また君が死んだ
新しいトキは、スーツを新調することにした。
今までのトキがどんな格好をしていたのかはわからなかった。今のトキはスーツが着たかった。
お笑い芸人のツッコミの方が着るようなスーツを選び、金を払う。着たまま水鳥のところへ向かうことにした。
トキは何もかも覚えていないのに、水鳥のところに行くことだけは知っていた。自分がもう何人も死んでいることも、知っていた。
でも、トキがどんな人間だったのかだけは覚えていない。
前のトキはいつ死んだんだろうか。
前のトキは水鳥とどんなことをしたんだろうか。
考えても思い出せないことを考えながら、トキは水鳥の家へ向かった。
水鳥の家の前に立つと、記憶にないのに懐かしい匂いがした。生家へ帰ってきたときのような安心感があった。
水鳥の部屋に入り、すやすやと眠る顔を見る。抱き枕を抱いて、気持ちよさそうだ。トキはゆっくりと顔を水鳥に近づける。
わざとリップ音を立てて、キスをする。
水鳥はゆっくりと瞼を上げた。まだ寝ぼけているのだろうか。少しぼんやりとしている。
「……おはよう、水鳥」
「トキ?」
「うん。トキだよ」
水鳥は目を擦りながら身体を起こした。ずっと寝ていたせいか、寝癖が酷い。着ている服も、皺だらけになっている。
水鳥は大きな欠伸をしながら、身体を伸ばす。
「トキ、お風呂入ろう。もうずっと入ってないから」
「そうなの?」
「前のトキを埋めてから、ずっと寝てたから」
水鳥はトキの返事を待たずにバスルームへと向かった。
バスルームは三番目のトキのこだわりで、猫足のバスタブだった。しばらく洗ってなかったせいか、少し黴臭い。
「洗おうか」
「洗ってくれるの?」
「……一緒に」
二人は風呂掃除を始めた。トキはスーツの上着を脱ぎ棄て、腕と足を捲くった。洗剤をつけたブラシでバスタブを洗い始める。
水鳥はぼんやりしながらも、古くなったシャンプーやリンスを新しいものに取り換えた。タオルは五番目のトキが買ってきたものだったが、黴が生えていたので捨てることにした。
「どうしたの?」
ごみ箱の前で、水鳥が手を止めている。黴だらけのタオルをじっと眺めていた。
「名残惜しいような気がして。もうあのときのトキはいないのに」
「洗って使えば?」
今までのトキがどんな格好をしていたのかはわからなかった。今のトキはスーツが着たかった。
お笑い芸人のツッコミの方が着るようなスーツを選び、金を払う。着たまま水鳥のところへ向かうことにした。
トキは何もかも覚えていないのに、水鳥のところに行くことだけは知っていた。自分がもう何人も死んでいることも、知っていた。
でも、トキがどんな人間だったのかだけは覚えていない。
前のトキはいつ死んだんだろうか。
前のトキは水鳥とどんなことをしたんだろうか。
考えても思い出せないことを考えながら、トキは水鳥の家へ向かった。
水鳥の家の前に立つと、記憶にないのに懐かしい匂いがした。生家へ帰ってきたときのような安心感があった。
水鳥の部屋に入り、すやすやと眠る顔を見る。抱き枕を抱いて、気持ちよさそうだ。トキはゆっくりと顔を水鳥に近づける。
わざとリップ音を立てて、キスをする。
水鳥はゆっくりと瞼を上げた。まだ寝ぼけているのだろうか。少しぼんやりとしている。
「……おはよう、水鳥」
「トキ?」
「うん。トキだよ」
水鳥は目を擦りながら身体を起こした。ずっと寝ていたせいか、寝癖が酷い。着ている服も、皺だらけになっている。
水鳥は大きな欠伸をしながら、身体を伸ばす。
「トキ、お風呂入ろう。もうずっと入ってないから」
「そうなの?」
「前のトキを埋めてから、ずっと寝てたから」
水鳥はトキの返事を待たずにバスルームへと向かった。
バスルームは三番目のトキのこだわりで、猫足のバスタブだった。しばらく洗ってなかったせいか、少し黴臭い。
「洗おうか」
「洗ってくれるの?」
「……一緒に」
二人は風呂掃除を始めた。トキはスーツの上着を脱ぎ棄て、腕と足を捲くった。洗剤をつけたブラシでバスタブを洗い始める。
水鳥はぼんやりしながらも、古くなったシャンプーやリンスを新しいものに取り換えた。タオルは五番目のトキが買ってきたものだったが、黴が生えていたので捨てることにした。
「どうしたの?」
ごみ箱の前で、水鳥が手を止めている。黴だらけのタオルをじっと眺めていた。
「名残惜しいような気がして。もうあのときのトキはいないのに」
「洗って使えば?」