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恋煩いの治療法
「恋煩いをご存知ですか」
チョッパー先生、と鈴を転がすような声で呼び掛けられた。何かの聞き間違いかと思い、読み耽っていた医学書から顔を上げて、不思議に首を傾げながら背後の彼女へ振り返る。
「鯉? 何の病なんだ、それ。アリー、もしかして、どこか具合悪いのか?」
そういえば、彼女の耳や頬は何故かほんのりと赤いし、おれと目を合わさずに俯いている。どうしたんだろう。熱でもあるのだろうか、心配だ。
大丈夫か、と声を掛けながら椅子から降りた。トコトコ彼女の足元まで歩いて、今度はその赤い顔を見上げる。ようやくおれと目の合った瞳は潤み、今にも大粒の涙が溢れそうで──
「えっ、エッ!? ど、どうした! 何で泣きそうなんだっ、泣くほど痛いのか!? 苦しいのか!?」
慌てて問いかけるも、彼女は首をブンブン横に振って「大丈夫です」と震えた声で嘘をついた。正直、腹が立った。そんなに顔を赤くして、息苦しそうに胸元を押さえて、ぼろぼろと涙を流して、大丈夫な訳がない!
「医者に嘘をつくな!!」
思わず声を張り上げてしまった。ビクッと震える彼女の肩を、大きな人型に変形して両手でガッシリ包み込む。
「ちょっ、ぱー、あのっ、」
「どうしてずっと言わなかったんだ、そんなっ、泣くほどに酷い症状なんだろう!?」
「きゃあ!」
彼女の悲鳴が響く、おれがいきなりそのか細い身体を抱き上げたから驚いたんだ。でも今は許して欲しい、緊急事態だ。
患者用の真っ白清潔な寝台へ、そっと彼女を寝かせる。「待ってください、チョッパー、落ち着いて、あのね、違うんです、」彼女がまた何か言い訳をしようとしても、おれは聞かなかった。
黙々と、マシュマロのように柔らかな彼女の体に触れる。額、頰、首に手を這わせ、そして胸元へ耳を当てた。やはり体温が少し上昇しているし、心音がやけに早い。ん? 今、何故か余計に、早まったような……。
「や、やめて、ください。余計、酷くなって、しまいます」
「えぇっ! 何でだ!? 触れてもいけない病気なのか、それじゃあ触診も難しいな」
「いいえ、あの、チョッパーじゃなくて、他の方なら平気、なんですけれども、」
「おれだから駄目なのか!?」
はっ、まさか!
「トナカイアレルギー……!?」
そんな、おれ、アリーシャにギューってされたりナデナデしてもらうの、大好きなのに。
あからさまにショックを受けてしまった事が顔に出ていたのか、今度は彼女が「だから違うんです!」と声を張り上げて、寝台からゆっくり上半身だけを起こした。病気を否定するように、巨体のままのおれにぎゅっと抱き着いてくれる。
「ごめんなさい、紛らわしい言い方をしてしまって。わたしの病気は、そういうものではなくて、チョッパーの前でのみ症状が出ます。でも、あなたにしか、治してもらえない……」
「おれだけに治せる、病?」
「はい。サンジさんが、教えてくれました。"恋はいつでもハリケーン"なのだ、と」
恋煩い。それはとある女人のみが住む島では、歴代の皇帝たちを苦しめ続けた病。場合によっては死に至る、恐ろしい病らしい。誰かを愛することにより発症するもので、体温の不自然な上昇、食欲不振、不眠、注意散漫などの症状が見られる。
──って、おれもサンジから話を聞いたことあるぞ。実際、あいつは恋煩いに似たような症状で魚人島で死にかけた。でも、おれには症状を緩和させることは出来ても、完治は難しいって言ってたぞ。
きちんと説明してもらえたら、おれだって知っていたのに。どうして彼女は、医者じゃないサンジを頼ったんだろう。彼女が恋煩いであるならば、それは彼女に愛する人が出来たという話で。何でだろう、すごくモヤモヤする。なんか、いやだ。
「わたし、あなたが好きです」
突然、小さな声で告げられた言葉。
どきん、どきん、自分の心音が煩い。おれの胸に埋もれてしまって、彼女の表情は見えない。ただ、熱くて、あつくて、この辺りは涼しい海域なのに、変だ。
「──え、」
「ごめんなさい、ごめんなさい。チョッパーはミンク族の……ミルキーさん、みたいな、美しいトナカイが好みだって知ってます。けれど、その姿を見て、わたしは今更自覚してしまった。あなたにずっと、恋煩いしていたことを。種族も違うわたしでは、叶わない恋だとわかっています。でも、せめて、この気持ちを、」
伝えておきたかった、そうもしなければ──わたしは死んでしまうかもしれないから。
彼女はそこまで言うと、急にパッと顔を上げる。ぐしゃぐしゃに泣きじゃくった顔を、必死に引きつらせて作った、不器用な笑み。ちくり、ちくり、心臓が痛くなる。彼女はおれの身体から離れて、寝台を降りた。
「お話、聞いてくれてありがとうございました。先生」
明日にはきっと元気になっていますから、大丈夫。またそんな嘘をついて、歪んだ笑みで背を向ける彼女。
「あッ──待って、行かないでくれ!」
おれは咄嗟に彼女の細い腕を引き止め、その寂しそうな背中を抱き締めていた。アリーシャは人型のおれより一回りも、いや二回りも小さくて、ああ、少しでも乱暴に扱ったら簡単に壊れてしまいそうだ。それでも、逃さないように、逃げないように、腕の力を強めた。「ちょっぱー、いたい、」泣いてる彼女の声だ。おれ、何してるんだろう、自分でもよくわからない。でも、今こうして引き止めなきゃ、良くない気がしたんだ。
「まだ診察が終わってない、だろ」
「……わたしは、もう、大丈夫だから」
「おれがっ、大丈夫じゃない!」
「えっ、ええ?」
さっきから、おれ、身体が熱い。心臓もどきどきばくばくして、彼女の泣いてる姿を見ることが苦しくて、お前がどっか行っちゃうのすげえ嫌なんだ。
ミンク族のあの子にメロメロになった事は確かで、恋を覚えたきっかけもあの時だった。けれど、彼女に感じる気持ちとは、何処か違う気がするんだ。もう絶対離したくないって、思う。
「おれも、好きだぞ! お前のこと、大好きだ!!」
「……チョッパー、それはきっと、仲間やお友達の、意味でしょう?」
「違う!! たぶん、違う。おれにはまだ、サンジやお前の言う、恋とか難しくて、よくわからない感覚もあるけど……それでも、確かに違うとわかるんだ」
お前はおれと種族が違うと言った。でも、おれはトナカイでも人間でもない、怪物だ。でも、そんなおれを……お前に好きって言ってもらえたこと、すごくすごく嬉しかったんだぞ!
「ありがとう! 幸せな男だあ、おれは。エッエッエッ」
「……ぐすっ、うぐっ、」
「なっ、なんでもっと泣くんだ!?」
「これは嬉し泣きです、先生。もう、本当にあなたは、優秀なお医者さまですね」
「ば、ばかやろっ、そんなに褒めても嬉しくなんかねえぞ、こんにゃろー♪」
「ふふ、嬉しそう」
「──うん! 嬉しいぞ!!」
こんなに幸せな病なら、ずっと治らなくて良いかも──なんて、ドクターに言ったら怒られるかなあ。えへへ。
2019.08.16