人誑しな助手と司書ちゃんの話
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帝國図書館第弐特務司書仮名・国木田陽子
童顔で低身長な21歳
ビー玉を錬成する程度の錬金術師
前向きで明るく勢いのある性格
助手によくセクハラしては怒られる日々
何故か本名を頑なに隠している
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さみしがりやの相合傘
すっかり花を散らせて緑に染まった桜の木々が、夕焼けを浴びてキラキラ揺れている放課後。
私は新入生を迎えたばかりのぴかぴかの教室からすぐに抜け出して、新しく出来た友達からのカラオケのお誘いも断って、だけど玄関には向かわない。たんたんたんっとリズミカルに階段を上がって、スキップをしたくなるような気持ちで廊下を早歩き、帰宅に急ぐ上級生の波を掻き分けて辿り着いた。私の大好きな大好きな先輩のいる、二年四組の教室。
開け放たれた扉からひょっこり顔を覗かせる。廊下側のちょうど真ん中辺りの席に、どんな季節でも散ることのない綺麗な桜色が見えて、ますます嬉しくなった私は「どっぽせんぱい!」と早速声をかけた。二年生の教室でも関係なく中へ入る。
「いっしょに帰りましょー♡」
「あー、陽子……悪いな、今日は駄目だ」
だけど、先輩は心底怠そうな溜息を吐きながらそう言った。私はあからさまに悲しい顔をしてしまったのだろうか、先輩が「捨てられた子犬みたいな顔してるぞ」とくつくつ笑う。せんぱい酷い! 私にとっては笑い事なんかじゃないのにー!!
「や、やです、どっぽせんぱいといっしょに帰ります、今日は新聞部お休みって言ってたじゃないですかあ!」
「部活は休みだけど、運悪く教頭に呼び出されちまってさー」
「……先輩、また紅葉先生の授業中になんかやらかしたんすか」
「いやいや、独歩さんは至極真面目に庭でひとり自習をしていただけだぜ?」
「もー! 新学期早々なにサボってんすか、絶対お説教長引くフラグじゃないですか、やだー!!」
独歩先輩が言うに、尾崎紅葉先生の授業は古臭くて退屈で仕方ないらしい。あんな授業に出るくらいなら天気の良いお外へ散歩に出た方がマシなんて、変なところで不良生徒な先輩だ。
「悪いけど今日は先に帰ってくれ」
「嫌です」
「帰れって」
「いーやーでーすー!」
しばらくそんな言い合いが続いた。
「教頭の説教長くて厄介なんだ、恐らく小一時間は待たせるぞ? 最近は、例の白い幽霊の出現頻度も増えてる。危ないから、アンタは先に──」
ぽふぽふと私の頭を撫でてくれる先輩の大きな手。嬉しいはずなのに、幼子を宥めるようなその手つきが悲しくて、目頭がじんわりと熱くなる。だって、だって。
「私、独歩先輩の居なくなった中学三年生の1年間、ずっと……さみしかったんですよ。お嬢様系の学校に無理やり通わせようとする両親の反対も押し切って、先輩と同じ高校にようやく入学出来て……今日、久しぶりにせんぱいと、ふたりでいっしょに帰れるんだって……楽しみに、してたのに……」
じわりじわりと目の奥から熱が溢れ出しそうになり、慌てて先輩に顔を見せまいと咄嗟に俯いたけれど結局、ぐすっ、と小さく泣き声を漏らしてしまった。
「ウワー、独歩サイテー」
「酷いよ、国木田……はるちゃんを、泣かせるなんて……」
「だから、紅葉先生の授業もちゃんと真面目に聞いとけ、って言ったのに。なあ、藤村? こりゃあ、はるちゃんにお詫びのアイスぐらい奢ってやんなきゃ許されないよなあ?」
「そうだね花袋、ワッフルコーンにレギュラーサイズのダブル乗せぐらいは奢ってあげるべきだね」
ひそひそ、と私の背後から聞き覚えのある声が聞こえる。田山花袋先輩と、島崎藤村先輩の声だ。そんな友人たちの責めに堪え兼ねたのか「あー! もー!」と独歩先輩が突然大きな声を上げて、わしゃわしゃ私の頭を雑に撫で回した。うわわ!?
「……ごめん、陽子。また、待たせちまうけど、良いんだな? なら、いっしょに帰ろう。教頭の話なんてさっさと終わらせて来るから、待っててくれ」
「え? あ……っ、は、はい! 待ってます、陽子ちゃんは待ての出来る良い子ですから、任せてください! えへへっ」
悲しい気持ちが一瞬で吹き飛んで、私は思いっきり笑って見せた。独歩先輩は何故か驚いた顔を赤く染めて、かと思えばまた「あー、もー」と唸りながらそっぽを向いてしまい、恥ずかしそうに口元を押さえている。先輩の一連の行動の意味が、私にはよく理解できなかった。
「ははーん? 独歩のやつ、はるちゃんがあんまりにも健気で愛らしいから、堪えられなかったな」
「照れ臭くて黙ってるけど、内心は『独歩さんの恋人がこんなにも可愛い』とか、言ってるんだろうね……」
ひそひそ、ひそひそ、とまた私の背後から花袋先輩と藤村先輩の声が聞こえる。独歩先輩はふたりを「そこの野次馬共うるせえぞ!」なんて怒鳴り付けていたけれど、顔が開花した椿のように赤いままだったから少しも怖く無かった。
独歩先輩が嫌々職員室へと向かった後、暫くは花袋先輩と藤村先輩も私と三人で教室に残ってくれた。
彼らも中学時代から仲良しの先輩たちであったから、久しぶりに色々とお話出来て嬉しかった。花袋先輩は「なあなあ、新入生で可愛い女子、結構居たよな。ちょっと紹介してくれないか? 俺は新年度版帝國学園美少女目録を作りたいんだッ……!」とのことで、うん、なんと言うか相変わらずだった。藤村先輩も「学校、まだ慣れないでしょう。困ったら、いつでも声掛けて、ね」なんて、今でも優しいお兄ちゃんみたいでほっと安心する。
だけど教室から私たち以外誰も居なくなった頃、花袋先輩は「あっ、悪い! この後バイトがあるから、また明日な!」と帰って行って、二人になった。
教室で待ち惚けして三十分ぐらいが過ぎた頃、藤村先輩も「ごめんね。僕も生徒会に取材の予定があるから、行かなきゃ……」とふらり出て行って、とうとう一人になった。
窓の向こうに目を向ければ、真っ赤な夕焼けがもう半分沈みかけている。誰も居なくなった教室の中は薄暗く、夕焼けに照らされた私の影だけが異様に長く伸びていた。ひとりきりだからだろうか、教室の隅や自分の背後、カーテンが隙間風で微かに揺れる音さえも、妙に気になり始める。先輩たちにやたらと聞かされた"白い幽霊"の話を思い出して、大袈裟にもぞくりと背筋が震えた。
「いやいや、幽霊なんて……あはは、まさか、そんな……ねえ?」
誰も居ないのだから聞いても答えが返ってくる訳もないのに、何か喋っていないと不安だった。
こんな静かな夕暮れには、白く缺けたおどろおどろしい幽霊が何処からともなく現れるとか、自分とそっくり瓜二つのドッペルゲンガーに出会うとか──そんな信憑性のカケラもない噂話、本気にしても仕方ないとは思うけど……わ、私は、幽霊やらゾンビやらとにかく怖い話が大の苦手……なのです。しっかり良い子で待っていると約束したけれど、か、かえりたい。正直めちゃくちゃこわいです。先輩、早く戻って来ないかなあ、うう。
じっとしているのも落ち着かなくて、普段は入る事なんてない二年生の教室をとりあえずうろちょろ歩き回ってみる。まあ、新学期が始まったばかりの教室には、これと言って珍しいものは何もないのだけど。独歩先輩の隣の席の女生徒の名前を無意味に確認して、羨ましいな〜と思ったり。花袋先輩や藤村先輩の席を探してみたり、掲示板の張り紙をぼんやり眺めたりなどしていた。
そうしてなんとなく黒板に近付いた時、ふと目に映ったのは大好きな先輩の名前だった。
「あれ、先輩、日直だったんだ」
まだ今日の日付が残ったままの黒板、そのすぐ下に日直"国木田"と几帳面な字が書かれていた。隣には先程確認した女生徒の苗字が丸っこい字で並んでいて、ちょっとだけもやもや嫉妬を覚える。黒板拭きで彼の隣をえいっと消した。代わりに白いチョークで佐城──と書きかけて、また消した。先輩がくれた"陽子"という仮名を書き込む。ふふん。どうせもう消してしまうのだから、良いよね?
「ちょっと落書きしちゃお〜……」
私と先輩の名前の間に一本線を引いて、上に三角の屋根を書き込んで、傘を描く。天辺にはハートマークも飾ってみたりして、小学生の落書きにも劣る相合傘が完成する。自分で書き加えた癖に何だか照れ臭くて、ふへへ、と腑抜けた笑い声が溢れた。
国木田陽子──いつか本当に胸を張ってその名前を名乗れる日が来たらいいな。……ううん、きっと、そんな素敵な日を迎えてみせる! 私はぜーったい先輩のお嫁さんになるんだ、新婚旅行は沖縄いきたいです!!
そんな将来の妄想をひとりでニヤニヤ膨らませて、あっ、せっかくだから(?)この相合傘を写真に残しておこうと、最近買い換えたばかりの携帯電話を取り出す。カメラ機能を起動して、夕陽による黒板の反射に気を付けなかがら、撮影ボタンを押した。パシャリ。
パシャリ。──何故か背後から、2回目のシャッター音が聞こえて「ひっ」と小さく悲鳴が上がる。冷えた嫌な汗が額を伝う。恐る恐る、私は壊れかけのブリキ人形の如くギギギとゆっくり、振り返った。ま、まさか幽霊ッ…………じゃなかった。
「ど、どどどどど、どどどっぽせんぱひ」
「よう、待たせて悪かったな、陽子。いやあ、しかしあまり退屈はしなかったみたいで、何よりだ」
一体いつの間に戻って来られたのだろうか、私のすぐ背後にはニンマリ愉しげに笑う独歩先輩がいた。なんて悪いタイミング。まだ幽霊の方がマシだった。
先輩の手に握られた手帳型ケースに入った携帯電話。その小さなカメラレンズがしっかり私と黒板を見つめていることに気が付いて、先程のシャッター音の原因を悟り、血の気が引いた。慌てて先輩の携帯電話を奪おうと手を伸ばすも、簡単にひょいっと避けられて、代わりに裏返された画面を見せ付けられる。先輩と自分の相合傘の落書きを写真に収める私の後ろ姿が、思いっきりそこに写っていた。
「アンタってやつは全く、随分とまあ可愛いことしてくれちゃって」
「うわあああッ! やだやだ、消してえ!! 消してくださいいいい!!」
私の恥ずかしい姿を写した携帯電話は彼の長い腕により天井高く掲げられて、私は必死に飛び跳ねたり背伸びをしたり奪い取ろうと努力したが、身長差的にそれは無謀と言うもので。結局、私は背が高い独歩先輩の胸をぽこぽこ緩い拳で叩くことしか出来ない。先輩は私を揶揄ってとても愉しそうだ。こちらはもう恥ずかし過ぎて泣きそうである。
「あ、良いこと思い付いた」
「へ?」
先輩は唐突にそんなことを言い出して、黒板の前、ちょうど中心辺りに立つと、白のチョークで大きく線を引き始めた。私はポカンと呆気に取られながら、先輩の行動を黙って見守る。「よし」と満足気にチョークを置いた先輩、黒板には大きな大きな相合傘が描かれていた。
「陽子、こっち来い」
嬉しそうに笑って手招きをされて、ようやく先輩の行動の意図がわかった。恥ずかしさより何より嬉しい気持ちの方が優って、自然と頬が緩んだ。白い線で出来た傘の下、私は彼の隣に並ぶ。
「じゃあ撮るぞー、……3、2、1」
パシャリ。独歩先輩の携帯電話が再びシャッター音を鳴らす。四角い画面の中には、相合傘を背景に、先輩の腕にぎゅうっと抱き着いて満面の笑みを浮かべる私と、少し照れ臭そうだけど格好付けて笑う先輩が写っていた。
「なかなか良い写真が撮れたな。どうだ、単なる文字より、こっちの方が見映えも良いだろ? アンタにも写真送っとくぜ」
「あっ、ありがとうございます! 独歩先輩とのツーショット……えへへ〜、嬉しいです。あの、あのっ、コレ待ち受けにしても良いですか?」
「お好きにどーぞ」
「やったー!」
私は早速送られてきた写真を携帯の待ち受け画面に設定した。もう画面を眺めているだけでニヤニヤしてしまう。
「ふふ〜っ、何だかすっごく恋人っぽいことしてますねえ〜!」
「去年の春から恋人してるだろ」
「そうなんですけど〜、へへっ」
「……とは言え、今まで大して恋人らしいことが出来てなかったのは事実か……。1年も寂しい思いをさせて、悪かったな」
独歩先輩が私の言葉をそこまで気にしてくれていたことも意外だったけれど、その後とてもとても小さな声で「俺も寂しかった」なんて告げられて、胸の奥が甘くきゅーんと震えた。
良かった。私だけの一方的な気持ちじゃなかったんだ。先輩も私のことを想って、寂しいと感じてくれていたんだ。
「せんぱい……。うぅ〜! 先輩すきっ、大好きです!!」
「のわッ! ったくアンタは、いきなり抱き着く癖やめろって」
「良いじゃないですかあ、これからたくさん寂しかった分を取り戻しましょーね!」
「……だな。じゃあ早速、まずは放課後デートと洒落込みますか」
「賛成でーす! 陽子ちゃんアイス食べたいです。ワッフルコーンにレギュラーサイズのダブル乗せ、ちゃんと奢ってくださいね♡」
「げ、その話まだ覚えてたのか……くそー、島崎のやつ……」
大きな相合傘は黒板拭きで綺麗さっぱり姿を消したけれど、この写真はずっとずっと大切に残しておこう。そしてこれからもっとたくさん、先輩との写真、思い出を増やしていくんだ。
嗚呼、私の新たな学園生活、とっても楽しくなりそうです。
──あっ! ……日直の名前、消しておくの忘れちゃった。
2018.04.18公開