800字SSまとめ

 

  【膝枕】



 ふわふわと、綿飴のような柔らかい髪を撫でる。俺の膝の上、もとい枕には不向きであろう硬い太ももの上、仰向けで寝転がるそのひとは、照れ臭そうに微笑んだ。
「……ちょっと、恥ずかしいね」
「俺に膝枕されてみたいって、あなたからお願いしてきたんだろう?」
「んー、そうなんだけど……」
 普段は年上のお姉さんとして、年下の可愛い男の子をめいっぱい甘やかしてくれる彼女が、珍しく"恋人"の俺に「膝枕してほしい」なんて強請ってくれたものだから。俺は喜んで、この膝を差し出した。その癖、いざ実際に体験してみたら「やっぱり恥ずかしい」なんて。頬を桃色に染めて苦笑いする恋人が、どうしようもなく可愛らしい。
 俺はこのひとの、時折見せてくれる少女の顔が好きだ。その素顔はきっと、恋人の俺しか見られない表情だから。
「ふふ、可愛いな」
 思った言葉がそのまま口から滑り落ちた。彼女の愛らしい桃の頬はたちまち林檎に早変わりして、むっと拗ねたように唇を尖らせる。美味しそうだなあ、なんて食欲と情欲の倒錯したことを思った。
「たまには、良いでしょう? お姉さんがこんな風に甘えられるのは、トレイ君だけ、だもん……」
 ああ、もう、このひとは。俺に子供っぽい姿をからかわれた、とでも思ったのだろうか? 実際は愛おしくて堪らなかっただけなのに。ずるいなあ。どうして、そうも、俺の心臓の奥ばかり甘く擽るのか。
「知ってるよ。つい嬉しくて笑ってしまっただけだから、そう拗ねないでくれ。俺の可愛いお姫様」
「ふーんだ、そんな甘い言葉には騙されません」
「はは、困ったなあ。どうしたら機嫌を直してくれる?」
「……王子様がキスしてくれたら、許してあげる、かも」
「では、仰せのままに」
 決して王子様なんて柄では無いけれど、愛しいお姫様のため、その美味しそうな唇にゆっくりと口付けた。
 とある休日の昼下がり。他愛もない恋人同士の戯れは、不思議と泣いてしまいそうなくらい、この上なく幸福な瞬間だった。





2020.12.13公開
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