怪物と宝物
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わたしはまだ、夢を見ているのだろうか。
「おいッ、鳥頭ァ!! おれの仲間を、返せェッ!!!!」
嗚呼──わたしの夢は、旅は、ここまでなんだって、諦めかけていたのに。もう二度目はない、と勝手に思い込んでいた。わたしは知っている筈なのに、どうして一度諦めようとしたんだろう。彼らは絶対に"仲間"を見捨てたりなんて、しないのに──。
狭くて暗くて何にも見えない檻の中でも届く、ルフィ船長の声に、枯れていたはずの涙がぼろぼろと溢れてきた。
「"ゴムゴムのォ〜〜〜、"」
外の様子は見えなくとも、その力強い声が、わたしの心に再び生きる希望を取り戻してくれる。
「"
また野太い悲鳴が複数上がった。同時に、身体に感じる危険な浮遊感。どうやら船長の攻撃に、わたしの閉じ込められている木箱も敵ごと巻き込まれ、空中へ飛ばされた模様。ガシャァンッ、大きな金属音を立てて落下、わたしは檻の柱に強く背中を打ち付けた。ううっ、と痛みに唸りつつも顔を上げる。
あ……! 夜空が──満月が、見える。船長の強力な一撃に巻き込まれたおかげで、木箱が崩壊したようだ。「わああっ、ルフィ何やってんだよ!? アリーが!」「あ、悪りぃ」なんて気の抜ける会話も鮮明に聞こえてくる。
満月を隠すように現れた桜色の帽子、こちらを覗き込んだあの青い鼻は、わたしの、大好きな──。
「っ、チョッパー……!!」
「アリーシャ!! 良かった、よかった、間に合った……! こんな檻ッ、今すぐ出してやるからな!」
チョッパーはすぐに筋骨隆々な人型に変身すると、檻の柱をぐにゃんと簡単に曲げてしまった。どうやら檻は普通の鉄製だったみたい。アウールがそこまで金はかけないケチで助かった。
──が、わたしの腰を掴んでヒョイと抱き上げた途端、彼は突然ガクンと膝をついた。あぁ、そうだ、わたしの首と両手足は今、海楼石の枷で繋がれている。この鎖に少しでも触れると、悪魔の実の能力者はその特殊な力が発揮出来なくなるのだ。彼の身体はすぐに元の人獣姿に戻ってしまう。大きな腕の支えを失ったわたしの身体は、ごろりと地面に落ちる。
「クェックェックェッ! 麦わら小僧ォッ、まさかこんな宝石ひとつを再び奪いに来るとは! 恐れ入った!!」
瓦礫の中から、ペストマスクに黒いロングコートを纏ったヒョロヒョロと細長い大男──砂まみれのアウールが這い出て来た。ルフィさんがまた追撃の構えを見せるが、ヤツの部下たちがわたしとチョッパーに何丁もの銃を向けている事に気付き、動きがピタリと止まってしまう。
「だが、これ以上、私の商売の邪魔をするのはやめて頂こう。私たちはこれから、海軍の大佐殿と大切な取引があるんだ」
「海軍……!? どうして海賊のお前が、海軍と!」
「クェックェッ、泥棒トナカイめ、そう驚く話ではない。私はお前たちのせいで監獄送りにされたが、これからお会いする海軍の男に運良く命を救われてねェ……。そいつは知っていたのさ、私が──コレを持っている事に、ねェ!」
アウールがコートの中から取り出したそれは、親指ほどの大きさもないくらい小さな紙切れだった。
「生きる宝石のビブルカードだ、それは元々私の所有物だからナァ、私が持っていて当然だろう。東の海のガキどもは親に教わらなかったか? 自分の所持品にはきちんと名前を書きなさい、とねェ」
わたしを庇うように目の前へ立ちはだかった、チョッパーの背中が震えている。それは怒りから来る震え、だろうか。
「とある物好きの天竜人が、そこの小汚い宝石を買いたい! 金ならいくらでも出すぞえ〜!! なあんて美味しい事言うもんだから、クククッ、私は海軍と喜んで手を組んだ。天竜人からの前金を元手に再び海賊団を結成し、この二年間! 貴様らをずゥッと探していたのさァ、クェ〜ックェックェッ!!」
ペストマスク越しの耳触りな笑い声が夜の廃墟に反響する。アウールのコートから今度は拳銃が取り出される、その銃口は真っ直ぐチョッパーへと向けられた。
「泥棒トナカイ、お前のこともよく覚えているぞ。うちの大事な商品を全て逃した上、生きる宝石を奪い去るとは、お前のせいで私は何億、いや何兆の損をした事か。ここで今すぐその小さな脳天をぶち抜いてやりたい所だが──まあ、その薄汚れた宝石を我々に返すと言うなら、見逃してやってもいいナァ?」
ギリッ、と奥歯を噛み殺す音が聞こえた。チョッパーはわたしのそばに寄り添うと、小さな蹄付きの前足を伸ばして、ぎゅっと、拘束されたわたしの両手を包み込む。
「嫌だっ! おれはもうッ、絶対にこの手を離さないと決めたんだ!!」
涙が、どんどん溢れて、止まらない。
「──ならば、死ねェ!」
アウールの声を合図に、向けられた無数の銃口から一斉に弾が放たれる。わたしは恐怖に目を瞑る事はなく、泣き叫ぶ事もしなかった。
だって──
「"
──あなたの強さを、わたしは知ってる。
チョッパーの毛皮は満月もびっくりなほど膨れ上がり、巨大な球体に変形する。わたしは彼の毛皮の中にモフリと包み込まれた。放たれた銃弾は全てその毛皮に威力を吸収され、ぽろぽろと地面に転がる。
「効かねえ。そんなもの、おれにはもう怖くなんかねえ!!」
「クッ!? このっ、化け物め……!」
「エッエッエッ、そうだよ、おれは化け物、恐ろしい"
アウールたちが怯んだところで、ルフィ船長が動き出す。未だ銃を構え続ける部下たちの背後に回り込むと、大きく右足を横に振りかぶった。
「チョッパー、避けろよ!!」
「お、おおう!?」
船長命令に、慌ててモコモコ形態を解除したチョッパーは、再び人型形態に変身してわたしの身体をヒョイと横抱きにした。自分に海楼石が触れないようにという配慮なんだろうけど、予想外のお姫様抱っこにこんな状況でも胸が高鳴ってしまう。
「"ゴムゴムのォ、
瞬間、覇気を纏って硬化した足が高速で部下たちを振り払い、そのままわたしたちにも迫ってくる。ふたり揃って「ギャーーーッ」と無様な悲鳴を上げながら、チョッパーは瞬時にルフィさんの爪先が当たらないギリギリへ飛び退いた。
「だから危ねえって、ルフィ! おれはまだしも、アリーが怪我したらどうすんだよ!!」
「にしし、悪りぃ悪りぃ。でもチョッパーならこのぐらい大丈夫だろ、アリーのこともお前がちゃんと守るんだから安心だ!」
「うッ、ま、まったくもー! そんな風に信頼されても、うれしくなんかねえぞ、こんにゃろめ!!」
「ふふ、嬉しそうですね、チョッパー」
「うん、嬉しい……」
エヘヘ、と隠しきれずにニヤけてしまうチョッパー。だけど、すぐにその表情を引き締めて振り返り、たった1人残されたアウールを睨みつける。
「後はアイツをぶっ飛ばすだけ、と言いたい所だけど、海楼石の枷の鍵も奪わないと──」
「クククッ、泥棒トナカイの方はさすがに頭が回るようだな! そうだとも、そいつだけを奪ったところで意味はない、その宝石を自由に出来る鍵は私が持っているのだからナァ!! こんな鍵ひとつ、いつでも壊せる事を忘れるなよ、馬鹿どもが」
部下たちが纏めてやられたせいで、アウールもあからさまに動揺しているようだが、ヤツの往生際の悪さは折り紙付きである。
アウールはコートの懐から鍵を取り出すと、わたしたちに見せびらかすようにチャラチャラと振って見せた。
「さて、今度は麦わら小僧だ、私と金銭的な取引をしようじゃあないか。ここで、大人しくその宝石を手渡すのであれば、売上を少し分けてやっても良いぞォ。なあに、1割2割なんてケチ臭いことは言わないさ。そいつの懸賞金の約5倍はお前たちの懐に入る。悪い話じゃあないだろう、金はいくらあっても困るものではない! 何なら正式に契約書も用意してやろうか。ン?」
「……おれに、仲間を売れって言うのか」
ブチリ、何かの引きちぎれる音が、聞こえたような気がした。
「仲間、だァ!? クェックェッ、面白い事を言う。長い間持ち歩いたせいで、情が湧いてしまったか、残念だな。そいつはただの商品、物に愛情なんてくだらないモンかけて、何の金に──」
「お前ッ……!」
「ふざけるなァッ!!!!」
ルフィさんの声さえ遮って、響き渡るチョッパーの怒りに満ちた声。
彼の姿はいつの間にか、"
「アリーシャはもうッ、お前の所有物じゃない! 商売道具なんかじゃない!!」
船長の拳が飛ぶよりも早く、船医は力強く地面を蹴った。
「ヒィッ!? 待て待て待て、わかった、金額が足りなかったか! 良いだろう、なら、5億と5千万でどうだ!?」
「彼女はお金なんかと換えられる存在じゃないんだ!! おれの、大切な、大切なッ、」
「おっ、おい、おい! 私に手を出したら後悔するぞッ、海軍の大佐殿が黙っては居ないし、私の船で待つヒッ、ひゃくっ、500人の部下が──」
「うるせえェッ!!!!」
メリメリメリッ、巨大な角がアウールの顔面に突き刺さる。
「アリーシャは、おれの──女だぁッ!!」
"
ぐしゃり、瓦礫の山に落ちた大男の肉体。ペストマスクは半壊し、白目を向いて気絶する男の顔が覗いていた。
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