800字SSまとめ

 

  【最後の魔法】



「〝薔薇を塗ろうドゥードゥル・スート〟」
 俺のユニーク魔法は、味や匂いなど特定の要素に別の要素を上書き出来るが、一時的にしか効果を発揮しない、まさに子供騙しの落書きみたいな魔法だ。
「ふふ、膝枕なんて、ひとにしてもらうの、何年振りかしら」
「たまには良いじゃないですか。こんな時ぐらい俺に甘えてほしいな」
「でも、ちょっと、恥ずかしいよ」
「大丈夫、もう誰も居ない。今はふたりきりだから、な」
「じゃあ、遠慮なく甘えちゃおうかな」
「ああ、何でも言ってくれ」
「最後に、頭なでなでしてくれる?」
「……もちろん」
 まるで、休日の昼下がりに戯れ合う、恋人同士のような会話だ。
 ──あの、美しかった城のような校舎が、瓦礫の山と化していなければ。周囲に、幼馴染みや学友たちの亡骸が、転がってさえいなければ。きっと、幸福な瞬間だった。
 昼下がりの優しい陽だまりなんて無い。今は、月も姿を消した深い夜だ。グリム……いや、覚醒した強大な化け物の暴走により、俺たちの卒業式は終わったのだ。
 俺の膝の上で、穏やかな微笑みを浮かべるこのひとも、既に。──腰から下の、半身を失っていた。化け物に、呆気なく吹き飛ばされたせいだ。それでも即死しなかったのは、もう不幸としか言えまい。
 せめて、苦しまないように。激しい痛みを緩やかな温かさに感じるよう、ユニーク魔法で上書きしてはみたが……。
「トレイ君は、ほんとうに、やさしい子だね」
 もう大丈夫、ありがとう、と紡ぐ言葉は消え入りそうなほど、小さな音だった。
「ごめんね──だいすき、よ」
 ああ、なんて、ずるい真似を。最後にやっと、俺がずっと求めていた、返して欲しかった言葉を、遺すのか。酷い、ひとだ。
 本当の死人となってしまった白い肌に、ぼたぼた、何の意味も無い滴が落ちる。
 すぐ近くで、アイツが泣き叫ぶ声がした。
「……グリム、」
 大きくなったなあ、お前。つい喜んでくれるからって、俺がケーキを食べさせ過ぎたせいか、なんて。はは。
「叱ってやれなくて、ごめんな」





2020.12.12公開
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