800字SSまとめ

 

  【夜空】



 初めて見た時、キミの長く美しい黒髪に目を奪われた。
 ほんの一瞬、視線がぶつかって、だけど、ボクはすぐに逸らしてしまった。一目惚れをしている場合ではなかったからだ。早くあの大暴れしているモンスターを止めなければならない。淡く芽生えかけた感情に、心を奪われている暇はなかったのだ。

 初めて出会った時、あの長く美しい黒髪は失われていて、もしや別人だったのでは? とさえ疑ってしまったが──キミの持つ夜空にも似た黒い瞳は、あの一瞬、ぶつかった視線の色と同じだったから。ボクを見つめる、その瞳の中でキラキラと光る星々が眩しくて、また、ボクはすぐに逃げ出してしまった。ずっと見つめていたら、吸い込まれそうな気がしたから。

 初めて叱られた時、キミの黒い瞳に宿った真紅の炎が、ひどく恐ろしかった。
 これまでのボクを、お母様のことを、間違っているだなんて! 認められない。認めたくない。ボクが、ボクこそが絶対に正しい!! その筈なのに、ボクは間違ってなどいないのだから、どうか、やめてよ、そんな真っ直ぐな瞳でボクを見ないでくれ。その底が見えない暗闇の中へ沈み込み、何も見えなくなって、とても怖いから。ボクを見つめて逃がさない瞳は、黒は恐ろしいのに、嗚呼、何故──あんなにも美しいのだろうか。

 初めて慰めてくれた時も、キミの黒い瞳は相変わらず綺麗だった。
 ふっと細められた目蓋の隙間から、小さな夜空の中で輝く優しい星の光を見た。眩しいけれど、ボクはもう目を逸らさない。
「さあ、今度こそ、皆でマロンタルトを食べましょう。先輩のために作ったんですよ!」
 キミは嬉しそうにそんな言葉を紡いで、ボクの手を引っ張ってくれた。それは、華奢と言われがちなボクよりも小さくてか細い手なのに、ボクよりも強くて頼もしい手に思えた。けれど同時に、その手をずっと握り締めていたい、一生かけて離したくないなんて、奇妙なことも考えてしまって──。この気持ちの原因は、恐らく、きっと。
 ボクは夜空キミに、初めての恋をしたのだろう。





2020.12.04公開
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