800字SSまとめ

 

  【マント】



「リドル先輩……って、あれ?」
 少し用事があって、先輩の私室まで遊びに来たけれど。残念ながら、扉の隙間からひょっこりと覗き込んだそこに、彼の姿はなかった。
 無用心に部屋の鍵もかけず、どこへ行っちゃったのかな。扉が開いたまま、という事はすぐに戻って来るかもしれない。私は若干の罪悪感を抱きつつも、そっと彼の私室にお邪魔した。少し、中で待っていよう。
 ふと、彼のベッドの上で雑に放置された、上等そうな布の塊を見つけた。これは──寮服姿の彼が羽織っている、女王様の黒いマントだ。リドル先輩がこの黒を風に靡かせる姿は、とっても格好良い。私の憧れである。
 ……悪いことを、思い付いてしまった。
 私はそんな憧れの黒を、彼が不在である状況を良いことに、ふわりと羽織ってみたのだ。薔薇の匂い、それから、彼自身の砂糖菓子みたいな甘い匂いに包み込まれて、どきどきと胸が高鳴り始める。
「なんだか、リドルさんに抱き締められてるみたい……」
 ふふ、と思わず声を出して笑った。この姿で『首をはねろ』と唱えてみれば、私も格好良い女王様に見えるかなあ? なんて──。
「……おや。これはまた随分と、愛らしい女王様が居たものだね」
 くすっ、と楽しげな笑い声が耳に届いて、私の心臓は口から飛び出そうなほど高く跳ね上がった。慌てて振り返れば、口元を押さえて可憐に微笑む女王様、もといリドルさんがいらっしゃいました。
「あっ、せ、先輩ッ!? ご、ごめんなさい、これは、その!」
「ふふ、怒って首をはねたりなんてしないから、安心おし。ボクの可愛いアリス」
 先輩は私の頭をぽんぽんと撫でて、あっさり許してくれた。
しかし、彼はすぐにその手を退かすと、にこり、妖艶な笑みを浮かべて。両手を大きく広げてみせる。
「キミは本物の抱擁よりも、マントに包まる方がお好みかい?」
「……本物の方が良い、です」
「うん、素直でよろしい」
 そうして、アリスはしばらくの間、女王様のお気が済むまでずーっと、抱き締めて頂く事となるのでした──。





2020.12.14公開
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