麦わらさん家のマスコット
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恋人同士の苺味
もうすぐ、皆大好きおやつの時間だ。
きっとこの時間なら、彼と二人で話せる隙がある筈。そう願いながら、恐る恐る、おれはキッチンの扉をゆっくりと開けた。
キィ、と金具の擦れる音を聞いて、すぐさま振り向き揺れる金色の髪。その黒く真っ直ぐな左目は、おれの姿を認識すると、嬉しそうに細くなった。
「お、チョッパー! 丁度良いとこに来たな、少し味見を頼まれてくれねえか」
「なあ、サンジ──」
「……うん?」
いつもなら喜んで味見役を請け負うところだけど、今はどうしても、そんな気分にはなれなかった。
「あの、さ。えっと、相談したいことがあるんだけど、少し良いか?」
「おれに? 構わねえが、そんな顔赤くしちまってどうしたよ。どうも船員たちの体調管理についての相談、……って訳じゃあ、無さそうだな」
にんまりと面白がるように笑ったサンジは、どうやらおれの相談事を既に見透かしているようだ。す、すごい。さすがは"恋はいつでもハリケーン"という名言(?)を体現している男だ──!
とりあえず座れよ、とサンジの快い提案に頷き、おれはカウンターの椅子によじ登る。ここからはサンジの料理している姿がよく見えて、楽しい。今日のおやつは何だろう、焼きたてのケーキらしき甘い匂いがする。さっきは気分じゃないとか言ったけど、やっぱり美味そうだなあ……。
「──で、何の相談だ? まあ、聞かなくても大体わかる。いくら、うちの優秀な船医さんでも、恋という難病には勝てないさ」
「うん、実はそう、恋煩いで……。って、何でわかるんだ、サンジ! すっげえー!?」
純粋に驚いた。サンジは恋煩いの専門医なのか、と問えば「チョッパーはわかりやすいからなあ」と苦笑いされてしまったけど、おれ、そんなに表情に出てたのか。うわわ、なんか、はず、恥ずかしい。
「み、みんなには、秘密にしてくれるか!?」
「(秘密と言われても、既に察しの良い奴らは勘付いているが……)おう、モチロンだ」
「ありがとう、サンジ! じ、実はおれっ、こ、こっ、こここ恋人が出来たんだ!!」
「ほう、お相手は? もしやアリーちゃ、」
「ひ、秘密だ!」
「くくっ、そうか。じゃあ聞かないでおこう」
サンジのやつ、なんかやたらニヤニヤしてるけど、まさかアリーシャが恋人だってバレてる? いやいや、そんな訳ねえよな、まだ照れ臭くて誰にも話してないってアリーも言ってた。
「──おれ、恋人同士ってどうしたら良いのか、よくわからなくて」
大好きなあの子に愛を告げられて、おれも特別な感情に気が付いて、晴れて恋人同士になったは良いものの──あれから、別に何も変わったことはなかった。
恋人になる前から、彼女とは一緒にいる時間が多かった。ご飯を食べる時も、町へ出かける時も、夜眠る時も、何か事情がない限りはいつもふたり。それは今も変わらないし、これからもずっと一緒で在りたい。
まあ、少し変化はあったけど、それはおれの心の中だけの変化。アリーシャが、ゾロの膝の上でお昼寝している姿や、トラ男にモフモフされている姿を見ると、なんか、嫌だ。仲間同士で仲良しなのは良い事なのに、ちょっと不満。何故か胸の奥がモヤモヤする事は、前より随分と増えた気がする。
おれはまだ愛や恋という形の見えないものに対して知識が少ないから、例のモヤモヤする感情の正体も掴めないし、これ以上の幸せが想像出来なくて難しいんだ。
「はー……聞いてるだけで胸焼けしそうだ。そうかあ。人間で言ってもまだ17歳ぐらいだったなあ、お前。青いなあ」
「む、青っ鼻ばかにすんな!」
「鼻の話じゃねえよ」
サンジの長い指でツンと軽く鼻先を突かれた。何すんだよ、もう。
「相談する相手を間違えたな、チョッパー。そういうことは可愛い恋人ちゃんと相談した方がいい」
「エェッ! 聞けないからサンジに相談してるんだぞ!?」
「しかし、お互いの気持ちを話し合うってのは大事なことだ。例えずっと前から仲の良い関係で、お互いの辛い過去まで知っていたとしても、恋人になった今だからこそ話せる事や知り得る事はたくさんあると思うぜ? 相手が自分に望んでいることも、聞けるかもしれない。そうしたら自然と、どうしたら良いか、なんて悩みは解消されるだろ」
「確かに、そうだけど。かっこ悪いとか、思われないかな?」
「男だからリードしてやりたい、って気持ちもわかるが、無理に背伸びしてもロクなことないぜ。せっかく恋人同士になれたんだから、お前もふたりでシたいことのひとつやふたつ、あるんだろ? どうしたら、なんて悩むよりも実践に移してみろよ。だが、無理やりは駄目だ、無理やりは。レディは花のように硝子のように、己の何よりも大切に扱え。良いな?」
「お、おう!」
アリーと、してみたいこと、か。
「おれ、次の島へ着いたら街に出て、こっ、恋人同士の、デートがしたい、ふたりっきりで。手も繋げたら、幸せだなあ。エヘヘ」
「……ほんと可愛いヤツだな、お前」
「うるせえー! にっ、ニヤニヤすんな!!」
サンジの大きな手が、今度は優しくぽふぽふと帽子越しにおれの頭を撫でた。
「さて、わかったらサッサとアリーちゃんにデートの約束でも取り付けてこい」
彼はそう言うと、おれの目の前に鮮やかな手つきで一皿置いた。真っ白清潔な皿の上で、狭そうに鎮座するフワフワ大きなホットケーキ。しかも三段重ねという豪華さ。桜色したホイップクリームが山のように盛られて、色とりどりの赤や紫のベリーも飾られた様は、まるで宝石みたいだ!
「わああっ、うまそー!! 今日のおやつはホットケーキかあ! でも、こんなにたくさん、さすがにおれひとりじゃ食えねえぞ……?」
ルフィなら一口だろうけど、と苦笑すれば、またサンジにツンツンと鼻先を弾かれてしまった。
「ばか言うんじゃねえ。これはお前と、可愛い可愛いアリーちゃんのふたり分に決まってんだろ?」
「あ……!」
「美味いモンでも一緒に食ってりゃ、照れ屋のお前も自然に会話が弾むだろうさ」
ニッと歯を見せて笑うサンジが、いつもの何倍もかっこよく見えた。
──って、やっぱりおれとアリーシャの関係もうバレてる!! ……まあ、いっか。
「ありがとう、サンジ!」
「おう、どういたしまして。気をつけて持って行けよー?」
トコトコ、トコトコ。
アリーシャを探して、船内を歩き回る。木製トレーに乗せた甘い甘いホットケーキの匂いに誘われ、ふらふらと近付いてきたルフィから身を隠し、すれ違ったロビンから微笑ましげに見守られながら、辿り着いた先は甲板。
手摺りに肘をついて、ぼんやり海を眺めている彼女の後ろ姿が見えた。海風に撫でられて靡く、淡いエメラルドグリーンの髪。しばらくその美しさに見惚れていたが、手元の甘い匂いを思い出してハッと我に返る。
「アリー! おやつの時間だぞー!」
すぐにこちらを振り返った赤い瞳。おれの手元のホットケーキにも気が付いて「わあっ」と嬉しそうに瞳を輝かせた。
「今日のおやつも美味しそう! でもチョッパー、凄い量ですね……。こんなにたくさん、ひとりで食べるんですか……?」
「ち、ちがうって! サンジがアリーと半分こして食えって、たっぷり盛り付けてくれたんだ」
「まあっ、そういうことでしたか。ふふ、嬉しい。あ、わたしの大好きなイチゴも乗ってる!」
「ほらほら、はやく一緒に食べよう!」
メインマストにくっ付いたベンチへ木製トレーを置いて、おれたちはホットケーキを挟むように腰掛けた。サンジが添えてくれたナイフとフォークを使って、彼女は丁寧に切り分けてくれる。
「あれ?」
「どうした?」
「いえ、このホットケーキはふたり分の筈なのに、ナイフとフォークは1セットだし、小皿も付いてないなあと思って、」
変だなあ。いつものサンジなら、人数分の食器を添え忘れるなんて有り得ないけど──。
お皿貰って来よう。そう思ってベンチを降りようとしたが、待ってください、とアリーシャに引き止められた。
突然、ずいっと鼻先に突きつけられた、ふわっふわのホイップクリーム。
「……おくち、開けてください」
目線だけで彼女を見上げると、照れ臭そうに微笑む桜色が見えた。──可愛い。そう思った途端、おれの胸が急に熱くなる。え、なん、何なんだ、ぼぼぼっと体の奥から熱が溢れてくるようだ。
「こ、恋人同士って、こんな風に、あ〜ん♡ なんて言いながら、食べさせ合いっこしたり、するんですよね?」
「そ、そっ、そうなのか!?」
何故、食器がふたり分きちんと添えられて無かったのか。サンジが別の方面で気を利かせてくれた事、ようやくわかった。
「いつか訪れた街で男女が仲睦まじげにしている姿を見て、こういうこと、してみたかったんです……。嫌、でしたか?」
おれは慌ててブンブン首を振り、目の前のホイップにぱくんっと食い付いた。
たったひとくちで幸せに昇天しそうなクリームと、ふかふかのホットケーキがよく合って、混ざっていたブルーベリーが弾ける。甘くて、酸っぱくて、やっぱり甘い。口元が自然とだらしなく緩む。
「……エヘヘ、うまい」
さすがはサンジの作ったデザートだ。それに彼女が食べさせてくれたおかげだろうか、ますます幸せで満たされた気分。
おれはヒョイッと彼女の手からフォークを奪って、真っ赤なイチゴに突き刺した。
「アリーも、ほら。あーん!」
さっきの彼女を真似して、その口元にフォークを差し出す。途端、彼女の顔がイチゴ色になる。恐る恐る、クリームを纏ったイチゴを食んだ。おれのすぐ間近で、ふにゃふにゃと緩んでいく彼女の表情は、ほんとうに可愛くて可愛くて。
「ふわあ、美味しい……! さすがはサンジさんです、天に召されそうなくらい幸せな味ですねえ、うふふ」
「エッエッエッ、お前は本当にイチゴが大好きだなあ!」
「それもありますけど、チョッパーが食べさせてくれたから、普段食べるイチゴの何倍も幸せなんです」
「なっ、なんっ!? そ、っんなこと言われても、う、嬉しくねえぞこんにゃろー! もっとイチゴ食うか!?」
「はい、頂きますっ」
二個目のイチゴを心底嬉しそうにもぐもぐと食む彼女。今度はわたしが、じゃあ次はおれが、なんて食べさせ合っている内に、ホットケーキはいつの間にか半分も消えていた。
「なあなあ、アリー! ふぎほひまひふいはあ、へーほひほふは!!」
「もう、チョッパーったら。頬袋作ったまま喋っちゃ何にもわかりませんよ、ふふ」
口いっぱいのふわふわをゴクンと飲み込んで、改めて彼女の目を真っ直ぐ見上げる。
「次の島に着いたら、デートしよう!」
「で、デート……!?」
「本屋を見に行きたいし、お前も装飾品店とか宝石商とか探すだろ? その、……手え繋いで街を歩けるだけでも、おれ嬉しいな」
フォークを握っていない方の前足をそっと伸ばして、彼女の華奢な手に蹄の先で触れる。しかし、なかなか答えが返ってこないので、少し不安になって「ダメだった?」と首を傾げながら、もう一度問い掛けてみた。
彼女はイチゴ色の顔のまま、ふるふる首を横に振る。そうして、伸ばしたおれの前足を、きゅっと柔らかく握ってくれた。
「わ、わたしも、恋人同士のデート、してみたいです」
「ほんとか、やったあ! 約束だぞ!」
「うんっ、約束です」
ああ、恋人同士って、不思議だ。付き合う前よりも、色んなことが何倍も幸せだ。
ドキドキしたりモヤモヤしたり、心の中は忙しいけど、それ以上に嬉しいことがいっぱいなんだな。これからどうしたら良い、なんて悩んでる暇ないや。アリーシャと二人でやりたいことが、いつまでも尽きそうにないんだ。
サンジは相談する相手が違うと言ったけど、やっぱり相談して良かった。美味しい料理は心を素直にしてくれる。後で改めてお礼をしよう!
へへっ、デート楽しみだ。はやく次の島に着かないかなあー!
2019.08.23