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ほぼほぼウェポン

 ウェポンが私の包丁をじろじろと見ている。彼女の両腕はいつの間にか戻っていた。
「それ、本当に包丁なんですか?」
「ああ、これは料理用じゃなくて、武器用の包丁だ」
「包丁に武器用ってあります?」
「武器じゃなかったら装備できないじゃないか」
「わかるようなわからないような」
 こんな雑談をいつまでもしているわけにはいかない。私たちは小走りになって、出口へと向かった。この牢獄のことなら詳しい。クーデターを起こす際、いつ捕まってもいいように脱出ルートは百近く想定していた。
 しばらく走ったところで、サイレンが鳴った。看守たちが脱走に気づいたのだろう。ドアを壊すときにかなり音が出ていたし、まあ、起こり得る事態ではある。慌ただしく走り回る看守の足音がした。私たちはこそこそと移動した。
 私が考えた脱出ルートなら看守にも見つからずに済むに違いなかった。私の計画は完璧だったはずだ。
 だが、いかんせん本番に弱いのが原因だろう。道に迷ってしまった。私たちは牢獄と牢獄の間の薄暗い隙間で座っていた。設計ミスなのかなんなのか、人一人しか入れないような狭い隙間で、私とウェポンは縦に並んで座った。私たちの目の前を、何人もの看守たちが通り過ぎていく。ここが見つかっていないのはかなり奇跡だ。……この状況で、奇跡なんて起こり得るだろうか。
「どうしましょうね、お兄さん」
「困っちゃったなあ」
 しばらく悩んでいると、右側からコツン、と音がした。気のせいかと思ったが、どうやら違うらしい。すぐに電報用の信号音だと気づいた。なんでこんなところでこんな信号を? とも思うが、解読してみるより他あるまい。
 信号の解読には自信があまりなかったが、「オレモ ダツシユツ シタイ キヨウリヨク スル」とのことである。どのような人間かはわからないが、このまま座りっぱなしでもジリ貧だ。協力するというのならさせてみよう。
 私は包丁を構え、口の中で呪文を唱える。それに気づいたウェポンが、口をポカンと開けてこちらを見ていた。
「お兄さん、魔法も使えるんですね」
 呪文を唱え終えると、魔力が包丁に宿る。包丁の刃が、青白く発光した。これで切れ味がとんでもなく上がったはずである。
「魔法は使えるんだが、魔力がない。これで今日使える私の魔法はほぼ終わりだ」
「優秀なんだかポンコツなんだかわかりませんねえ」
 私はサクサクと壁を切り刻んだ。魔法のおかげで、寒天を切るような軽さで、壁を切ることができる。切り進めるとすぐに光が漏れてきた。意外と壁は薄いようだった。
 牢獄の中には、男が一人いた。手錠を嵌められているものの、私よりずっと簡素な拘束である。ひょろりとした優男で、顔が長い男だった。私は男を拘束している手錠のつなぎ目を切った。
「ああ、ありがとう」
 男は自由になった腕を伸ばした。
「どういたしまして。じゃあ逃げようか」
 そこそこ大きく穴を開けたので、すぐに看守たちにバレてしまうだろう。私たちはすぐに壁の穴から抜け出した。看守たちの目を逃れつつ、ひそひそと自己紹介をする。
 男はアルシールと名乗った。貴族の娘を拐かした罪で捕まっていたらしい。相思相愛だったとアルシールは言うが、流石に相手が幼女だったと言うので信頼性がない。一応ウェポンをどう思うか聞いてみたが、「クソババア」との評価であった。とりあえず変な気を起こしそうにないので安心したが、真っ白なウェポンが、真っ赤になって怒った。
 アルシールはかなり変態ではあったが、私よりずっとこの牢獄の地理に詳しかった。彼は舌先三寸で看守たちを騙し、少しずつ情報を得ていたそうだ。彼が何かを言うたび、ウェポンは「変態のくせに生意気な奴め」と呟いていた。
 アルシールは、自分も武器が欲しいと言った。確かに、既に魔法の効力が切れた包丁とウェポンだけでは心許ない。ウェポンもそれは同意なようだった。
 彼によれば、囚人たちの武器は、ある場所に保管されているとのこと。そこは警備も手薄で入り込みやすいそうである。私も囚人であるが、囚人の武器などさっさと処分してしまえばいいのに、何故そこに集め、わざわざ警備を配置するのかが理解できない。何だか嫌な予感がするが……。ここまで来たら、もう避けては通れないのだろう。
 私たちはその武器のある場所へと向かった。アルシールは迷いなくずんずん進んでいく。確かに、看守たちの姿は殆ど見えないが、それにしたって堂々とした態度である。私の嫌な予感がガンガン増していった。
しばらく歩いていくと、「囚人用武器庫」と手書きで書かれた看板がある部屋へ着いた。随分と杜撰である。警備が手薄とアルシールは言ったが、部屋の前には誰もいなかった。
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