またたび森のおねこさま
三日月の、満月よりかなり心許ない光の下で、柊一郎はミケと歩いている。ミケの首には犬用の首輪が付けられ、その首輪に付けられたリードは柊一郎の手の中にある。
一人と一匹は、ゆっくりしたスピードで歩いている。
「なんだよ、ダイエットって」
「そうでも言わないと、お前を連れ出すなんて無理だからな」
柊一郎は母親に、デブ猫改善計画と言って、夜中の散歩を提案した。母親は普段からミケの体型が気になっていたらしく、あっさりと出かけることを許可してくれた。「奥さんも奥さんだよ。このプリチーな体を何だと思ってるんだ」と、ブツブツ文句を言うミケ以外は納得の結果だ。
柊一郎の家から三度森まで、田んぼの畦道を通って向かう。住宅街を通って行くより、ずっと近い。街灯が全くないので、柊一郎は懐中電灯を持ってきた。自分たちの足元の少し先を照らしながら、柊一郎とミケはてくてくと歩く。夜の田んぼは静かじゃない。どこからか虫の鳴く声、犬の遠吠えなんかが聞こえて、あちこちから生き物の気配が夏と秋の間の空気に挟まってひしめき合っている。柊一郎がふと空を見ると、家で見るよりずっと多い星が広がっている。いや、最近家から星を見ることが少なくなっていたから、空が広いことを忘れていたのかもしれない。
「あれは、ねこ座だァ」
ミケが言った。
「どれ?」
「あれだよ、あの動かない星の近くにあるだろ。あっちの大きいやつがおおぐま座で、小さいやつはねこ座だ」
それは、星のことをあまり知らない柊一郎でもわかる。ねこ座じゃなくてこぐま座だ。おおぐま座とくれば、こぐま座しかない、はずだ。
ミケは足を止める。柊一郎も足を止めた。暗くてミケがどんな顔をしているかはわからないが、猫らしく座って空を仰いだ。
「あれはおねこ様がねこ座って言ったんだ。だからねこ座なんだよォ。俺たち猫が死んだら、あのねこ座になるんだ」
「猫にもそういうの、あるんだな」
「そういうの?」
「なんか、死んだらお星様になっちゃうってやつ」
「そりゃあ、俺たちはァ、人間よりずっと、すげえ動物だもの」
ミケは再び歩き始める。柊一郎は後に続く形で歩き始め、ミケの足元を懐中電灯で照らした。
「お前さァ、やっぱり猫、嫌いか?」
ミケは歩きながら、柊一郎に聞いた。柊一郎は質問の意図がわからず、「なんで」とだけ返した。ミケはそれには答えず、ただ何かをごまかすようににゃおん、と鳴いた。
「なんだよ」
「なんでもにゃァい」
その態度に少し苛立った柊一郎は、軽くミケの尻を蹴った。
「痛ェ」
ミケは言葉だけ痛がって、てくてくと歩いていた。
三度森に近づくにつれ、猫の声があちこちでしてきた。
「なんか、猫、多くないか」
「そりゃ、三日月だからなァ」
声は次第に多くなり、猫以外の声が聞こえなくなる。自分の歩いている足音すら、よく聞き取らないと聞こえない。
「いや、多すぎだって」
ミケが何か言ったようだったが、にゃあにゃあにゃあにゃあ、もう聞き取れない。
一人と一匹は、ゆっくりしたスピードで歩いている。
「なんだよ、ダイエットって」
「そうでも言わないと、お前を連れ出すなんて無理だからな」
柊一郎は母親に、デブ猫改善計画と言って、夜中の散歩を提案した。母親は普段からミケの体型が気になっていたらしく、あっさりと出かけることを許可してくれた。「奥さんも奥さんだよ。このプリチーな体を何だと思ってるんだ」と、ブツブツ文句を言うミケ以外は納得の結果だ。
柊一郎の家から三度森まで、田んぼの畦道を通って向かう。住宅街を通って行くより、ずっと近い。街灯が全くないので、柊一郎は懐中電灯を持ってきた。自分たちの足元の少し先を照らしながら、柊一郎とミケはてくてくと歩く。夜の田んぼは静かじゃない。どこからか虫の鳴く声、犬の遠吠えなんかが聞こえて、あちこちから生き物の気配が夏と秋の間の空気に挟まってひしめき合っている。柊一郎がふと空を見ると、家で見るよりずっと多い星が広がっている。いや、最近家から星を見ることが少なくなっていたから、空が広いことを忘れていたのかもしれない。
「あれは、ねこ座だァ」
ミケが言った。
「どれ?」
「あれだよ、あの動かない星の近くにあるだろ。あっちの大きいやつがおおぐま座で、小さいやつはねこ座だ」
それは、星のことをあまり知らない柊一郎でもわかる。ねこ座じゃなくてこぐま座だ。おおぐま座とくれば、こぐま座しかない、はずだ。
ミケは足を止める。柊一郎も足を止めた。暗くてミケがどんな顔をしているかはわからないが、猫らしく座って空を仰いだ。
「あれはおねこ様がねこ座って言ったんだ。だからねこ座なんだよォ。俺たち猫が死んだら、あのねこ座になるんだ」
「猫にもそういうの、あるんだな」
「そういうの?」
「なんか、死んだらお星様になっちゃうってやつ」
「そりゃあ、俺たちはァ、人間よりずっと、すげえ動物だもの」
ミケは再び歩き始める。柊一郎は後に続く形で歩き始め、ミケの足元を懐中電灯で照らした。
「お前さァ、やっぱり猫、嫌いか?」
ミケは歩きながら、柊一郎に聞いた。柊一郎は質問の意図がわからず、「なんで」とだけ返した。ミケはそれには答えず、ただ何かをごまかすようににゃおん、と鳴いた。
「なんだよ」
「なんでもにゃァい」
その態度に少し苛立った柊一郎は、軽くミケの尻を蹴った。
「痛ェ」
ミケは言葉だけ痛がって、てくてくと歩いていた。
三度森に近づくにつれ、猫の声があちこちでしてきた。
「なんか、猫、多くないか」
「そりゃ、三日月だからなァ」
声は次第に多くなり、猫以外の声が聞こえなくなる。自分の歩いている足音すら、よく聞き取らないと聞こえない。
「いや、多すぎだって」
ミケが何か言ったようだったが、にゃあにゃあにゃあにゃあ、もう聞き取れない。