人誑しな助手と司書ちゃんの話
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帝國図書館第弐特務司書仮名・国木田陽子
童顔で低身長な21歳
ビー玉を錬成する程度の錬金術師
前向きで明るく勢いのある性格
助手によくセクハラしては怒られる日々
何故か本名を頑なに隠している
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あなただけのぬいぐるみ
確かに、今日は絶好の昼寝日和だ。朝から晴天なり。柔らかな春の陽光が天上から降り注ぎ、図書館の庭の桜もすっかり満開で、あとは散りゆくのみ。その次は青々とした葉をつけるだろう、楽しみだ。
そんな穏やかな気候であるばっかりに、窓から差し込むあたたかい日差しに負けてしまったのか。館長からの手紙を預かって司書室へ戻ると、その部屋の主は、ふかふかの絨毯の上へ無防備に横たわり、安心しきった顔でスヤスヤ眠っていた。その腕には、いつか俺がホワイトデーに贈った、白いクマのぬいぐるみが抱かれている。
白い本の調査任務が終わった途端、次はある文豪を転生させる為の事前研究を命じられて。度重なる特別任務のせいで、十分な休みも取れておらず寝不足なのはわかっている。しかし、だからと言って、こうも堂々と昼寝をして良い状況ではないだろう。
「またコイツは……」
溜息と共に呆れの言葉が落ちた。執務机の上は、まだ処理の終わってない書類が散乱している。仕事サボって何やってんだ、ちょっと目を離せばすぐ寝やがるんだから、この馬鹿司書め。
手紙を執務机に放ってから、この居眠り司書の頭のすぐ近くにしゃがみ込んだ。つんつん、頬を指で突っついてみたが、馬鹿は相変わらず心地良さそうな顔を見せて、まったく起きる気配はない。
「ん、ふふ……どっぽさん……」
挙句、俺の名前なんて呼びながら、そのアホ面をますますふにゃふにゃ緩ませる。ぎゅう、とぬいぐるみを抱く腕が強まり、更にぴったり近付いた白い毛並みに頬を寄せた。
いったいどんな夢を見ているのやら。俺がその夢の中に居るのか。幸せそうな寝顔しやがって。夢にも見るくらい俺のことを好いてくれているのか、と思えば、満更嬉しくないわけでもない……が。
鬱陶しいくらいに長い前髪をさらさらと撫でて避けて、露わになった額を何度かぺちぺち叩いてみるが、やはり起きそうもない。
「おい、司書。いつまで寝てるつもりだ、さっさと起きろ、せめて館長からの手紙ぐらいは確認しろよ。おーい」
肩を揺すって声を掛けてみても、結果は同じだった。それどころか、こちらの言葉に嫌々と身動ぎし、ご機嫌悪く表情を歪めて、クマの小さな腕の中に顔を埋めて隠してしまう。
いつもならこのぐらいでいくら眠くても起きるはずなのに、今日は珍しく愚図る。ぬいぐるみと共に見る夢は、そんなにも幸せなのか。俺の声も聞こえない程に。そう思うと、どうにも苛々した。無意識に舌打ちまでしていた事に、自分の耳が音を拾って気付く。
コイツの為を思って選んだ白いクマ、つぶらな瞳をして愛くるしいはずのぬいぐるみが、今は憎たらしい顔をして見える。「この子をどっぽさんだと思って一生大事にしますね!」そう言われた時は「なにバカ言ってんだよ」と恥ずかしさ半分嬉しい感情もあったはずなのに、今思い出すと不愉快なばかりだった。
そんなもの、俺の代わりになんかしなくたっていいだろうが。
「アンタの独歩さんはこっちだ、馬鹿」
俺は司書の腕の中から無理矢理ぬいぐるみを奪い、本来の定位置であるソファーへ放り投げた。
突然お気に入りの抱き枕を失った違和感に、もぞもぞと絨毯の上を彷徨い始める彼女の手。その細い手首を掴んで退かし、さっきまでぬいぐるみが占拠していた場所、司書の隣に俺も横たわった。手持ち無沙汰で不安げな手は、渋々俺の腰元に落ち着かせてやる。抱き枕が柔らかいぬいぐるみから、硬いだろう男の身体に入れ替わっても、不思議そうに唸るだけで目を覚まそうとはしない。
まあ、俺にとっては好都合か。どうせ向こうは夢の中なのだからと、構わずその背中に手を回して、この無防備で小さな司書を抱き寄せる。もう片手は彼女の頭の下へ潜り込ませ、強制的に腕枕をさせた。この体勢ではまるでコイツの方が俺の抱き枕のようだ。愛らしいぬいぐるみのように、このまま小さな身体を抱き潰してしまおうか。今ならいつでも好き勝手出来るし、もう逃げられないなあ、アンタ。可哀想にと、少し口角が上がった。
しかし、そのうちにぬいぐるみが入れ替わった違和感も気にならなくなったのか、未だ眠る司書は無意識に先程クマへしていた行動と同じく、俺の腕の中に顔を埋めてくる。すりすり、首元に額を擦り寄せてきた。それだけでもだいぶ堪らなくなってくるのだが、
「どっぽさん……?」
ぼんやり薄目を開けて、ようやく起きたかと思いきや、司書はまた幸福そうに微笑んで目を閉じた。
「うん、どっぽさんだ……これは、また夢オチ、かなあ。そうか、夢かあ……じゃあ、もっと、甘えても、良いよね。ふふ……」
完全に寝惚けてやがる……。
腰にやった手だけでなく足まで絡めて、ぎゅううう、と遠慮なく抱き付いてきた。「せんせー、えへへ、私だけのせんせいだぁ」なんて寝言をむにゃむにゃほざくものだから、ああ、もう。この馬鹿をどうしてくれよう。いや今更どうしようもない。こんな甘ったれを可愛いなどと、思ってしまう自分がなんとも悔しかった。
つい自然とこちらも抱き締める両腕の力が強まってしまう。気を抜いたら本当に、抱き潰してしまいそうだ。
「んん〜っ……もっと、もっとぎゅーってして、せんせ」
「おいおい、これ以上は潰れちまうぞ」
「どっぽさんの腕の中で死ねるなら、本望ですもん、だから、ぎゅ〜……」
「……ばーか」
そういえば、俺もコイツに付きっ切りで、あまり寝ていなかったな。ほんの少しだけ、10分ぐらいなら、このまま微睡んでいても良いか。仕方ない、甘やかしてやろう。
このままずっと、アンタを俺の腕の中に閉じ込めていられたら良いのに。我ながら馬鹿なことを、ああ、きっとコイツの馬鹿が感染ったのだろう、なんて思いながら、彼女と同じようにうとうと目を閉じてしまった──。
──どのくらい眠っていたのだろうか。
はっ、と目が覚めた。原因は両腕の違和感だった。俺の腕の中に司書の姿は無く、代わりに白いクマのぬいぐるみが収まっていた。
慌てて飛び起きる。窓の外はもう夕暮れ時で真っ赤だ。薄暗い部屋の中、夕日を頼りに周囲を懸命に見渡したが、彼女はいなかった。
「司書、……はるこ、陽子!」
どこへ、どこへいってしまった。息苦しくなる胸元を押さえながら夢中で名を呼んだ。俺が与えた名前を。「わああっ」情けない悲鳴が聞こえた。背後の扉からだ。すぐさま振り返る。
「びっ、くりしたあ……おはようございます、どっぽさん。あれ、もう夕方だから、お早うではないですかね。こんばんは?」
驚いたのはこちらだと言うのに、何を呑気にへらへら笑っているのか。苛立ちと安堵が入り混じる内心に耐えられず、気付けば俺はそいつの小柄な身体を力一杯抱き寄せていた。まるで縋るように。
「んぐぇっ!?」
「このッ、馬鹿! ばか司書……!!」
「ちょっ、くるしっ、せんせ、ほんっ、まじで苦しいんです、けど! あの、どっぽさん……!?」
「何で、勝手にいなくなるんだ」
苦しい? 知ったことか。アンタが悪いのだ。どうして、俺の目を離れた途端にいなくなる。何故、俺を置いて去ってしまった。だから、ずっと閉じ込めておきたいなんて、馬鹿なことを考えさせられてしまう。アンタのせいで。
女というのはやはり、こちらが夢中になるだけ、心冷めてしまうものか。また、愛せば愛する程に、俺の元を離れていってしまうのか。
俺はどうしたら良かったんだ。
「どっぽ、さんっ、だいじょうぶ、大丈夫ですから、ちょっとお仕事済ませてきただけですよー?」
苦しいと言っておきながら、コイツは少しも抵抗する動きを見せず、ゆっくり俺の背中をさする。時折ぽんぽんと幼子をあやすように軽く叩いた。その行動にうっかり安心などしてしまって、腕の力が少し緩む。けれど絶対に離しはせず、ぴょんとあほ毛が跳ねる彼女のつむじに鼻先を寄せた。俺と同じ洗髪剤の匂いがする。
「あんたは、俺のものだろう」
問い掛けではない。当然その通りなのだと、彼女に理解させる意味の言葉だったが、自分に言い聞かせている風でもあったろう。
司書は閉じ込められた腕の中で「んふふ、そうですよ!」嬉しそうに弾んだ声を返してきた。
「私は近い将来、どっぽさんのお嫁さんになるんですから。名前だって、あなたが付けてくれたでしょ。私は国木田陽子、あなただけのものですよ」
こちらを見上げる顔はにんまり歯を見せて、自慢気だ。「今更何をおっしゃってるんですか、もお。でも真正面から改めてそう言われると、照れちゃいますね」なんて、相変わらずへらへら笑って。
嗚呼、そうだった、コイツはこういうやつだった。軽々しく文士との将来を語れるような、馬鹿であった。
「……ばかだ、ほんと、ばかだなあ、あんたは」
しかし、その底抜けな馬鹿者が俺は愛おしくて仕方ないのだと、思い知る。
ようやく心の底から安心出来て、腕の力もすっかり緩んでしまった。
「悪い。その……少し、取り乱した」
「いえいえ、やっぱり起こしてあげた方が良かったですね、せめて一声かけるべきだった。私の方こそ、ごめんなさい。でも、あんまり気持ち良さそうに眠ってるから、もう可愛くて、起こすの勿体無くて」
「かわいいって、あんたなあ、」
「へへっ、よく眠れましたか?」
「……ああ、おかげさまで」
夢のひとつも見ずにぐっすり眠ってしまったのは久しぶりだった。俺も気付かぬ内に疲れていたんだな。コイツの助手としては、あの時すぐ叩き起こすべきだったのだろうけども。連日の調査任務で疲れ切った体をゆっくり癒す為の時間であった、とでも思っておこう。
司書は腕の力が緩んだ隙に、スルリと俺の手元から抜け出してしまうと、絨毯の上に転がったままだったクマのぬいぐるみを抱き上げた。
「どっぽさんもしっかりお休み出来たみたいで、良かったです。きっとこの、くまっぽさんのおかげですね!」
「おい……まさかと思うが、このクマのぬいぐるみの名前……」
「はい、くまっぽさんです」
良い名前でしょう、などと司書は笑うが、やはり何とも複雑な心境である。ネーミングセンスどうなってんだ。
ぬいぐるみをきちんと定位置のソファーの上へ座らせてから、彼女は「あっ」と何か思い出して、またこちらにくるりと振り返る。
「そうだ、せんせ! これからお花見しましょうよ、お花見」
「花見? こんな時間からか?」
「こんな時間だからこそ、ですよ! 桜が散ってしまう前に、夜桜でも見ながら皆さんでまた宴会しましょー、ってお話になってまして」
「有島武郎の事前研究は」
「んっふっふ、バッチリ終わらせましたとも。さっきは潜書室で先輩といっしょに、招魂の為の準備をしていたんですよ。これで明日は必ず、有島先生をお迎え出来ること間違いなし! です!! ……たぶん」
「自信あるのか無いのかどっちだよ」
まあ仕事も終わっているのなら良いかと、一足先にまた司書室から飛び出そうとする彼女を、止めることはしなかった。
ふいに、何か視線を感じて、俺は再度ソファーの上へ顔を向ける。表情や目線など変わるはずもないぬいぐるみが、こちらをじっと見上げて、満足気に笑っているかのように思えた。
「ほんと、腹立つ顔してんなあ」
白いクマのぬいぐるみの頭をガシガシ乱暴に撫でてから、扉の向こうで「どっぽさーん! はやくはやくー」そう急かす司書の後を追った。
「はいはい、慌てなくてもちゃんと着いて行ってやるから。独歩さんを置いていかないでくれよ」
「ふふん、ご安心を。陽子さんは待てが出来る子ですから」
大丈夫ですよ、ずっとお側にいます。
にこにこと春の陽光みたいに笑うそいつが何とも生意気で、俺はつい吊られて口元を緩ませてしまいながらも、この馬鹿の頬を軽く抓ってやるのだった。
2017.04.11公開
2018.04.03加筆修正