怪物と宝物
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『わ、わたしも、恋人同士のデート、してみたいです』
照れ臭そうに頬を桜色で染めて微笑む彼女の声、まるで随分昔に聞いたような気がしてくる。
次の島へ着いたら、デートしよう。恋人同士、ふたりっきりのお出掛けだ。特別な出来事なんて無くて良い、ただ、彼女の手を繋いで歩きたかった。
『うんっ、約束です』
約束──したのに。
アウール海賊団。過去に彼女の心も体も散々傷つけた海賊団と、二年ぶりの再会。もう二度と出会う事など無いと思っていたし、あの鳥頭の旗を再び見たくなんてなかった。
奴らの狙いは彼女だと、わかっていたのに。相手がガレオン船だったから、大嵐だったから、おれは悪魔の実の能力者で泳げないから、そんな事情は慰めにもならない。どうして、どうしてもっと早く気付けなかったんだ。魚人の仲間は前に居なかったからって、油断した。
あの瞬間、必死に伸ばしたおれの手は無様に空を切り、彼女の手を掴めはしなかった。
「くそッ……ちくしょう……!!」
悔しさに甲板の床を殴りつけたって、泣き叫んだって、血が滲むほど下唇を噛み締めたって、意味がない事はわかっている。それでも、この悔しさと怒りの矛先を何処へ向けたら良いかわからない。
どんどん、遠くへ遠くへ、離れていく黒いガレオン船。サニー号は大嵐のど真ん中、彼女を追いかけてはくれなかった。何故、追わないのか。それは航海士、ナミの判断だった。
敵船からゾロと共に海へ放り投げられて、嵐の中なんとか生還した船長──ルフィもそれに従っていた。
「ナミッ、頼むよ! おれだけで良い! あの船を、アリーを助けに行かせてくれ!!」
泣きながら懇願しても航海士は「待ちなさい!」の一点張り。
「今は大嵐を抜ける事に集中しなさい! アンタ1人だけで行かせられる訳ないでしょ、チョッパー。これは作戦よ」
「作戦──?」
「アイツら、よっぽど自分たちの船が自慢なのね。加えてこの大嵐、たかだが子竜1匹の為に船ごと挑み掛かるような馬鹿な真似しないだろうと、思ってるんでしょうね。こちらには多くの能力者がいるし、アリーの命を盾にされたら手も出せない、海上での戦闘はあまりにも不利だわ。私たちがこのまま諦めるだろう、と、向こうはそう考えている筈」
「そんなことッ、」
「ええ、あり得ないわ。だからこそ、今は諦めなさい」
ナミの言っている事の、半分もおれはわからなかった。諦めない為に、今は諦める?
ゴロゴロと頭上で喧しい雷が鳴る中、プルプルプルプル、気が抜けるような子電伝虫の鳴き声が届いた。ナミは手元の子電伝虫を、何故かおれに向かって放り投げる。おれは慌てて受け取り、通話に出た。
『もしもーし、こちらウソップ! シャークサブマージ3号、残り1人の乗組員除き発進準備はOKだ!』
『あ、どうも、こちらブルック。僭越ながら私もお邪魔しておりますよォ、ヨホホホホ!』
「え、ウソップとブルック!? 何で潜水艇に……」
シャークサブマージ3号はサニー号に装備されている小型船のひとつ、カッコイイ鮫型の偵察用潜水艇だ。
『おい、その声チョッパーか! 何してんだ、お前も早くシャークに乗れえ!』
「えっ、それって、つまり……」
ナミの方を向けば、彼女は打ち付ける雨も何のその、笑顔でパチンとウインクして見せた。
「一旦、私たちはサニー号に残り大嵐を抜けて、さも救出を諦めたフリをする。アンタたちは潜水艇で、こっそりとあの鳥頭たちを追っかけて。良いわね、魚人に気をつけるのよ、チョッパー」
ああ、そうだよな、この船に乗ってるヤツらは皆──。仲間を見捨てたりなんて、絶対、絶対にしないんだ!
「よォし、皆ァ!」
船長、ルフィが大嵐をも吹き飛ばさんほどに声を張り上げる。
「アリーを助けにいくぞォーーーッ!!」
「「「オオォーーーッ!!」」」
「って、このバカども! そんな大声出して、相手の船に聞こえちゃったらどうすんのよ!! 出来る限り隠密で救出すんのよ!?」
そうしておれは、アリーシャを救い出す為の第一陣として、シャークサブマージ3号へ乗り込んだのであった。
潜水艇で一定の距離を保ちながら追う事、丸一日。どっぷりと日が沈んだ頃、ようやく敵船が錨を降ろした。
ウソップが潜望鏡を覗き込み、敵船の様子を伺う。サニー号が襲われた大嵐が嘘のように、この辺り一帯は随分と波が落ち着いていた。海の上に出れば、眩しいぐらいの真ん丸お月様も拝める事だろう。
さて。辿り着いた場所は、名も知らぬ島の海岸。
当然のように港なんて無い、とても小さな島だ。砂浜の向こうには、寂れた建物がいくつか並ぶ姿が見えるだけ。どうも住んでいる人の気配は感じられない。廃村だろうか。──もしくは、あの鳥頭の海賊団に滅ぼされた島、か。
「どうだ、ウソップ! アリーの姿は見えるか!?」
「うおッ、と、ルフィ! 頭押し付けンなよ、見えねェ!!」
「おれも潜望鏡が見たい」と急かす船長を、狙撃手が「まあまあ、ここはおれ様に任せておけ」と宥める。音楽家はバイオリンを奏でながらヨホホといつものように笑うばかり。
この小型潜水艇は3人乗りだから、4人乗りなんて割と無茶をしているし、1日ずっとギュウギュウで狭くて狭くて仕方なかった。おれ、普段の姿は小柄で助かったかも。
本当はルフィもサニー号で後から追いかけて来る筈だったんだけど──。
「しかし、どうして、ルフィ船長まで乗り込んできちまったかねェ……」
「アイツはおれたちの仲間だぞ。船長が真っ先に助けに行くなんて、当たり前だ!」
ルフィは、そういうヤツだから。
仕方ないなあ、なんて溢すウソップも口元は笑っていた。
「ところで、チョッパーさん」
バイオリンの音が急に止んだかと思えば、突然視線の端にぬっと現れた頭蓋骨。一瞬ビクッと驚いたが、ブルックがおれの顔を覗き込んできただけだ。
「アウール海賊団は何故、アリーさんだけを狙ったんでしょうか。我々、こう見えても結構な首が並んでいますのに。あ、私は骨ですけど、ヨホホッ」
「それは──」
ブルックは彼女の後に仲間入りしたから、アイツらを知らないんだったな。
「……アリーシャは元々、あの海賊団の"商売道具"だったんだ」
「何と──?」
「あの鳥頭たちは、まだ幼かった彼女を攫ってリュウリュウの実を食べさせ、生きる宝石とも呼ばれるカーバンクルを作った。ヤツらは彼女を金持ちに売って、そのすぐ翌日に金持ちを襲っては彼女を奪い返し、また別の金持ちに彼女を売り、また奪い──。そういう風に、人身売買と詐欺と略奪行為を繰り返していたんだ。でも、ある日、」
話の途中、今度はにゅるんとルフィの首が伸びてきた。にしし、と自慢気に歯を見せて笑う船長。
「おれたちがアイツらのお宝、奪ってやったんだ」
アリーシャはきっと「わたしはルフィさんたちに命を救われたんです」と笑ってくれるのだろうけど、正確には船長の言う通り。
おれたちは海賊だから。伝説に語られる生きる宝石が欲しかった為に奪い、他にもアイツらの商売道具にさせられていた子供たち全員逃がした結果、怒り狂って襲い掛かってきた海賊船を一隻沈めただけである。
ブルックは納得した様子で頭蓋骨を震わせ、また陽気に笑った。
「ヨホホホホ、なるほど海賊らしいお話だ。であれば、彼らはそのお宝をわざわざ新世界まで奪い返しに来た、という事になりますか。いやはや、実に執念深い。相当に私たちを恨んでいるのでしょうねェ」
「うん。アイツら、もう海軍に捕まったと聞いてたから、安心しちゃってた……まさか、あんなデッカい船まで手に入れて、アリーだけを狙うなんて……」
──おれがあの時、しっかり彼女をこの腕に抱き締めていたら、守れただろうか。おれがすぐに気が付いていたら、手を伸ばすのが早かったら。そんな後悔ばかりが、また心の中を埋め尽くす。
ヤツらにとってのアリーは宝石、大事な売り物だ。下手に壊すことはない筈だけれど、もしも、彼女が少しでも傷付けられていたら、おれは、おれは、嗚呼、想像しただけで怒りに気が狂いそうだった。ギリリと削れんばかりに奥歯を噛み締める音、ブルックたちにも聞こえてしまったかもしれない。
しかし、後悔と不安に苛まれている場合ではない。潜望鏡を覗いていたウソップが「あッ」と声を上げた。敵船に何か動きがあったようだ。
「船から数人、鳥マスクが降りてきた。船長のアウールも居やがるぜ……。それと、何だ? やたらデケェ木箱を船から降ろしてる?」
きっと、アリーシャだ。その箱の中に彼女が閉じ込められているに違いない!
「船長と護衛らしきヤツらが数人、木箱を引き摺って廃村の方へ向かってる。他の船員どもはそのまま待機を続けているな。どうやら、この島にアジトを構えている様子でもねえし、まさか、もう──?」
早速こんな所で取引を!? と驚くが、海軍なんて来そうもない、廃村だけが残る無人島だからこそ、大金の発生する違法な取引はやりやすいのかもしれない。
「大変だっ、売られちゃう前に早くアリーを助けないと……!」
「よしっ、上陸だ野郎ども!!」
「チョッパーもルフィも待て待て、まずは潜水艇を隠せるような場所を探すんだ。取引相手と鉢合わせるのも不味いし、出来れば大人数との戦闘は避けた方が良い。アイツらの船からは離れて上陸を、」
「オヤ、大人数での戦闘を避けたら良いのですね?」
ブルックは何か良い策があるようで、慌てるウソップを無視して潜水艇の操縦桿を握り、一気に海の上──黒いガレオン船の船尾近くへと浮上した。
「あっ、悪い子の皆さんはちょっと耳を塞いでいてくださいね、ア〜ヨイショ〜っと」
常に持ち歩いているのか、持参した耳栓をおれたち3人の耳にすぽすぽと詰めるブルック。潜水艇の扉を開けて外に出ると、その軽い身体でピョーンと飛び上がり、単身で敵船に乗り込んでしまった! ブルックのヤツ何してんだ!?
一体彼は何をするつもりなのかと、ウソップが再び潜望鏡を伸ばして、敵船上の様子に目を凝らした。ウソップの目に映ったのは、優雅にバイオリンを奏でるいつもの彼の姿であった。
「何だッ、ほ、骨!?」
「オイオイ、こいつ、麦わらの……!?」
当然だけど、ざわめく船上。船員たちは銃を剣を構えるが、ブルックは彼らの敵意を気にするそぶりも見せず、手摺りの上をバランス良くカタカタと歩いていく。
「ヨホホホホ、さあさあ、良い子は寝る時間ですよ。どうぞ朝までぐっすり、気持ち良くお眠りください──。"眠り歌・フラン"」
ばたばたばた、まるでドミノ倒しのように甲板にいた船員たちが倒れていく。鼻ちょうちんを膨らませていたり、大きな口で鼾をかいていたり、ぐっすり眠ってしまったのだ。しかし彼はただ、音楽を奏でたのみ。耳栓のおかげで、おれたちには全然聞こえていないけど。
おれたちはすぐにブルックの活躍を讃えようと、詰めていた耳栓をぽいぽいと放り投げ、扉を抜けて潜水艇の上に登った。船尾の先からひょっこり顔を覗かせたブルックがヨホホと手を振っている。満月をバックにしたアフロ頭がとても頼もしく見えた。ルフィがオオーイと彼に向かって声を張る。
「やっぱスッゲエなあ、ブルックー! このでけえ船はおまえに任せたぞ」
「ハ〜イ、任されましたよ船長! 私は中に隠れている方が居ないか見回ってきます、全員眠らせたら船は何処かへ流してしまいましょう。ヨホホ〜!」
アリーさんのことは頼みましたよ、と告げて、ブルックの頭は船尾の先から姿を消した。船の奥へ向かったようだ。
「う、うむ! おれ様の作戦通りだな!!」
えっ、そうだったのか!? 思わず尊敬の眼差しを向ければ、ウソップは鼻高々に笑って見せた。
「それじゃあ、次の作戦だ。サニー号は後1時間もあれば、この島に辿り着けるようだが──お前ら、どうせ止めてもこのまま上陸するんだろ? おれは島の周りを見てくる、ヤツらの取引相手が何処かに船を止めてるかもしれねェからな。そっちはおれに任せろ」
「おう、頼むぜウソップ!」
「良いか、ルフィ。何度でも言うが、出来る限り隠密でおれたちの宝を奪い返すんだ。下手に大暴れすると、アリーが危険な目に──」
「おれはあの鳥頭、もう一度ぶっ飛ばしてくる!!」
「あーもーッ、全然聞いてねェな!? まあ、うちの船長に隠密行動とか絶対無理だってわかってるケド!!」
頼もしいブルックの姿、本当仕方ねえやと呆れ返るウソップの苦笑い、自信満々なルフィの笑顔を見ていたら、心の中の不安なんて、あっという間に解されていく。
ルフィが麦わら帽子をぐっと深く被り直した。おれも真似をして、ドクターから貰った帽子のつばをぐいぐいと整えてみた。
「よし、今度こそ上陸だ。アリーを奪い返すぞ、チョッパー!」
「おおッ!!」
2019.08.25