わりだ。これだけたくさんの小人がいるので、持ち帰るのは簡単だった。
「えっちら、ほいさ。えっちら、ほいさ」
と小人たちは声を合わせてりんごの家を担ぎ上げ、路地の裏へと消えていった。
そんなことがあったなんて、街の誰もが気づかないまま。



おしまい。
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