またたび森のおねこさま
柊一郎は左手を見た。猫の噛み跡なんてどこにもない。自分だって覚えてもいない。でも父親が猫を追いやっていたのは自分のことがあったからに違いないのだろう。
柊一郎はしばらくそうしていたが、おもむろに立ち上がる。
「柊一郎?」
おねこさまは何をするのかという顔で、柊一郎を見上げた。柊一郎はその視線には構わず、そのままやんややんやと盛り上がっている猫たちの群れへと向かっていった。キョロキョロと目を凝らす。手近にいた灰色の猫を掴んで持ち上げる。酔っ払っていい気分になった猫が、柊一郎に向かってゲップをした。柊一郎は顔を顰めながら、その猫を元に戻した。そしてまた、灰色の猫を探す。
「よーし、ワシも手伝うぞ!」
おねこさまも柊一郎に続き、猫たちの群れへ飛び込む。酔った猫たちは、おねこさまが通っているのもわからないのだろう。ふにゃふにゃと杯を交わし、おねこさまにぶつかるのも気にする様子もない。
「ぶにゃ」
変な声がしたので柊一郎が足下を見ると、見慣れたミケが寝転がっていた。どうやら踏んでしまったらしい。幸い、厚い肉のおかげなのか、本人にダメージはなさそうだ。ふにゃふにゃと何事か寝言を言った後、すやすやと眠ってしまった。
「こんなとこで寝るなよな」
柊一郎はミケの身体を引き摺って、森の隅の木の根元に寝かせた。ミケの鼻から鼻提灯が出ているのを見て、柊一郎は思わずそれを指で割った。すると再び鼻提灯がぷわあっとできあがる。
「ふふっ」
柊一郎の頭上で声がした。見上げると、そこにはアツがいた。アツは柊一郎と目が合い、硬直する。
「アツ。降りてこいよ」
柊一郎はアツに向かって両手を伸ばした。アツは固まったままだ。柊一郎とアツはじっと見つめ合って、お互いにじっと動かずにそこにいた。
「おー、アツ、そこにいたのじゃな!」
おねこさまが、柊一郎の後ろからやってきた。
「降りてこないのか?」
おねこさまは、柊一郎とアツを見て、ニコニコしながら木を思いきり蹴飛ばした。少女の力とは到底思えない力で、木が大きく揺れる。
その衝撃に、ミケは飛び起き、アツは、木から落ちた。柊一郎は落ちてくるアツを、しっかり受け止める。アツは柊一郎の手の中で、ぶるぶると震えた。
「うむ。これでよし」
「どこがいいんだ」
アツの身体をぎゅっと抱きしめながら、柊一郎が非難した。
「だって、アツが見つかったじゃろ」
「危ないだろ、揺らして落としたら」
「猫なら木の上から落ちたぐらい平気じゃ」
「それでも、そういうのは危ないから」
柊一郎にめっ、と怒られて、おねこさまは口を尖らせた。それを見たミケが「まあ、いいじゃねェか。よくわかんねェけどサ」と慰めにもならない茶々を入れる。
「怪我しないからいいんじゃなくて、怪我しないようにしてやらないと駄目だろ」
おねこさまが俯き始めたのを見て、柊一郎は言いすぎたのかと思ったが、すぐにそれは違うのだと気づいた。おねこさまの肩は小刻みに震え、笑いを堪えているのだ。そしてとうとう噴き出した。
「ああ、もう駄目。駄目じゃ。柊一郎、隼太郎にそっくりじゃ」
それを聞いたアツもふ、と笑った。
「そういや、そうだな。あの人も、お前みたいに怒るんだ」
「それで、何で笑うんだよ」
「なんでだろうな。懐かしくて、かな」
アツはそう言って、柊一郎に身体を預けた。柊一郎は小さくため息をついて、アツの身体を撫でる。アツは、目を細めて、なすがままでいた。
柊一郎はしばらくそうしていたが、おもむろに立ち上がる。
「柊一郎?」
おねこさまは何をするのかという顔で、柊一郎を見上げた。柊一郎はその視線には構わず、そのままやんややんやと盛り上がっている猫たちの群れへと向かっていった。キョロキョロと目を凝らす。手近にいた灰色の猫を掴んで持ち上げる。酔っ払っていい気分になった猫が、柊一郎に向かってゲップをした。柊一郎は顔を顰めながら、その猫を元に戻した。そしてまた、灰色の猫を探す。
「よーし、ワシも手伝うぞ!」
おねこさまも柊一郎に続き、猫たちの群れへ飛び込む。酔った猫たちは、おねこさまが通っているのもわからないのだろう。ふにゃふにゃと杯を交わし、おねこさまにぶつかるのも気にする様子もない。
「ぶにゃ」
変な声がしたので柊一郎が足下を見ると、見慣れたミケが寝転がっていた。どうやら踏んでしまったらしい。幸い、厚い肉のおかげなのか、本人にダメージはなさそうだ。ふにゃふにゃと何事か寝言を言った後、すやすやと眠ってしまった。
「こんなとこで寝るなよな」
柊一郎はミケの身体を引き摺って、森の隅の木の根元に寝かせた。ミケの鼻から鼻提灯が出ているのを見て、柊一郎は思わずそれを指で割った。すると再び鼻提灯がぷわあっとできあがる。
「ふふっ」
柊一郎の頭上で声がした。見上げると、そこにはアツがいた。アツは柊一郎と目が合い、硬直する。
「アツ。降りてこいよ」
柊一郎はアツに向かって両手を伸ばした。アツは固まったままだ。柊一郎とアツはじっと見つめ合って、お互いにじっと動かずにそこにいた。
「おー、アツ、そこにいたのじゃな!」
おねこさまが、柊一郎の後ろからやってきた。
「降りてこないのか?」
おねこさまは、柊一郎とアツを見て、ニコニコしながら木を思いきり蹴飛ばした。少女の力とは到底思えない力で、木が大きく揺れる。
その衝撃に、ミケは飛び起き、アツは、木から落ちた。柊一郎は落ちてくるアツを、しっかり受け止める。アツは柊一郎の手の中で、ぶるぶると震えた。
「うむ。これでよし」
「どこがいいんだ」
アツの身体をぎゅっと抱きしめながら、柊一郎が非難した。
「だって、アツが見つかったじゃろ」
「危ないだろ、揺らして落としたら」
「猫なら木の上から落ちたぐらい平気じゃ」
「それでも、そういうのは危ないから」
柊一郎にめっ、と怒られて、おねこさまは口を尖らせた。それを見たミケが「まあ、いいじゃねェか。よくわかんねェけどサ」と慰めにもならない茶々を入れる。
「怪我しないからいいんじゃなくて、怪我しないようにしてやらないと駄目だろ」
おねこさまが俯き始めたのを見て、柊一郎は言いすぎたのかと思ったが、すぐにそれは違うのだと気づいた。おねこさまの肩は小刻みに震え、笑いを堪えているのだ。そしてとうとう噴き出した。
「ああ、もう駄目。駄目じゃ。柊一郎、隼太郎にそっくりじゃ」
それを聞いたアツもふ、と笑った。
「そういや、そうだな。あの人も、お前みたいに怒るんだ」
「それで、何で笑うんだよ」
「なんでだろうな。懐かしくて、かな」
アツはそう言って、柊一郎に身体を預けた。柊一郎は小さくため息をついて、アツの身体を撫でる。アツは、目を細めて、なすがままでいた。