800字SSまとめ

 

  【お姫様】



 俺と同じサイエンス部所属の三年生で、ポムフィオーレ寮の副寮長であるルーク・ハントは、ひとに独特のあだ名を付けることで有名だ。
「おや、薔薇の騎士シュヴァリエじゃあないか! 今日は特別ご機嫌のようだね」
 俺もその変な二つ名を付けられている被害者のひとり、なんだが。
「お前なあ。頼むから、その呼び方はやめてくれ、って何度も、」
「ああっ、なるほど、愛しのプリンセスを護衛中だったのだね。これは失礼、邪魔をしてしまったようだ!」
 お姫様。そう呼ばれた隣のひとを見て、俺の頬はカァッと一気に熱を帯びた。
「え? ぷりんせす、って?」
 俺が密かに想いを寄せるひと──寮母さんは、まさか自分のことだなんて微塵も思っていないようで、キョトンと目を丸くしている。
「もちろん、貴女のことに決まっているだろう? 薔薇の騎士シュヴァリエが、私にもよく聞かせてくれるのさ。その熟れた苺のような瞳と甘く蕩けそうな優しさは、まるで苺ケーキフレジエを思わせる、麗しいプリンセスだと──」
「ルーク!!」
「ははっ、少しお喋りが過ぎてしまったね。では、またの機会にゆっくり語り合うとしようか。ごきげんよう!」
 嵐のように去って行った同期生を見送り、俺は痛くなる頭を押さえた。何て事を暴露してくれたんだ、アイツは。
 恐る恐る、俯くお姫様の顔を覗き込んでみる。林檎のように赤く色付いた少女の表情が見えて、今度は俺が、驚いて目を丸くしてしまった。
「みっ、見ないで……いま、すごく恥ずかしい、から……」
 両手でパッとその表情はすぐ隠されてしまったけど、耳まで赤く熟れているから殆ど意味はない。そんな姿がなんとも堪らなくて、胸の奥が甘く高鳴った。
「……照れたお姿も可愛らしいですね、お姫様?」
「も、もお、クローバー君ったら、お姉さんをからかわないで!」
 薔薇の騎士とか、ほんと、全ッ然、柄じゃないんだが。
 まあ、愛しのお姫様を守る為なら、騎士を気取ってみるのも悪くはないかもな。





2020.12.09公開
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