怪物と宝物
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憎きアウールを吹き飛ばした後、フーッフーッと深く呼吸を繰り返して──おれはハッと我に返った。
「あッ、や、やべェェェッ!? 鍵奪う前にぶっ飛ばしちゃった、もっ、もしかして鍵壊れたァーッ!?」
すぐさま普段の人獣姿に戻って、気絶しているアウールに飛び付いた。黒いコートの中やマスクの下、付近の瓦礫の下なども探してみるが鍵らしき物は見当たらない。
ど、どうしよう! 怒りに身を任せてしまった事を酷く後悔しながら振り返ると、ルフィが大口を開けてケラケラ笑っていた。
「うははははっ、なんだよォ、鳥頭はおれがぶっ飛ばしてやろうと思ったのに。あ〜あ、先越されちまった〜、チョッパーやるなァ」
「笑ってる場合じゃねえよおぉ!!」
自分の失態で思わず涙目になるおれを、ルフィは相変わらずの明るさで「まあ気にすんな!」と笑うけど、それは無理だ。海楼石はダイヤモンド並みの硬度を持っている為、破壊は困難どころか不可能に近い。だから鍵を失ってしまったら、海楼石の枷に繋がれた彼女を、自由にする手が失われた事になる……。
恐る恐る、身動きが取れずにしゃがみ込むアリーシャの方を向くと、彼女はぼろぼろに傷付けられた痛々しい顔で泣きながら、でも満足気に微笑んでいた。
「チョッパー……ありがとうございます、アウールを倒してくれて……」
「お、おまっ、お礼なんて要らねえよばかやろー!? おれがただ、コイツをぶっ飛ばしたかっただけ、なんだから。それに、か、鍵、失くしたかも、しれなくて……」
「わたし、これでやっと──」
「え──?」
彼女が何か言いかけたその時、おれたちの目の前に白い花びらがふわりと舞った。
「鍵の心配なら大丈夫よ、チョッパー」
凛とした女性の声。驚いて声の方を向けば、そこには花のように微笑む心優しい考古学者──ロビンが佇んでいた。
「ロビン!! どうしてここにっ、皆は、サニー号は!? そ、それに、取引相手の海軍が近くに居るかもしれなくて、えっと、何から話せばっ、」
「ふふ、落ち着いて。話も一通り聞いていたわ、ほら」
ロビンが優雅に指差した先は、戦いで壊れた廃墟の残骸の壁。そこには人間の耳が生えていた、と確認した途端に耳は花びらのように散って消えた。
そうだ、ロビンは何処にでも自分の身体の一部を咲かせる事の出来る、ハナハナの実の能力者。おれたちの戦いの最中はこの付近に身を隠し、状況は壁に咲かせた耳で聞いて、様子を伺ってくれていたんだな。
「サニー号なら、あなたたちの上陸した場所とは反対の海岸に停泊しているわ。ブルックとウソップも無事に合流済みよ。アウール海賊団と手を組んだ海軍の船とは、そこで運悪く鉢合わせてしまったけれど、何にも問題ないでしょう。ゾロとサンジが張り切って彼らを締め上げているから、うふふ」
「えっと、それは問題ない、のか?」
「今更、海軍大佐の1人や2人、八つ裂きにしても何も変わらないわ。また少し悪名が広がるだけ」
「そうだな! じゃあ大丈夫だ!!」
うん、全然大丈夫じゃないなァ!!
ロビンの報告にルフィは「さすがおれの仲間だッ!」なんて自慢げに笑っている。皆の安否じゃなくて、今後の船旅に影響しないかどうかの心配なんだけど、まあ、でも確かに今更な話だった。
「あっ……」
急に後ろからアリーのびっくりした声が聞こえた。同時にガシャン、ガシャンと鈍い金属音が響く。
驚いて振り返ると、海楼石の枷から解放されたアリーシャが、目を丸くして立っていた。彼女の足元にはその力の意味を失った海楼石が散らばり、ハナハナの能力で咲いたロビンの腕が生えている。その手にはアウールが持っていた筈の鍵が握られてた。
「ふふっ、隙を見て盗っておいたの」
再び振り返れば、ロビンはニコリと得意げな笑みを見せた。
「うおおロビン〜ッ! ありがとう、助かったァ〜〜!!」
「ああ、ロビンさんっ、ありがとうございます!」
おれは安堵と喜びで思わずロビンに抱き着く。アリーも深々と頭を下げる。──が、丸一日ぶりに立ち上がったせいだろうか、アリーシャの足が産まれたての子鹿のようにフラついている事に気付き、おれは慌てて降りて彼女の元まで駆け寄った。
転けそうになる彼女の身体を、すぐ人型に変身して抱き止める。長時間付けられていた枷のせいで、首には赤い擦り痕が残ってしまっていた。身体中に夥しい生傷が見え、特に顔が酷く傷付けられている。彼女の柔らかな頬や左瞼が真っ赤に腫れて、口の端は切れて血が滲んでいるし、他にも多くの傷が、見ているだけで、とても、とても痛い。拘束されている間、ヤツらに殴る蹴るの暴行まで加えられていたのか。
自分の両目から涙が出ている事に気が付いたのは、彼女の傷ついた額にぼたぼたと水滴が落ちた後だった。
「あっ、ご、ごめん、おれが泣くなんて、変だよな。ごめん……」
「チョッパー……」
「でも、おれ、どうしても……悔しくて……。おれがもっと、しっかりしていたら、あの時ちゃんと、お前の手が掴めていたら……アリーがこんな、二度も傷付くこと、なかったのかな、って……グスッ、」
ようやく自由になった華奢な両手を伸ばして、アリーシャはおれの両頬を優しく撫でながら涙を掬い取ってくれる。一番傷付いているのは彼女の筈なのに、お前はどうして、こうも優しいんだろう。
「わたしは、世界一の幸せ者ですね」
「しあわせ……?」
「だってわたしは、優しいあなたに、こんなにも愛されている。ルフィさんたちにも、また、命を救ってもらった。わたし、もう皆さんにどうお礼をしたら良いか、たくさん、たくさんご迷惑を、」
「お礼なんて、おれは要らない! 迷惑なんて誰も思ってない!! アリーシャが無事で生きて、おれの隣でずっと笑顔で居てくれたら、それで良いんだよ。だから、だからもう、絶対、この先ッ、誰にもお前を奪わせたりなんて、うぐっ、じ、じないんだがらなあ! ぅ、ゔ、ゔおおおおッ」
彼女の小柄な身体をぎゅっと抱き締め、その心音と呼吸を感じていたら、おれは酷く安心してしまったようで。怪物には相応しい醜い声で、吠えるようにわんわんと泣いていた。彼女もおれにつられたのか、宝石みたいな赤い瞳からぽろぽろと小さな雫を溢していた。
そんなおれたちを慰めるように、ロビンがそっと近付いて、小柄な背中と大柄な背中をよしよしと撫でてくれた。
「私も、チョッパーの言葉に同感ね。こうして助けに来る事なんて、当たり前の事でしょう。私たちは仲間なんだもの。だから、あまり自分を責めてはいけないわ。優しいあなたたちには難しいのでしょうけれど、二人とも、ね?」
ロビンの何処か経験者染みた温かい言葉に、おれもアリーシャも小さく頷いて見せる。
よおしっ、とルフィ船長が大きく息を吐き出した。
「おれたちの宝物は無事に奪い返した! 早速サニー号に帰るぞ、チョッパー、アリー」
はいッ、と船長に揃って返答するおれたちふたりの声が、満月の下の静かな廃墟で力いっぱい響き渡るのだった。
2019.08.26