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またたび森のおねこさま

その言葉に、おねこさまがキョトンとした顔になる。そしてミケから視線を移し、柊一郎の顔を覗き込んだ。瞳すら白く、不思議な色をしていた。柊一郎は目が逸らせず、強張った笑みを浮かべて「どうも、よろしく」と頼りなげに言った。
「お前が、柊一郎なのか?」
「ええ、まあ」
途端、おねこさまの顔がパッと明るくなる。おねこさまは柊一郎にギュッと抱きつき、首元の匂いをスーハーと吸った。
「ああ、確かに柊一郎だ。あの人と似た匂いがする」
「あの人?」
おねこさまは首から顔を離し、にっこりと笑った。
「お前の、父親じゃ」
「え?」
思いもよらない答えに、柊一郎は息をのんだ。
おねこさまは耳をピクリと動かして、森の奥の方を振り返る。あの二人の女が消えた方だ。
「お、来たかのう」
その声に合わせたかのようなタイミングで、二人の女たちが大きな樽をそれぞれ一つずつ抱えて現れた。その姿を見た猫たちは、わっと歓声を上げた。
二人の女たちはそれを地面の上にどすん、と置いた。猫たちは期待を込めた目で、おねこさまを見つめる。おねこさまはピッと背筋を伸ばして立ち上がり、猫たちに声高々に叫んだ。
「お前たち! 祭りはこれからじゃ! 三日月の酒で楽しむがよい!」
猫たちは、更に大きな歓声を上げ、皆、思い思いの杯を持って樽へと群がった。ミケも柊一郎の身体の陰から飛び出して、樽へと走っていった。
「あっ、ミケ」
「あやつは酒に目がないからのぅ」
ミケがいなくなって空いたスペースに、おねこさまは腰掛けた。柊一郎の左側に、並んで座る形だ。おねこさまは、そっと柊一郎の手を握る。その手が酷く冷たくて、柊一郎は咄嗟に手を引っ込めてしまった。おねこさまがしょんぼりと肩を落としたのを見て、柊一郎は慌てて謝った。
「ごめん。いきなりだったから」
「柊一郎は、やっぱり猫が嫌いかのう?」
「え?」
「あんなことがあったから、猫が嫌いなのもわかる。じゃがこれほどとは……」
柊一郎には何のことかわからなかった。
「ちょっと待って、何の話?」
「え?」
おねこさまはポカンと口を開けて、首を傾げた。
「やったぜェ、酒だァ」
お互いそうして固まっているところに、ミケが杯を掲げて戻ってきた。中には透明な液体が入っている。ミケはそうするのが当たり前であるかのように、柊一郎の膝に座り、その杯をチビチビと嘗めるように呑み始めた。先程呑んでいた酒とは扱いが大分違う。
「お前、俺は椅子じゃないぞ」
「今日はいいだろォ」
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