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またたび森のおねこさま

マツはそれを見た途端、柊一郎の腕から飛び出して、仲間であろう猫たちの元へと走っていった。もちろん、二本足で。アツと呼ばれた猫は、灰色の猫で、右頬に小さなひっかき傷のある猫だった。柊一郎はアツに見覚えがあった。けれどもすぐには思い出せず、思い出そうとしたところで、「柊一郎」と、後ろから声をかけられた。振り返ると、ミケがいた。
「お前、よく来れたなァ」
「どっかの誰かさんが置いていってくれたおかげで、随分と苦労したけどね」
柊一郎の小言など、どこ吹く風で、ミケは太った身体を揺らしながら、よたよたと近づいてきた。どうやら酔っているらしい。ミケの足取りが覚束ない。これが酒のせいなのか、巨体を無理に支えている二本足のせいなのかはわからないが。
「まァ、お固いことはァ、いいじゃねェか。さ、これでも飲めよ」
ミケは器用に前足で、朱色の杯を柊一郎に差し出した。
「なんだ、これ」
柊一郎は杯に入っている液体の匂いをかいだ。ちょっとクセのある匂いがした。
「またたび酒さァ」
「俺は未成年だから飲めないよ」
「なんでェ、俺の酒が飲めねェのかよォ」
ミケは鼻息を荒くした。ぐいぐいと柊一郎に杯を押し付けるが、柊一郎はそれを押し返す。
「文句なら法律に言え」
「フン、つまんねェヤツ。こんなところに来たんだからよォ、理屈なんて抜きにして楽しみゃァいいのに」
諦めたのか、ミケは杯を自分でぐい、と飲み干してしまった。
「ところで、この宴会はなんなんだ?」
「前祝いよォ。おねこさまが来る前に、俺たちが楽しまなくっちゃァいけないのサ。場を温めておかないとなァ」
ミケは柊一郎に徳利を差し出した。
「手酌ってのはいけねェや。飲めなくてもいいから、酌ぐらいしてくれ」
これを断れば面倒なことになりそうだと、柊一郎はそれを受け取ってミケの横に座り、ぎこちない手つきでミケの杯に注いだ。ミケはそれをまた、ぐいっと飲んでしまう。
「飲みすぎじゃないのか?」
「こんなの水みたいなモンさァ。あれに比べたら……」
「は?」
どういうことかと聞き返そうとしたとき、どすん、という地を揺らすような太鼓の音がした。音は、森の奥の、薄暗い場所から聞こえてきたようだ。
「おォ、始まったなァ」
もう一度、更に大きな音がして、先程まで自由気ままに話していた猫たちのおしゃべりが止む。一体何事かと聞きたかったが、酔っぱらい気味のミケですら真面目な顔で杯を地面に置いたので、柊一郎も黙った。
太鼓はどすん、どすんと、だんだん感覚を狭めて鳴った。それが、どんどんどんどんと連続した拍を刻むようになったかと思うと、しずしずと一人の少女が歩み出てきた。
白い肌に白い髪。着ている服までが真っ白だった。それよりも驚くべきは、頭に猫の耳が生えていたことだった。これもやっぱり白い。柊一郎はその出で立ちに目を見開いた。目の前にいる少女は物語の中の登場人物のような、非現実的な存在であった。
少女の後ろから、二人の女が現れた。どちらも黒髪で、頭には黒い猫の耳が生えており、少女よりも頭三つ分ほど背が高い。神社でよく見る、朱色の袴の巫女装束を着ていた。顔もそっくりで、どうやら双子のようだ。
場の空気はピリピリと張り詰めている。先程までのどんちゃん騒ぎはまるで嘘のようだった。
「皆の者。待たせたの〜。すまんすまん」
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