また君が死んだ
水鳥へ
君は僕が死んでも驚くことはないんだろう。四百回以上も僕の死を見続けた気分はどう?
君は僕の話が嫌いだと言ったね。でも僕は聞いて欲しかったよ。君に辛いことだったとしても。
気づいたトキは少なかったのかな。君の今の生活が、
「何、読んでるの?」
トキの背後に水鳥が立っていて、トキは心臓が跳ね上がった。おそるおそる振り向くと、水鳥は手にトランプを持っていた。
「ああ、遺書か。よくわからなかったな、これ」
水鳥はトキの手からチェス盤を取り上げると、代わりにトランプを握らせた。
「ちょっとこれ、しまってくるね」
水鳥は再びいなくなった。残されたトキはどきどきした気持ちを抑えながら、あの遺書の言葉を思い出そうとしていた。だがあまりにびっくりしたせいか、思い出せなかった。
しばらく待っても水鳥は帰ってこなかった。トキは心配になって家じゅうを探したが、水鳥はどこにもいなかった。庭にも行ったが、見当たらない。
とうとう夜になっても帰ってこなかった。トキは心配で落ち着かなかった。食事ものどを通らなかった。
深夜近くになって、ようやく水鳥が帰ってきた。玄関に入ってきた水鳥を見て、トキはぎょっとした。
水鳥はコートを着ていた。黒地のシックなコートだ。だがそのコートにはべっとりと赤い液体がついていた。その液体の臭いを、トキはどこかで嗅いだような気がするが、思い出せなかった。
水鳥はまるでトキがいないかのように通り過ぎようとした。トキは慌てて水鳥の腕を掴む。腕にも赤い液体がついていた。ねちょ、とした感触は不快だった。
「どこに行ってたの?」
「え?」
そこで初めてトキに気づいたらしい。水鳥は首を傾げた。
「急にいなくなるから」
「そんなことないよ。ずっと家にいたよ」
「今、玄関から入ってきたじゃない」
水鳥の顔は笑っていなかった。怒ってもいなかった。泣いてもいなかった。何もなかった。
「信じられないの?」
「え?」
「もういい」
水鳥はトキの腕を振り払うと、そのままバスルームへと向かった。そこで赤く染まったコートを脱ぎ棄て、着ている服も全て脱いで、湯も張っていないバスタブに入った。蛇口を捻って、湯を出す。温かい感触が足に伝わった。
トキがバスルームにやってきた。水鳥が脱ぎ捨てた服をまとめて籠に入れた。コートだけはバケツに入れて漬け置きをした。これでも落ちるかどうか、トキにはわからなかった。
「トキ」
バスタブの方から、水鳥の声がした。
「トキ?いないの?」
「……いるよ」
「じゃあ、一緒に入ろうよ。昨日みたいに」
水鳥の声は、いつも通りだ。さっきのできごとがなかったかのように水鳥は話している。
「……もう入っちゃったよ」
「そう。じゃあ、明日は一緒に入ろうね」
「……うん」
トキは何て言えばいいのかわからなかった。そのままバスルームを後にした。
トキが出て行った後、水鳥はぽつりと呟いた。
「う そ つ き 。」
君は僕が死んでも驚くことはないんだろう。四百回以上も僕の死を見続けた気分はどう?
君は僕の話が嫌いだと言ったね。でも僕は聞いて欲しかったよ。君に辛いことだったとしても。
気づいたトキは少なかったのかな。君の今の生活が、
「何、読んでるの?」
トキの背後に水鳥が立っていて、トキは心臓が跳ね上がった。おそるおそる振り向くと、水鳥は手にトランプを持っていた。
「ああ、遺書か。よくわからなかったな、これ」
水鳥はトキの手からチェス盤を取り上げると、代わりにトランプを握らせた。
「ちょっとこれ、しまってくるね」
水鳥は再びいなくなった。残されたトキはどきどきした気持ちを抑えながら、あの遺書の言葉を思い出そうとしていた。だがあまりにびっくりしたせいか、思い出せなかった。
しばらく待っても水鳥は帰ってこなかった。トキは心配になって家じゅうを探したが、水鳥はどこにもいなかった。庭にも行ったが、見当たらない。
とうとう夜になっても帰ってこなかった。トキは心配で落ち着かなかった。食事ものどを通らなかった。
深夜近くになって、ようやく水鳥が帰ってきた。玄関に入ってきた水鳥を見て、トキはぎょっとした。
水鳥はコートを着ていた。黒地のシックなコートだ。だがそのコートにはべっとりと赤い液体がついていた。その液体の臭いを、トキはどこかで嗅いだような気がするが、思い出せなかった。
水鳥はまるでトキがいないかのように通り過ぎようとした。トキは慌てて水鳥の腕を掴む。腕にも赤い液体がついていた。ねちょ、とした感触は不快だった。
「どこに行ってたの?」
「え?」
そこで初めてトキに気づいたらしい。水鳥は首を傾げた。
「急にいなくなるから」
「そんなことないよ。ずっと家にいたよ」
「今、玄関から入ってきたじゃない」
水鳥の顔は笑っていなかった。怒ってもいなかった。泣いてもいなかった。何もなかった。
「信じられないの?」
「え?」
「もういい」
水鳥はトキの腕を振り払うと、そのままバスルームへと向かった。そこで赤く染まったコートを脱ぎ棄て、着ている服も全て脱いで、湯も張っていないバスタブに入った。蛇口を捻って、湯を出す。温かい感触が足に伝わった。
トキがバスルームにやってきた。水鳥が脱ぎ捨てた服をまとめて籠に入れた。コートだけはバケツに入れて漬け置きをした。これでも落ちるかどうか、トキにはわからなかった。
「トキ」
バスタブの方から、水鳥の声がした。
「トキ?いないの?」
「……いるよ」
「じゃあ、一緒に入ろうよ。昨日みたいに」
水鳥の声は、いつも通りだ。さっきのできごとがなかったかのように水鳥は話している。
「……もう入っちゃったよ」
「そう。じゃあ、明日は一緒に入ろうね」
「……うん」
トキは何て言えばいいのかわからなかった。そのままバスルームを後にした。
トキが出て行った後、水鳥はぽつりと呟いた。
「う そ つ き 。」