このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

また君が死んだ

トキは、水鳥よりも早く目を覚ました。水鳥を起こさないようにベッドを出て、顔を洗いに行った。この家には洗面所がないので、バスルームで歯を磨き、顔を洗った。
台所へ向かい、朝食の準備をする。米を炊いて、サラダと味噌汁を作る。魚を買っておけばよかったと少し後悔しながら、ベーコンエッグを焼く。和風なんだか洋風なんだかわからないメニューになってしまった。
それらを全て作り終える頃、水鳥が起きてきた。相変わらず寝癖が酷い。
「トキ、おはよう」
「おはよう、水鳥」
水鳥は欠伸をしながらテーブルに座った。トキはテーブルの上にどんどん料理を並べていく。
「朝から頑張ってるね。玄米フレークでよかったのに」
「あれ、賞味期限が五年前だったよ」
「そっか。だから前、お腹壊したのか」
「……捨てておいたよ」
「ありがと」
料理が全てテーブルに並ぶ。二人は静かに手を合わせて、それを食べ始めた。
水鳥はトキが作る料理が好きだった。どのトキもそれぞれに癖があって、同じメニューでも味は違っていた。でもトキの作る料理が好きだった。だからどんなに食欲がなくても、トキの作るものだけなら食べることができた。
「おいしい?」
「うん。おいしいよ」
「よかった。ちょっと味噌汁が辛かったかな、と思ったんだ」
「ううん。おいしい」
水鳥がおいしいと言うたび、トキは嬉しそうに笑った。それを見て、水鳥も微笑んだ。
食べ終わって、トキが食器の片付けをする。水鳥はそれを黙って見ていた。
「トキは働き者だね」
「そう?」
「二百一番目のトキは最悪だった。掃除も洗濯も料理もできなかった」
「水鳥と一緒じゃない」
「だから酷いでしょ」
トキが片付けを終わるまで、水鳥は家の中をうろうろしていた。庭に置いてある鉢植えに水をやろうとしたが、もう既に枯れていた。何の花を植えたのかは忘れたが、二百三十五番目のトキに貰った種だった。
水鳥の家の庭はそれほど大きくはない。庭の隅に太い銀杏の木が生えていて、あとは雑草だらけだ。雑草を刈ろうとした二百八十七番目のトキは、雑草を恨みながら死んでいった。根の深い雑草が多いらしい。
「あ。庭にいたんだ」
トキが、水鳥を呼びに来た。トキは食後のお茶を淹れてくれたのだった。三百十三番目のトキが紅茶が嫌いだったが、大量の紅茶の缶に埋もれて死んでいた。だからその缶を全て水鳥の家の倉庫に入れておいたのだが、いつの間にか見つけたらしい。
紅茶は少し黴臭い臭いがしたが、飲めないことはない。トキは鈍いのか、おいしいと言いながら飲んでいた。
「今日は何をする?さっき庭を見ていたけど、あの雑草を刈る?」
「あれを刈っていたら大変なことになっちゃうよ。根が深くて刈っても刈ってもだめなんだ」
「じゃあ、どうする?出かける?」
「家にいたいな。昨日出かけて疲れちゃったし」
しばらく考えて、四百二十一番目のトキが大好きだったチェスがあることを思い出した。水鳥はいそいそとそのチェス盤を持ってきた。
「チェスなんてあったんだね」
「あ、でもこれ裏に……」
四百二十一番目のトキはチェス盤の裏に遺書を書いていた。
「あんまり見られたくないな」
水鳥はチェス盤をしまおうとしたが、トキが止めた。他に遊べるものもなさそうだったからだ。
「別に、裏を見なければいいんでしょ?」
「絶対?」
トキは頷いた。その後も何度か「絶対?」と水鳥は確認した。満足いくまで確認してから、水鳥はようやくチェス盤をテーブルに置いた。
「チェスのルール、曖昧なんだよね。トキ、わかる?」
「わかんない。適当でいいんじゃない?」
というわけで、適当なルールのチェスが始まった。駒の動かし方がかなり本物と違っているが、お互いチェスのルールには詳しくないので適当にチェックメイトをしたが、チェックメイトの意味も曖昧だったのでゲームにならなかった。
「無理だね」
「そうだね」
「ちょっと待ってて。何かないか探してくる」
水鳥はそう言って、新しい遊び道具を探しに行った。残されたトキは、チェス盤を片づけ始めた。
そして、ふと遺書に目がいった。見てはいけない、と思えば思うほど、見たくなった。その欲求に抗えず、トキは見てしまった。
6/9ページ
スキ