このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

またたび森のおねこさま

「三度森? あんたそんなとこ行ったの。珍しいわねえ」
母親は軽々とデブ猫を持ち上げ、デブ猫の背中に頬を擦りつけた。
「重くない?」
「見た目より軽いわよ。抱いてみる?」
「やめとく」
母親はデブ猫を抱いたまま縁側に座り、膝の上にデブ猫を乗せてゆっくりと撫で始める。デブ猫は気持ちよさそうに目を細めて、体をされるがままにしていた。柊一郎も母親の隣に腰掛けた。
「ね、飼っちゃおうか」
母親は、他愛のない悪戯を思いついた子どものような笑みを浮かべた。「親父の遺言はどうしたの」と言ってしまいそうなのを、柊一郎は慌てて飲み込む。
「それも、いいかもね」
飲み込んだ言葉の代わりに、思ってもない言葉が、柊一郎の口からするりと零れた。母親の顔がぱっと明るくなる。それを見るだけで、柊一郎はもうどうでもよくなった。
「じゃあ、二対一で決定ね」
「二対一?」
「お父さんがいたら、絶対に反対したでしょ」
母親はデブ猫を地面に置いて、「猫さん、タオル持ってくるから待ってるのよ」と、家の奥へと引っ込んで行った。デブ猫は勝手に家に上がろうともせずに、じっとしている。見た目よりずっと、頭のいい猫のようだ。デブ猫はしばらくそうして待っていたが、飽きたのか、ぐるぐると庭を探索し始めた。柊一郎は庭に植えられている花のことなんて一つもわからない。デブ猫は丹念に庭の奥にあるよくわからない、南国に咲いてそうな花をふんふんと嗅いだ後、
「はぎのはな、おばなくずはな、なでしこのはな。おみなえし、またふじばかま、あさがおのはな」
と呟いた。
柊一郎はどこかで聞いたことある言葉だと考えて、それが現代文の時間に習った短歌だと思いだし、そうしてようやく、非現実な事実を理解した。
デブ猫は、口の端を目一杯上げて、シシシ、と歯の間から空気が漏れたような笑い声を出す。
「反応が遅いぞォ、柊一郎。だから真莉絵に負けるんだ」
4/15ページ
スキ